狸と狐

絵之旗

狸と狐

北海道の山の中で、一匹の狐と一匹の狸がいた。

狐はキタキツネの「木の葉」という名だった。

一方の狸はホンドタヌキの「酒」という名だった。


「知っているかい木の葉。噂で聞いたんだが、京都の狸は妖術が使えるらしい。」

「君は使えないのかい。」

「ああ、ぼくは使えないよ。なんでも京都の狸は一段と妖術に長けているらしい。僕の生まれた東北にまで、その噂は届いていたんだ。」

「信じられないね。狸も狐も所詮、人間には勝てないというのに。そんな妖術なんてのがあれば、私は人間を噛み殺してるところだよ。」

「まぁ、そういうなよ。人間は怖いけど、その妖術があれば、空腹には困らないらしい。なんでも何もないところから食べ物が出てくるらしい。」

「へぇ。便利だねぇ。」

「ねぇねぇ行ってみようよ。京都。そこで妖術を教えてもらえば、僕たちは空腹に困らなくて済むよ。」

「確かにそうだが、この北海道から京都への道のりはかなり危険だぞ。人間もいるし、命を落とす可能性もあるじゃないか。」

「それは仕方ないよ。リスクもあるけど、悪い話じゃあない。」

「だけどよ、その妖術ってのは私たちにも習得できるものなのかね。」

「それは…わかんないけど。もう、この山には食べ物がないよ。」

「それもそうなんだよな。」


山の食料は徐々に失いつつあった。

そのため、人間の街に出る動物がたまに出るが、そのような行動にでた動物たちは最悪の場合殺されてしまう。良くて麻酔銃で狙われ、山に返されるといったところか。


「よし、わかった。私もそれに乗ろう。正直京都には一度行ってみたかったし。」

「やった。」


狐にとって京都にある伏見稲荷大社は憧れの場所だった。

いわば、人間でいう東京のようなものだろうか。

木の葉は冷静でいるが、京都に行けるチャンスは手放したくなかった。


酒はと言えば、彼は流浪狸であり、気ままに日本を旅していた。

彼の生まれは東北で、しばらく放浪していたら船に乗ってしまし、北海道に流れ着いた。そこで出会った、キツネこと木の葉と出会い、彼らは仲良しの狸と狐になった。


酒が流浪経験豊富のため、あっさりと本州に着く。

船にいる間、荷物に紛れ、やり過ごした木の葉と酒の気分はスパイだった。


「どうよ。なかなか船はスリルだろう。」

「心臓に悪いね。」

「それが面白いんじゃないか。木の葉はまだまだだな。」

「よくいうよ。見つかりそうだったくせに。」


酒と木の葉は青森からひたすら南へと向かう。

そのまま京都へと直行すればいいのだが、放浪癖のある酒があちらこちらへと進んでいく。


青森、岩手、秋田、山形、新潟、群馬、栃木、茨木、千葉、夢の国、東京、テレビ局、大きな電波塔、埼玉、長野、岐阜、滋賀、三重、奈良、和歌山、大阪、兵庫、岡山、広島、山口、島根、鳥取、また兵庫、そして京都という道順だった。


明らかによりみちをしているのが分かると思うが、これは木の葉が酒を止めたから、この程度で済んだと言える。彼が止めなければ、沖縄まで行きかねない勢いだった。


そんなこんなで着いたわけだが、京都には特に変わった狸はいなかった。

京都の山の中に入っては狸に会い話しかける。

「すみません。このへんで妖術を使う狸は知りませんか。」

「妖術? 知らんなぁ。」

「東北に住んでいた狸なんですが、妖術を使える狸がいると噂されていたんですけど。」

「悪いが…記憶にないね。妖術を使うなんて聞いたことがないよ。」


と、このように出会ったすべての狸が妖術は知らないと答えた。

酒は随分と落ち込んでいた。

一方で、木の葉はというと、考え事をしていた。


「どうしたんだ、木の葉。」

「妖術なんてのはそもそもなかったのさ。」

「なんだって?」

「やっぱり京都の狸たちも私たちと同じ普通の動物なのさ」

「そうかもしれないけど…だったら、なんで噂が広まってんだろう。」

「それは…。」


二匹は京都の街にいた。

人が多くいるので、怖さから人気のない場所を進みながら街の中を周った。

だが、驚いたことに、人気のない場所には多くの狸がいた。

その彼らは手には食料らしきものを持っていた。

酒はやっぱりという表情をした。

「ここに答えがあるんだ。妖術の答えが。」

「…でも、あの狸の中には話しかけたような狸もチラホラいるけど。

「ほんとだ。」

ちょっと狸たちの動きを観察しよう。

二匹は建物の上へと昇り、上から狸たちの様子を見ることにした。

建物の屋根にはカラスが止まっており、彼は大きな独り言をつぶやいていた。

「あぁ。あいつらのせいでろくに喰えねぇ。」

「何がだい?」と木の葉。

「あいつらが、人間の落とし物を拾ったり食ったりするから、俺たちの立場がねぇのさ。」と、カラスの旦那は呆れていた。

「…それって。」木の葉は言葉に詰まる。

「食べ物が何もないところから手に入っているといってもいいのかも?」酒が木の葉の代弁をする。


「ああ。俺たちカラスの間では京都の狸は妖術使いとか言って、忌み嫌われているよ。」


× × ×


カラスの噂だった。

その噂が東北の方まで届いたのもカラスの噂からだったのだろう。

噂とは所詮噂だった。


妖術ではなく、人間のゴミから食料を確保しているだけであった。

それも、人間が多くいる場所でのことだ。

道端に限らず、ごみ箱を漁る狸、飲みかけのジュース、落とした食べ物、あとは弱そうな人間の食べ物を奪う、エサをもらっているなどだ。

人間が多いければ多いほど、食料が多く手に入るようだ。


つまり、妖術で何もないところから食料を生み出しているのではなく、人間の食料を取っているという方が適切だった。しかし、見方によっては妖術でもある。

なぜなら、獲物を見つけなくても、人間の多い場所にさえ行けば、食料は手に入るし、エサを与えてくる愚かな人間もいるようで、楽してエサを確保できるからだ。



「き、期待はずれだった。」

「期待? やっぱり木の葉は妖術はあると思っていたんだ。」

「まぁね。だけど、予想を下回ったよ。」

「うーん。僕もこれは違うかなって。僕はやっぱりこう、自然が一番かなって。」

「言えてるね。でも京都は実によかった。稲荷伏見大社は満足したよ。」



そのあとも京都を満喫した二匹はそのまま北上し、北海道に帰っていった。






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