第4話 ブリブリブリーフィング

俺の上官である古川は目に優しいピンクの軍服に身を包み、軍人らしく優しい笑顔で報告を聞いていた。


「伊藤少佐ご苦労だった。今回も全員が無事帰ってきたことを私がどれほどうれしく思っているか分かるか」

「上官、身に余るお言葉です。都市外市民に母との会話をしてもらう機会を設けることは勿論、我々は無事帰ってくることまで任務と考えております。上官を心配させることなどありません」


現代の軍人は一に人命、二に人命だ。上官が笑顔を無くしたのは我々が仕方なく敵数人が重傷だと言ったときだけだ。

それを聞いた彼は沈鬱な表情を浮かべ仮想ターミナルを操作し、マザーのカウンセリングに予約を入れておいたよと言った。なんてことしやがる。

兎にも角にも作戦は成功し、敵のアジトを制圧テロリストのグループを保護したことを報告し終わる。


「頼もしい限りだ。君たちが優秀すぎるあまり私は甘えているのかもしれんな。どうかな?これから一ヵ月ほど休暇をとるか?私が申請しといてもかまわないよ」


俺はあまりの感動に言葉に詰まるような仕草をしつつ


「上官ありがとうございます。しかし、私は全人類に母との会話をしてほしいのです。それが達成されぬうちは休暇をとっても都市外で苦しむ人々を思い心が休まらないでしょう」

「なるほど私も同意見だ。マザーから軍人に任命されたときから世界平和こそ我が命題なのだ。ともにこれからも戦っていこう」


俺は自分の体を抱きしめる正式な敬礼を行い上官と別れを告げた。

さてこれから恐怖のカウンセリングタイムだ。


***

「さあ、コーヒーをどうぞ」


俺はカウンセラーに黒い液体を出された。飲む前はいい匂いだが飲んだ後口が臭くなる気がするのはなんでだろう。唾液との相性が悪いのかもしれない。

俺は熱々のそれをぐびぐび飲む。


「あら、ゆっくり飲んでいいのよ」


ふふふと笑いながらカウンセラーはつげる。俺もにっこりとイエッサーと答える。

俺はこの世界一無駄な時間が早く終わってほしいのだ。俺が望むのはそれだけなのに。

コーヒーの中には鎮静剤やら心を優しくハイにさせる混ぜ物がてんこ盛りなのだ。まあ、てっとり早い。結局人の感情なんて脳の化学反応でしかないのだろう。ただ、幸運にもそれらが人に理解ができるほど単純ではないだけだ。いや、もしかしたら人に理解できないぐらい単純なのかもしれない。

たった一つ不幸なことがあるとすればそれらはコンピューターが理解できるぐらいには単純だったということだ。


「今回の仕事はどうだった?」


俺はこの何も考えていないようなカウンセラーの毎回の発言にこの人の仕事はコーヒーを出した時点で終了しているんだろうなと確信している。じゃなかったらこんなあほ丸出しの質問は思い浮かびもしないだろう。いつからだろう、仕事が効率だけ求められるようになったのは。昔は無駄ばかりのしがらみが多かったことだろう。だが今それがあれば俺はこの時間を少しは有意義なものとして捉えていたはずだ。

じゃあ、彼らはなんのためにいるのだろう。人がいることで何かが変わるのか。そんなことはないと思うのだが。理由のために人がいるのか。ほとんどの仕事を機械がこなすことができるようになったら人は単純な労働から解放され人間らしい活動に精を出すはずだと考えていた時期が人類にもあった。しかし、実際は単純な労働こそ人間がやるほうがコストが安くすみ、人間の感情の神秘を解き明かすという人間らしいロマンはコンピューターのほうが安上がりだったのだ。皮肉だろうか?いや、そもそも人間が知恵を繰ることを得意とするのではなく単純作業のほうが向いていたのかもしれない。それがわかるのにちょっぴり時間がかかっただけなのかも。

ほら、だって俺の面の前の彼女はこんなに幸せそうな笑顔を浮かべている。


そうだろう?


