第3話 兵士はつらいよ
「全員配置についたか」
各々から準備完了の旨が伝えられる。緊張はない。
「全員生け捕りにしろ。特にミュータントの少女には注意しろ。それでは3,2,1行け」
俺は裏手から一人で侵入する。見張り番の男を電気麻酔銃で麻痺させる。いや、出会う人間すべてに対して同じ動作を繰り返す。生身の人間と俺達とでは敵の認知に対してコンマ数秒上回る。
この刹那が俺達を無双させる。相手ができるのは突然現れた敵に対して銃を向けることのみ。あとはしびれているだけだ。
俺の主なミッションはミュータントの少女を見つけることだ。おそらく相手も貴重なミュータントだきっと建物の奥にいるだろう。
正面の入り口方面は騒がしい。みんながうまくやっているのだろう。
そして、俺はとうとう見つけた。
その部屋には老人と少女がいた。
きれいな瞳の小さな小さな少女。
よぼよぼの枯れた車いすの老人。
俺は素早く(これは科学的な人間の認知を脳内に埋め込んだマイクロコンピュータによってオーバークロックした時間軸における素早さだ)麻酔銃を二人に打ち込んだが奇妙な慣性により彼女らの目の前で弾は止まってしまった。
(サイコフィジックスか)
そう思った瞬間、俺の体は周りから謎の力でつぶされ始めた。
海底の一番奥深くに潜ったような圧力に襲われる。
俺の体の骨は強化外装ごとメキメキ音を立てている。
それでも何とか耐えている俺に彼女は驚きながら作戦を変えることにしたようだ。
一番弱そうな部分をへし折ることにしたようだ。
俺の首はぐるりと180度後ろに回転しべきべきと音を立てて折れてしまった。
脳神経デバイスが激痛の信号を受け取りそれを遮断する。それと同時に体に力が入らなくなり出らんと手足が垂れる。
少女は警戒しながらも俺の死を確認したのかゆっくり俺を下す。
「おじさま、大丈夫?」
「ああ、守ってくれてありがとう。お前こそすまないねえ、こんな真似をさせることになって」
「ううん、これが私たちのやるべきことなんだよね」
老人が重々しくうなずく。
内心この少女の手を汚させることになってしまったことに忸怩たる思いを持っていた。
しかし、まだ終わっていないほかにも侵入者がいる。
少女もうなずく。
「おじさま、私行っ・・・」
少女の言葉は続かなかった。
少女の首に麻酔銃の針が刺さったからだ。
老人も首に鋭い痛みを感じ、薄れゆく意識のなか最後に見たものは何事もなかったかのように立っている男だった。
***
俺達は無事アジトを制圧したことを本部に連絡しバスを要請した。遥か昔から人間の大量輸送に使用されていたこの乗り物は現代になってもそのままのこっていることは脅威ではないだろうか。都市の中ならスピードチューブを利用し個人から団体まで素早くどこでも移動できるのだが。都市に全てのリソースを集めた弊害ともいえるかもしれない。
一応全員に輸送の正当性を説明し乗せる。生まれた瞬間に平等に与えられる権利の説明だ。この制圧は不当なものではなくより良い生活を送るための過程であることを分かってもらう。という体だ。
ミュータントの少女は麻酔がよく聞いておりまだ眠っている。彼女は立ち上がった俺を見てなんと思ったのだろう。自分の想像を超えた化け物と思ったろうか、それとも自分と同じ存在だと思っただろうか。
実際、彼女の能力はすさまじいものがあった。俺たちの強化装甲を容易く破壊してのけたのだから。彼らがあの基地の防衛を彼女の能力に頼っていたのであろう。
これほどならば都市でもマザーの管理の下で何不自由のない生活がまっているであろう。
よかった、よかった。
老人は先に目が覚めたようで絶望の表情で座っている。
「ご老人、お体は大丈夫ですか。都市につけば精密検査を受けれるのでしばしご辛抱ください」
絶対安全を保障している麻酔銃であるが一応声をかけておいた。じろりと俺をにらむ
「それで?そのあと洗脳を施されて何も考えられぬ歯車にされるのだろう?」
「誤解です。都市の外からみればそのような感想を抱くでしょう。ですがマザーの話を聞けば考えが変わるでしょう。もう皆さん飢餓にも病気にも悩まされずにすみますよ」
「ふん、最新の技術に囲まれることこそ優れた文明だという典型的な思い込みだ。多様性ある文化こそ、そしてその文化における知性の尊重こそ人類の力だというのに」
「それは前時代的な考えです。人種や文化の違いを乗り越えられないと考えた過去の人類の考え方です。我々は研究の末に母なるマザーブレインを中心に社会を形成することで一つになったのですよ。戦争、差別などそしてそこから生まれる自己実現という幻想もすべて過去のものです。私の言葉では安っぽく響かないでしょう。マザーの言葉をお聞きください。きっと皆さん納得いただけると思います。納得いただけなければマザーはいつでもその言葉を聞いてくれますよ。まあ、そんな人今までいませんでしたけど」
「誰もいない。ふん、それこそ異常の証明だ。人間は皆それぞれの価値観を持ってよいはずだ。それを均質化させることの危険性になぜ気づかない」
「あなたの意見は分かりました。これ以上否定はしません。勘違いされているようですが最終的に判断するのは自分です。母の言葉を聞いてどう判断するか決める自由は勿論あります。もし、あなたが母の言葉を聞いて考えが変わらなければそのときは私が責任をもってここにつれて帰ります」
老人は自嘲気味に笑った
「その時に私が正気でいられたらな」
トラックの中で隅のほうで縮こまっている女性がいた。あのキャバクラの女性だ。
他の者はただ一人無事に生き残っている彼女を見てすべてを察したようだ。彼女が裏切ったせいでこのような状態になったと目が訴えている。
しかし、それは一部間違っている。彼女が最後までアジトのことを黙っていたとしても最終的にはこの結末に至っただろう。重傷者が一人増えるだけだ。
俺は彼女に話しかける
「なあ、今君は自己嫌悪で死にそうになっているかもしれないけどきっと時がたてば色々わかるときがくる。今は信じられないだろうけどね。すべて分かった時また話そう」
彼女は返事をしなかった。うつろな表情でうなだれている。
人生最悪の気分を味わっているだろうが、マザーのカウンセリングを行えば立ちどころに治る。全くもって恐ろしいことだ。
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