第5話 世界はどう運営されてきたか

リーダーの声が響きわたる。

「それでは最初の試練です。皆さんには自分たちの傲慢さについてしってもらおうと思います。皆さんは良き市民としてこれまで暮らしておられたと思います。しかし、それには多大な犠牲が必要でした。皆さんは見たことがないかもしれませんが今から外の世界の映像をお送り致します。この映像ファイルは本日しか見られません。本日の0時きっかりに消去されます。中の動画を最後まで見ることができた人のみ試練をクリアしたことになります。いいですね」


皆の体に埋め込まれているデバイスかに映像データが送り込まれてくる。それにはそれには前時代の緑豊な自然の光景が映し出されていた。しかし、そこに人間が現れて次々と虐殺を行っていく。

動物の知識をほとんど持たない市民にもそれらの映像が示す意味は感じ取れた。つまるところ、これが見てはいけない残虐なものであること。カウンセリングを受けられる状態でない今は見るべきでないものだと瞬時に判断できるものであった。


木々は伐採され、動物たちの皮は剥がれ、血を抜かれ、食べられた。市民にはそれをしているのが同じ人間だとは信じられなかった。

そのうち、世界にはパイプが木のねのように複雑にしみわたっていった。あらゆるリソースを吸収し都市に集中させるためだ。それまでの破壊などまだ人間レベルであったかもしれない。今目の前で行われているのは滅亡そのものであった。

現代人にこれを見るちからはもうのこされていないだろう。

ありとあらゆる苦痛を避けてきた者たちにこの映像は過ぎたものだ。


***


僕は自分で言うのもなんだが市民の中の市民だ。マザーブレインのおかげで変わらぬ穏やかな日々を過ごしている。与えられてた仕事はゴミ処理だ。我々が誇る都市を綺麗にできるなんてなんて自分は幸運なのだろう。程よく働いたあとは支給された人工食品を食べてデバイスを使ってゆっくり過ごす楽しい日々だ。

しかし今日はいつも通りの朝にならなかった。頭の中に謎の声が響いて飛び起きた。女性の声だった。意味の分からないことを一方的に伝えてきたあと謎の動画データが送られてきた。


気分が悪かった。伝えられた内容もだし気味の悪いデータもそうだ。これは何の間違いだろう。デバイスへの不正アクセスなどあり得ない。そんなことをする市民はいないだろうし、何よりマザーブレインのセキュリティを破ることなどできやしないからだ。

つまりこれは、、、何が起こっているのだろう。不安がどんどん大きくなってきた。生まれてこのかたこんな気持ちになったことがなかった。

カウンセリングを受けよう。僕は当然の思考としてそう思った。いつものカウンセラーに連絡してカウンセリングを予約しなければ。しかし、デバイスを使って予約をとろうとしたらカウンセリングは予約でいっぱいであった。

胸のなかでもやもやした何かがどんどん大きくなってくる。一体何が起こっているのか。

マザーブレインからの連絡は何もこない。まさか、まさか。

いやいや、そんなわけないだろう。

デバイスの中で嫌に存在感をはなっている動画データを眺める。この中には何が入っているのだろう。きっと見てはいけない何かが入っている。直観でそう感じた。これをみたらもう今までの日常には戻れない。

早く誰か、どうしたらいいか教えてくれ。苦しい。


一人悶えていたら市民統治会議から緊急連絡が来た。


「市民の皆さん、朝の貴重な時間に緊急連絡を失礼致します。現在、テロリストから皆さまのデバイスに不正アクセスがあり謎のメッセージと動画データが送られてきたと思います。それはテロリストが皆さまを混乱させるために送った偽のデータです。動画の内容を見てしまうと精神的ショックを受けてしまい最悪の場合マザーブレインからのブレインクリーンを受けてもらうことになるかもしれません。現在、早急な対策を考えているためどうか落ち着いていつもの日常をお送りください。以上」


僕は心が落ち着いていくのを感じた。都市の統治委員会の方々がこの状況で動かないわけがないじゃないか。統治委員会の方々がいつも通りの日常を送れば良いと言っているのならそうすればいいのだ。彼らはもっともマザーブレインに近い方々、彼らのいうことを聞いていれば問題ない。気づけば出社の時間が近い、急いで準備しなければ。こんな時こそ落ち着いて行動して市民としての役割を果たさなければ。


外に出るとみなゆっくりと仕事にでておりいつもの日常が広がっていた。慌てていた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。テロリストもなんのためにこんなことをしたのか分からないが全く無駄だといえるだろう。しかし、あの動画には一体なにが映っていたのだろう。いやいや、そんなこと考えてはいけない。統治委員会の方々も精神的なショックを受ける内容だと言っていた。考えてはいけない。