「ええ、でも仕方がないことだと分かっています。先生は地獄を信じますか?」


俺はこの時間は支離滅裂な会話をすることで終わろうと毎回決めている。大丈夫関係ないのだ。しつこいようだがこのカウンセリングは俺が開始一分でコーヒーをがぶ飲みしたことで終了しているのだから。


「死が怖い?」


「いいえ、死は怖くありません。ただ、死とは特別なものでなければならないと思うのです。永遠の別れであり、救いであり、神棚に大事にしまっておくものだと思うのです。そうでしょう?」

「神棚って何?」

「さあ、なんでしょう?ところで、死が特別ならば殺しもまた特別なのでしょうか?それは何者でもないものにとって残されたただ一つ、故に最良の対話となると思うのです。私は彼らを殺すときにだけ彼らと対話するのです。この気持ちわかりますか?」

「いいえ、さっぱり分からないわ。あなた動転しているのね。すぐに良くなるわ今日は帰ってよく寝なさい。起きたころには全てがよくなっているわ」


そんな馬鹿な。俺はいつでも最高の状態である。じゃあ、その状態で医者に異常であるように振舞われるのはかなりまずいのではないか?


お前もそう思うだろ?


「ええ、疲れているようだ。考えがまとまらない。けど、不思議とこの飲み物を飲むと心が落ち着くのです」


もちろん嘘だよ。口の中が焦げ臭いだけだ。

だが、カウンセラーはにっこり微笑んでいる。やはりこの選択肢が正解だった。歯車がかみ合う音が聞こえる。かちかち


失礼しますといい私は部屋を出た。

これ以上ここにいたら本当におかしくなってしまうかもしれない。

いやもうなってるかも。

***

「お疲れ様です」


秋葉、乃木、欅坂もカウンセリングを終え、食堂で食事を楽しんでいた。そこに俺も加わる。


「ああ、お疲れ。大した手ごたえはなかったな」


秋葉は少しきつい顔をする


「そんな風におっしゃるなら最初の酒場で彼女らをあそこまで攻撃する必要はなかったんじゃないですか」

「秋葉、やめろよ。カウンセリング直後だぜ。それは結果論だ。あの時、私達は相手の情報をほとんど持ってなかった。どんな攻撃が来るか予想はつかなかった。我々の人命を第一に考えてくれたマザーの判断だよ。間違っているはずがない。もっと柔軟に考えなよ」


乃木がフォローしてくれる。まあ、正直マザーからそんな指示は出てないし、あの場を誰も殺さず制圧するのが面倒だった俺の勝手な判断だったわけだが。彼らはそんなこと知らない。

そんなことも知らず、欅坂まで擁護してくれた。なんか悪いことしてるみたいだ。


「そうだよ、あれが最適な判断だったんだ。そんな命令を下すリーダーの気持ちを考えなよ」


秋葉はそれでもどうだかとつぶやいている。乃木と欅坂には悪いがこの中で一番勘がよく、思考力が残っているのは秋葉だと思う。たびたび、俺がマザーの指令を無視して行動していることをなんとなく感じているようだ。

まあ、だからといって秋葉に何ができるわけでもないが


「いや、みんなありがとう。秋葉もな。みんなが私に意見をくれて嬉しいよ。みんなの意見もわかる、マザーが完璧な判断を下すことも。だが、問題は我々が完璧かどうかということだ。それぞれが補いあい完璧な運営を行わなければならない。その過程でそれぞれが納得できないこともあるかもしれないが」


そこで一拍置く


「マザーを信じて進もう」


この特に意味のないそれらしい言葉をいうことでこれまでのらりくらりやってきた。秋葉は肩をすくめただけだったが他の二人はうんうんとうなずいている。


その時、後ろから明るい声がした。


「皆さん、会えて良かった。ここにいるって聞いて無理を言って連れてきてもらったんです。感謝を言いたくて」


その声の主はキャバクラの生き残りの女性だった。

バスでの様子はどこへやら、相変わらずものすごい効果だ。本当に脳をごしごし洗ってるのかもしれない。


「私あそこにいたときは全然分かっていませんでした。この世界の広さに、私はあの小さい集落が全てでした。人類はマザーブレインに支配され操り人形にされているってそればかり。ああ。でも。うん、やっと目が覚めました。目が覚めたってこういう時に使うんでしょうね。私の目には今すべての光景が鮮やかに、素晴らしく映っているんです。みんなにも見せてあげたかった。あ、あなた方に嫌味を言ってるんじゃないです、今なら分かります。あれは仕方がないことだったんだって。マザーと直接話していかに世界が素晴らしいか、自分がかけがえのない存在なのか気づいたんです。私、都市で廃品回収の仕事を任命されました。こんな綺麗な都市をもっと綺麗にできるなんて夢みたい。こんな機会を与えてくれた皆さんに感謝を言いたくて。本当にありがとうございました」


