魚の都
中村ハル
第1話 魚の都
見上げた空には、象牙色に朽ちた骨格が、いくつもぶら下がっていた。端が茶色く酸化している肋の上で、鳥の群れが羽を休めて、思い思いに寛いでいる。
天蓋はどこまでも青く澄んで、白い雲が波のように流れていく。
大きな鳥が一羽、羽根をぶるりと震わせると、翼を広げて飛び立った。その弾みで、骨に僅かに引っかかっていた何かの欠片が、はらりひらりと落ちてくる。
上を見上げていたジュールは、掌でその虹色の切片を受け止める。
指先で摘まんでみれば、それは雫の形をした、半透明の美しい鱗だった。
「あれは……」
横目で隣を歩くガイドに尋ねた。
気楽な感じのサファリシャツを着た陽気な男が、あはは、と無意味に笑った後で天空を指で示す。
「魚ですよ。ご存じない?」
「魚くらい知っている。だが、あれが、魚だって?」
「そうですよ。学者先生ならご覧になれば分かるでしょうに、やだなあ、もう」
やだなあ、はこっちの台詞だ、お調子者め。
ジュールは寸でのところで言葉を飲み込んで、双眼鏡を取り出すと、空に貼り付けられている骨格標本をまじまじと眺めた。
「どういう原理であれはあそこに?」
「どういう原理で。ああ、先生、そりゃいけないや」
「……面倒臭いな、お前」
「なんです?」
「いや、何でもない。どうやって、あれを空に留めているんだ」
「それは、先生。雨が降るでしょう」
「降るだろうな」
「それがねえ、最後に降ったのが、はてさて、いつのことやら……ちょっと、煙草屋の婆さんに聞いて……」
「ちょっと待て、その煙草屋とやらはどこだ」
「ええ? 大丈夫ですよ、電話があるから。っと、電波が……ないねえ」
「それ、長くなるか? その話は、長くなるのか?」
「……端折ります?」
「そうしてくれ、こう見えて、結構忙しいんだ」
「そうですか。で、何でしたっけ」
「雨が降ると、どういう原理で魚の骨が空に吊り下げられるのか、手短に教えてくれないか」
「手短に……ちょっと、この5年くらい試したことないから分からないけど、努力はしてみます」
「お前ね、心の声は全部声に出さなくていいから、結論だけ喋ってくれよ」
ジュールは煙草を吸って気持ちを落ち着けようと、懐に手を突っ込んだ。だがどこを叩いても、煙草を入れたケースが見当たらない。
「先生、火気厳禁です。忘れたんですか。水がない」
ガイドが両手を広げて、呆れたように肩を竦める。
「この129年というもの、水がないんです。ここら辺りには」
「……そうか。じゃあ、雨が最後に降ったのは129年前なんじゃないのか」
「先生、頭いい!」
「馬鹿にしているのか」
「してませんよ。それで、雨が降るでしょう」
「降るな」
急に戻るな、と突っ込もうかとも思ったのだが、ここで口を挟めば129年くらいは元の話題に戻れそうもない。ぐっとジュールは頬の内側を噛んで堪えた。
「ところがね。雨が降っている最中に、こう、かあっと何かが来たんですな」
「何か」
「そう、何か。もうそれがなんなのか、だあれも覚えちゃいません。とにかくそいつが雨の最中にやってきて、雨が凍った」
「お前、かあっと、っていったじゃないか。熱い方じゃなくて、寒い方か」
「あんたもいちいち細かいですね。とにかく、凍ったんです。まあ、正確に言えば、凍ったも何も、かっちかちに、固まっちまった。折れた雨が時々落ちてくるが、アレは氷なんてもんじゃない。プラスチック、硝子、樹脂、なんだか知らないが、そういう、かたーいヤツです」
足元に落ちていた、透明な針のようなものを摘まみ上げて、ガイドがジュールに、ほら、と寄越す。
確かにそれは、石英のように硬質で透明で、雲母のように脆く崩れた。
「そいつが海の中まで突き通り、泳いでいた魚たちを串刺しにした。それから、ぴたりと、雨が止んだ。そうして、いつまでも降らなかった。水たまりが消え、川は干上がり、湖が枯渇し、泉は死んだ。海は小さく小さく小さくなって、やがて、誰も彼もが、海を忘れた。動物は死に絶え、人は渇き、串刺しにされた魚たちだけが空に残った」
