第6話 仕事が好き

「皆さんの生活は逐一見せてもらっていました。正直、感嘆の思い出見せてもらっていました。えらいなってほめてあげたくなります。どういうことかというと皆さんは一人残らず勤勉で健康で幸せなんですもの。そんなことは人類の歴史上なかったことだと思います。けど、みなさん現実をみましたよね。これが正しいことだと思いますか。私はこの現実を受け止めての皆さんの態度が問題だと思うのです。自覚がないのかなんなのか分かりませんがこんな非常事態でも皆さん仕事に向いいつも通りの生活を送ろうとしているではありませんか。昨日の映像を見て皆さん思ったことでしょう。これほどの犠牲の上にたっている私たちの命、もっと大事に、もっと素晴らしい生にしなければと。ふふふ、でもそれではダメなのです。これからの新時代ではそんな気持ちは無意味なのです。私たちはあらゆる生物の頂点にたったことを受け止めてもっと生物の王たる姿を示すべきではないですか。もっと俗物的にいうなら私たちは堕落した生を謳歌するべきなのです。今日一日の命のために必死に働くなんて人間より下の下等生物だけのものです。怠惰な生活を楽しんでみてはいかがですか。皆さんもっと当事者意識を持ってください。私はあなたに話しかけているんですよ。これから今までの価値観は崩壊して新しい時代がやってくるのです。いい加減に目を覚ましてください。私は怒っています。本日の試練を言います。いや、これは試練でもなんでもないですね。今日は一日仕事を休んでください。別に問題ありません。都市の循環機能を止めたりはしませんから。皆さんが毎日行っている作業なんて実はなんの意味もないものなのです。ただ、皆さんが社会の一部であることを自覚的になってもらうための儀式に過ぎないのです。そして、健康的な生活もやめちゃいましょう。皆さんは野原を走り回る下等生物とは違って寝ていてもごはんが勝手にやってくるのです。たらふく食べて、眠くなったら寝て、そしておなかがすいたらまた起きてごはんを食べる。少しそれが退屈になったならラジオペンを頭に突き刺して時間を浪費するのも悪くないと思いますよ。昔の人は時は金なりなんて言ってとかく時間を無駄に浪費することを悪徳としていましたがそれは皆が遮二無二働かないと社会が回らない世界だったからです。しかし、今は違います。今は皆さんのために文句も言わず、疲れもしない奴隷が社会を回すのです。そう、マザーブレインです。皆さんには王としての振る舞いを求めます」


***


コンピュータの始まりとは人間の仕事を助けてくれる存在だったのかもしれない。AIが進化したときは人間の仕事がなくなるものと皆期待と不安を持ち合わせて迎え入れたことだろう。しかし、その考えは人間の気質をあまり理解していない考えだったのかもしれない。人間というものは社会の中で役割を持たないと生きていけない生き物だったのだ。役割というのは必ずしもそうである必要はないにも関わらず仕事という形で与えられるものだったのだ。そのことを理解して都市の構造というのは考えられている。もはや本当に人間は仕事などしなくても良いのに都市という巨大構造機械の中で何かしらの部品として働かされているのだ。現在の人間のほとんどが責任もなく(本人に責任感があるかどうかは関係なく)決定権もなしに仕事をこなしている。それは人間にとっては楽なことかもしれない。この都市には問題が山盛りにありそしてそれのほぼすべてに臭いものに蓋をしている状態だが、それは太古の昔からそうだったかもしれない。でもよくよく考えるとその点では人間はいま最高に幸せの状態なのかもしれない。


「さて、それじゃ仕事に行きますか」


***


もはや笑ってしまった。マザーブレインを彼らはなんと呼んだだろうか。意味が分からなかったがきっと良くない言葉だ。知る必要のない言葉だろう。王としての振る舞いなんてなんのことだかさっぱりだ。昨日の声が全くなんの効果も示さなくてめちゃくちゃなことしか言えなくなってしまったのだろう。もはや、統治委員会の方々も取り合わなくなってしまった。テロリストが働くなというから働くという人は多いのではないかな。今日はいい日になるとすら思ってしまった。市民の仲間達と今日のテロリストのしょうもなさを話すのが楽しみだ。

今日も元気に出社するとやはりテロリストの話になった。


「全くテロリスト達は何を言っているか分からないな。この完璧な世界をなんとかしようなんてする前に正しい言葉を覚えたほうがいいよ」

「全くですよね。マザーブレインからの保護から外れるとあんなに恥ずかしい行動をしてしまうなんて驚きですよ。いつも完璧な市民の皆さまとしか関わらないので新鮮ですね」

「ええ全く。しかし、統治委員会の方々はテロリストがデバイスにアクセスできることには対処しようと思わないのですかね」


そう市民の一人が言ったとき確かにそうだと思った。心の片隅に一抹の不安がのぞく。

すぐに別の市民が言葉を発する。


「統治委員会の方々にも勿論考えがあるのでしょう。例えば、テロリストを泳がせておいて全員捕まえてしまうつもりかもしれません」


それを聞いた瞬間それはその通りだと思った。それは考えれば考えるほど賢い良い方法だと思った。


***


統治委員会では重い沈黙が立ち込めていた。一時的には突破されてもきっとマザーブレインのセキュリティが復帰し態勢を立て直せると思っていた楽観的な気持をボスの声がたたき壊した。おそらく、デバイスへのハッキングに対して俺たちができることはないだろう。そのうえで対策を立てられるかどうかが重要なのだがそんな意見がでるだろうか。いまここにいる彼らは生粋の市民だ。生まれてこのかたマザーブレインの庇護下にあった彼らがマザーブレインからの脱却を提案できるだろうか。提案どころか想像することができるだろうかというレベルかもしれない。統治委員会の面々は意見をなんとかひねり出しているがどれも現状維持の楽観論の域をでないものであった。自分としてはいっこくもはやくデバイスを停止させ対策を練ってテロリスト達に立ち向かうべきだと考えるのだがまあ確かに性急かもしれない。正直なところテロリストはまだ様子見をしている状態なのか直接的な被害がでるような要求をだしてはいない。これからエスカレートしていくと予想されるがじつはテロリスト達は声を届けるだけが精一杯で肝心のシステム部分にはアクセスできないのではないかという意見すら飛び交っているのだから。そうならばいいのだがそれはありえないだろう。その程度のことしかできないのならこれまで大した動きを見せず潜伏していたテロリストたちがこのような大胆な動きを見せる理由が分からない。きっと、何か勝算があるから動きだしたのだ。それに忘れてはいけないのは過去に起きた大事件だ。あれはデバイスへの干渉力を見るためのテストだったのではないかと思われる。昨日から始まった攻勢のための布石だったのかもしれない。それは十分にあり得ることだった。しかし、これまで苦痛や不安などに襲われたことのない統治委員会の面々はその可能性から目をそらしているようだった。


「伊藤さんは悲観論ばかりだして。いや、分かりますよ。その可能性を考えて対策を考えることの大切さは。しかし、そのあとはどうするのです。そこまで考えているのですか。デバイスを停止させどこにいるのかも分からないテロリストに怯えながら生きるというのですか。どれだけの期間、市民の皆を不安の中に置いておくかもわからないで」


「確かに、停止させたあとの展望はありませんしその後の闘いは厳しいものになるでしょう。我々はデバイスに全てのテクノロジーを集約させていると言っても過言ではないですからね。しかし、あの事件を考えるなら今この瞬間に大漁の市民が、、、失礼を承知で敢えて禁止事項を使いますが市民が死んでしまうかもしれないということは頭の片隅においてほしい」

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