そして、仲間の顔を叩き潰した俺たちに深々と頭を下げる。きっと、世界が鮮やかに見えているのは薬物のせいだろう。医者じゃなくても分かる。

他の三人が盛大な拍手をし始めたので俺も少し遅れて拍手をする。


「おめでとう。これで僕らは正真正銘仲間になることができたね。いや、戻ることができたっていうのかな。酒場では怖い思いをさせたよね。彼女たちの分まで頑張ってね」


乃木は軍人らしい笑みを浮かべながらそう言った。本当に乃木は優しいな、本当に。

俺たちはそれぞれハグをしてお互いの信頼を感じあい。別れた。

みんな本当にこれが異常事態だと思わないのか。俺たちは数刻前まで奴らと殺し合いをしたんだぞ。本当に仲間になったなんて言えるのか。脳をつぶされた彼女の前で、アイスピックに脳を突かれた彼女の前で。教えてくれ、本当に言えるのか。

俺はどうにかなりそうになりながら昼ご飯のレーションを口に入れる。ハンバーグ味だ。栄養素としては完璧なものになっているサプリメントの塊に、人口調味料を緻密に配合して味を再現している。淡泊な味だ。情報量としては酒場で少し飲んだウィスキーの百聞の1に過ぎない気がする。みんなむしゃむしゃ食べている。それ、おいしい?


***

終わりの日は案外早く訪れた。予期せぬ訪問者のようにここに現れてしまったのだ。

こんな日がいつかはやってくるだろうと勝手に思っていたが実際にやってくると興奮するものだ。


リーダーの声が市民全員のデバイスを通じて響きわたる。

これには色々な意味が込められていた。簡単に言えばマザーブレインのファイアウォールが破られているということだ。マザーブレインからの停止要求をことごことく無視しいまメッセージが届けられている。

いや、そもそもマザーブレインはこの状況を止めようとしているのだろうか。おかしなことにマザーブレインはエラーを吐くこともなくこの状況を受け入れてしまっている。


「皆さん、今は我慢の時です。皆さんの市民としての団結力を示すときなのです。この病は空気感染を起こします。人と会うのは避けましょう。皆さんには一人で考えてほしいのです。もう思考力を失ってしまったでしょうか。おそれる必要はありません。最初の一歩を踏み出すときです。これから皆さんにはチャンスを上げます。6回あげます。その間に皆さんが新しい世界で生きていくのにふさわしい人間か見せてもらいます。遥か過去には人々は罪を持って生きていました。今みたいに自分たちの罪を外注したりはしていなかったのです。私は見てみたい。皆さんの良心に満ちた心の中にまだひとかけらの大罪がないのか」


俺は軍の制服を着込みながらふつふつと考えた。思えばいつもデバイスを頭に突き刺して物思いにふけっている市民たちはこんな気持ちだったのかもしれない。そう思うとなんだかおかしかった。誰かが勝手に配信しているショーをただ眺めているのもなかなか楽で良い。デバイスを俺も使っていればはまっていたかもしれない。

しかし、相手のボスは一体何様のつもりなのだろうか。神にでもなったつもりなのだろうか。しかし、もしマザーブレインの防御を崩し、全デバイスへの無制限のアクセスを手に入れたのだとしたらこの世界においてはまさに神だろう。

制服のマジックテープを張り付けながらそんなことを考える。

最悪の事態を考えるならその事態を考えるべきだろう。市民標準の靴を履きながら想像を膨らませてみる。

もしデバイスへの干渉が可能なら俺は何をするだろう。

これから敵からの攻撃に関しての緊急会議が始まるだろう。都市始まって以来の未曾有の混乱が訪れる。

都市のお偉方のかちこちに固まった脳に相手方の出方を想像する余地は残っているだろうか。それはそれで見ものかもしれない。先ほどの演説のセリフから相手の攻撃方法はいくつか想像がつく。

中枢本部に向かう途中でまたもやボスの声が脳に響き渡る。なかなか心地良い感触である。


「あともう一つ、皆さんに与える試練はどんどん過酷なものになっていくでしょう。過酷って分かりますか?説明はしませんが。最初のうちにクリアしておくことをおすすめしておきます」


思わず苦笑する。

きっとボスは性格が悪くて、交渉の余地などないのだろうな。



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