それが、あれです。と、ガイドが真面目な顔で天空の骨格標本を指さす。
ジュールはまともにガイドの顔を見据え、それから天を仰ぎ、溜息を吐く。
「雨は、雫の形だ」
「ですねえ」
「あれは、棒状の物で貫かれて、天からぶら下がっている」
「ですねえ」
「お前の話は」
「伝説です。だってね、先生。その話だと、アタシ等、ここにいないじゃないですか。死滅しちゃったんだから」
「……そうだな」
「だから、よくわかんないんです。そういう伝説が、この島にはあるってこと」
大体。
そう言って、ガイドはぐん、と両手を広げた。
「ここいら一帯は干上がってますけど、少し行ったら、眩しいくらいの翡翠色の海でしょう」
「俺も船で来たしな」
「だから、ここがどうしてこんな有様なのか、よくわからない。分かっているのは、ここがすり鉢状の水底の都市で、かつては魚が泳いでいたということだけ」
「人は住んでいたのか」
「住んでましたよ。でも、もう、死に絶えた」
不意にガイドは悲しい眼をして、空に玻璃の楔で縫い止められた魚たちを見上げた。
「それで、先生は、こんな廃墟に何をしにいらしたんです」
「何って……珍しい都市があるからと、噂に聞いたから」
「物見遊山ですか」
ふふっと笑って、ガイドが背を向けた。
その肩越しに見える石造りの回廊で繋がれた、らせん状の町並みは、緑色の苔とツタに覆われて、崩れ落ちようとしている。記録を取るなら、今しかないのだ。
ここに入るのには、特別の許可が要るし、ガイドをしてくれる者もなかなか見つからないという。
そもそも、この都市の入り口を塞ぐ堅牢な門を開ける鍵を持っている者のみがガイドであり、現在、その所在が把握されている者は、数えるほどしかいない。そのガイドも、いざ連絡を付けようと思って登録住所を尋ねても、そこに定住している者は稀で、どこにいるのか誰も知らない。
今回は、本当にたまたま、知り合いが場末のパブで酔い潰れていた飲んだくれと意気投合したところ、そいつがこいつで、そのままジュールに連絡が来たという次第である。
「物見遊山ではない」
眉をしかめて、ジュールは不愉快な声を出した。
滅び行く都市の記憶を留めておく、ほんの幾ばくかの手助けになればいいと、そう思っていた。
「曾祖母が幼い頃に、ここにいたことがあるんだ」
幼いジュールが繰り返し聞かされた、夢のような都市の話。
その時すでに高齢だった曾祖母の話を、家族の誰も、信じなかった。
ジュールも全てを信じたわけではない。
それでも、曾祖母が夢を見るように語る話は極彩色の風景を、鮮やかにジュールの前に蘇らせて、幾度も幾度も、ジュールはその話をせがんだ。
幼い曾祖母が見た、その母の着る美しい衣の話、女たちを彩る半透明の軽やかな装飾品。男たちが謳う、さざ波のごとく遠くに響く鯨の歌。
その時すでに、町は滅びの予感に包まれていたのかもしれない。
曾祖母は、物心つく頃にはすでに、数少ない一族で町を出たそうだ。
写真は、一枚もなかった。
「でも、俺は、知っている。曾祖母の腕には、それは美しい刺青があった」
「刺青」
ガイドがくるりと振り向く。
その琥珀色の目が、真っ直ぐに、ジュールの目を射貫く。
「どんな?」
「細部は、覚えてはいない。俺も幼かったから。ただ、どんな絵具を使っていたのか、透けるような美しい蒼と輝くような淡い桜色で、まるで、宝石のようだった」
「ちょうど、この鱗のような?」
ガイドが先ほど、天空の骨格から降り落ちてきた鱗を摘まむ。
「そうだ……そういう、不思議な色をしていた」
「そうですか。そりゃあ、先生」
うふふ、とガイドが笑う。
「なんだ、どうした」
「いいんです。行きましょう。こっちですよ、ほら、早く」
唐突に陽気さを取り戻して、ガイドが踊るような足並みで先に進んだ。