仕事場に付くと市民にふさわしい元気のよい挨拶のあとやはりあの話題になった。


「例のテロリストからのメッセージ聞きました?」

「ああ、驚いたな。しかし、統治委員会の方々の落ち着いた対応を見たかい。やはり、マザーブレインと彼らに任せておけば間違いないな。テロリストも市民に混乱を与えようとしたのかもれないががっかりしただろうな。市民の皆が気にせず自分たちの役割を遵守しているのだからね」


仲間と話しているとますます安心してきた。そうだ、テロリストなんていうのは遠くの話でしかなかったがこのような機会にあうといつもの日常を送ることがテロリストへの反抗になるのだろう。いつも兵士の皆さまに守ってもらっている立場だったが今はともに戦っているような気分だ。それはなかなか悪くない。


「でも、あの動画見た市民はいるんだろうか」

「いるわけないだろう。テロリストのたわごとに乗ってどうせテロリストが作ったくだらない映像が流れるだけ。そんなことでブレインクリーニングを受けることになるなんてもったいないぞ。そんな奴はいないだろうが私たち市民ががしっかりしなければ。マザーブレインにいらぬ仕事を増やしてしまうことになる。テロリストがどんな手段でデバイスにアクセスしたかわからないが俺たちにできることはマザーブレインと統治委員会の方々を信じて市民としての役割をこなすだけだよ」


***


俺は緊急招集され市民統治会議に出席していた。勿論議題はテロリストたちからの驚くべき攻撃についてだ。おそらく、この中のほとんどいや全員はもっと直接的な暴力による攻撃が行われると思っていただろう。その目論見は現段階では全くはずれていたというわけだ。


「皆さん、この緊急事態によく集まってくださりました。目下、この未曾有の大災害を前に皆さんからの意見をいただきたい」


すばらしく標準的な体形をした市民の一人が立ち上がった。


「話し合いの前に今全員に送信されているこのとんでもない動画を見ないように今すぐ通達を出すべきだ」


これには同調の声がいくつか上がった。

まあ、確かに政府が一生懸命隠してきた驚愕の事実が公の場に出てしまっているのだからな。


「しかし、見ないようにと通達したところで見るものは見るでしょう。少し前の演説にある通り、これは脅しの第一段階です。こちらで動画の配信を止められない以上、見てしまうものは出てくるでしょう」


もしかしたら、好奇心に負けてみてしまうものが出てくるかも。そうなれば、市民もまだ捨てがたい存在だということだ。

というよりも彼らは話題にだそうとしていないのかそもそも思いついていないのか分からないが市民全員に送信されてしまった動画データを消そうとは言い出さないのだろうか。まあ、デバイスに干渉され、なおかつマザーブレインからエラーコードが吐き出されないということからその方面ではもう打つ手はないだろうが。彼らにとってはマザーブレインは触ることができない神域、そしてデバイスは神から授けられた天使といったところか自分たちでなんとか操作をするということは禁忌に当たるのかもしれない。


「伊藤さんは何か考えがありますか」


総帥から話を振られる。確かに、物見遊山の気持ちでこの会議に参加していたが思えば自分は対テロリストの専門家、真っ先に声を上げるべきだったかもしれない。まあ、専門家といっても攻撃することばかりで防衛戦など想像すらしていなかったい状態なのだが。


「このテロリストからの攻撃はほんの序の口です。まあ、遊んでいるようなものでしょう。この攻撃から相手が言いたいことはマザーブレインとデバイスのどちらも手中に収めたということです。どのような手を使ったかは分かりませんが最悪の事態を想定するべきでしょう」


「最悪の事態とは」


別の市民がたずねる。


「デバイスは体の中でホルモンやタンパク質の合成による体調管理、自律神経のコントロールまで行っています。最悪の事態を想定するなら彼らはそれらも好きなようにコントロールできるようになっていると考えるべきです。本来ならセーフティがかかるような危険な操作が行われているかもしれません。いや、行われると考えたほうがいい」


「同感だ。その上でどのような対策が考えられるだろう」


「正直なところデバイスのコントロールが握られ、マザーブレインのセキュリティが破られていたら対策というものは取れないでしょう。私たちがやることは対策というよりかは撤退のようなことをしなければならない。つまり、デバイスの停止です」


この伊藤の提案に委員会はざわめいた。生まれてた時から共に生き、自分たちを守ってくれていた天使を停止させるなんて。


「デバイスを停止させた生活なんて想像もできない」


「そうですね。だからこれは最悪の事態を想定した際の選択肢です。ただ、もしその時がきたら覚悟はもっておかなければならないでしょう」

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