ジュールは慌てて、その後を追いかける。
「おい、こっちは、ガイドブックに載っていないぞ」
「そりゃそうですよ」
島に入る前に渡された地図のルートから大きく外れて、ガイドはぐんぐんと町の奥へと入っていく。崩れかけたアーチをくぐり、垂れ下がった蔦を切り裂き、廃屋を幾つか越え、もう、どこを歩いているのか、皆目見当がつかない。
「おい」
これ以上は、危険だ。
ジュールは慌ててガイドの腕を掴んだ。
ガイドが微笑みながら振り返る。
その目は、先ほどまで見ていたような、琥珀の色ではなかった。
「お前、そんな目をしていたか?」
「さあ、どうでしょう。目の色なんて、忘れてしまった」
ざりっと後退ったジュールの腕を、ガイドが強く掴み返す。
「ねえ、先生。最後まで、お付き合い願いますよ。どのみち、もう、ひとりでは帰れないんだ。ここがどこだか、あんた、分からないでしょう」
慌てて取り出したコンパスを、ガイドの手が、そっと押さえる。
「ああ、駄目ですよ。磁石なんて、何の意味もない」
手を振りほどいて覗き込んだコンパスは、方向を失って、ぐるぐると回り続けている。
「お願いです、先生。最期まで、どうか」
泣き出しそうに笑ったガイドの目が、翡翠のように透き通る。
「先生、ほんの少しでいいんです。あと少し、ほんの少しだけ」
請われるように手を引かれて、ジュールは放心したまま、ガイドの後に着いていった。
辺りに視線を走らせ逃げ道を探るが、いつの間にか堅牢な石造りの町は、すり鉢の底にたどり着いたのか、出口が見当たらない。
ただ遠く、高く青い空の底で、骨だけの魚たちが、白く縫い留められているのが見える。
「こっちです、先生」
どれほど歩いたのか分からなくなった頃、ガイドがぴたりと足を止めた。
指さされた低いアーチをくぐると、ただ昏い、井戸の底のような円形の空間に出る。
周りはぐるりを壁で囲まれ、頭上の空以外には窓はない。
その真ん中に、ただひとつ。
白い石に似たいびつな大きな塊が、しんと、鎮座していた。
「なんだ、これは」
「海ですよ、先生。海です」
「え?」
ジュールは眉をひそめてガイドを振り返る。
ガイドは悲しそうに首を振って、そっと小さく息を吐いた。
「これが、私たちの、海です。でももう、失ってしまった。海は閉ざされ、アタシたちは二度とそれを見ることはない」
密やかな足音を立てて、ガイドが白い石に両手を着く。ひと抱えしてもあまりある大きな石に顔を寄せて、嘆きに似た声が漏れた。
「ここの最期を、見届けてください。貴方は、この海の、子孫だ」
「なんだって?」
「貴方の曾祖母のその刺青は、鱗ですよ、先生」
にっこりと、ガイドが笑う。
「貴方は、私たちの海の民の末裔だ」
そういいながらサファリシャツの袖を捲ったガイドの腕には、蒼と桜色の鱗が、きらきらと天からの陽光を照り返して煌めいている。
「私ももう、朽ち果てます。私がきっと、最後の一人だ。私たちは、死ねば骸が枯れ果て、ああして天に繋ぎ止められる。そうしてそのまま、海に還れる日を、待っているのです」
ガイドがそっと、一枚の鱗をジュールの手に握らせた。
「覚えていてください。貴方が死んで消えるまでで構わない。どうか、この海を、忘れないで」
きらきらと、手の中で、鱗は光を撥ねて煌めく。
「帰り道ならば、ここを出てまっすぐに、太陽を目指して進みなさい。さあ、もう、行くんだ。日が暮れたら、ここからは決して出られないから」
さあさあ、と、ガイドは急かすようにジュールの背を叩いた。
「そんな、だって」
「アタシが死ねば、ここは永遠に閉ざされる。そうして、アタシ等海の民は、枯れ果てた空で、朽ちて消える。だけど、貴方が覚えていてくれるなら、それもそう哀しいことではないだろう。会えて良かった、海の民の子よ。貴方は自由に泳ぐといい」
陽気に手を振るガイドに押されて、ジュールは混乱したまま、昏い井戸の底から追い出された。
後ろ髪を引かれながら、歩き出そうと最後に振り向けば、ガイドは白い石にもたれて、天を仰いで目を閉じていた。
「あれは……」
ジュールは不意に思い出す。
曾祖母の話にあったではないか。
あの白い石は。
「待て、おい、その石!」
思い出して、短い距離を、ジュールは全力で駆け戻る。
何事かと目を見開いたガイドの両肩を掴んでどけると、ジュールは両手で、白い石の面をなぞっていく。
「先生? 気でも触れたんですか?」
「違う! お前、これが海だと言っただろう!」
「言いましたが、アタシ、これから死ぬんですよう。最期くらい、しめやかに逝かせてください。煩いばっかりの人生だったんで」
「死ぬのは後だ。手伝え!」
「えええ?」
「ほら、どこかに、あるんだ、継ぎ目が!」
「はい?」
「いいから、探せ!」
「わ、分かりましたよ。まったく、人使いが荒いんだから」
ぶつぶつというガイドと二人で、石の周りにこびり付いた砂の塊を剥がしていくと、やがてうっすらとした桜色の細い線が見えた。
「ここだ、ここ! こじ開けるぞ」
「石ですよ、先生?」
「石じゃない。何か、硬い物を」
「……仕方がない人だなあ、本当に。ちょっと、危ないから下がっていてください」
ガイドはごそごそと腰の辺りにぶら下げていた鞄を探ると、小さな白い銃を取り出した。
「撃つのか?」
「そりゃ、銃ですからね」
「なんか、物騒じゃないか?」
「じゃあ、どうすりゃいいんですか」
「もっと、なんか、ないのか。ほら、あの骨とか」
頭上高くにぶら下がる魚の骨格を指さすと、天を仰いだガイドが肩を竦めた。
「こんな銃で届くわけがない。あんた、ほんとに先生ですか」
溜息と共に撃鉄を起こすと、明後日の方を向いたまま、ガイドは石に向かって一発ぶっ放した。
耳をつんざくような銃声が、円形の壁に撥ねて、蹲る。
「お、お、おおおおお前ね!!」
「以外と肝っ玉小さいんですね。開きましたよ、ほら」
指さした先で、石に罅が入り、その隙間から青い青い光が、ほろほろと注ぎ落ちる。
慌てて二人で駆け寄って上部を押せば、ぼろりと白く硬質な石灰の塊が崩れ落ちて、真珠貝の内側が眩く目を射た。
「……これが、海」
その真珠貝の窪みの中に、くるりと膝を抱えて蹲る乳白色の柔らかな生き物に、そっと二人は手を伸ばした。
「これが、アタシたちの海」
ガイドが地面にくずおれるように、両膝を着いた。
ジュールは両腕を伸ばして、その生き物を抱き上げる。
それは象牙色をした、小さな幼子で、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「……おい、これ、どうするんだ」
「どうするって」
「子供に見えるんだが」
「子供ですね」
「俺は独身だ」
「奇遇ですね。アタシも妻には逃げられました」
「それと一緒にするな」
「一度も娶ってないあんたには言われたくないですよ」
「どうする」
「どうしましょうねえ」
二人で顔を見合わせて、ふふっと笑った。
穏やかに眠る幼子が、やわらかな唇で微笑んだのだ。
「お前、死ぬんじゃないのか」
「そのつもりだったんですけどね。もう少し長生きしてみてもいいかなあと」
「その辺、どうにかなるもんなのか」
「長寿の家系なんです。あ、起きますよ。ほら」
ジュールの腕の中で身じろぎした子供が、むにゅむにゅと唇を蠢かす。
柔らかな口がぱかりと開いて、大きな欠伸をすると、象牙色の睫が微かに震えて、ゆっくりと目を覚ます。
「あ」
思わず、声が漏れた。
幼子の瞳は、深い海を湛えた青い青い色。
その目が、つ、と動いて、ジュールを捉える。
「海だ……」
呟いたジュールに頷くと、幼子は開いた唇から歌を紡ぐ。それは、空を震わせ、遠く遠くに響き、蒼の天蓋にさざ波を立てた雲を揺さぶった。
魚たちを繋ぎ止めた石英の雨が粉々に崩れ、骨だけになった魚が空中に放たれる。
思わず頭上を腕でかばったジュールとガイドのすぐ傍を、砕けた石英が、雨粒のように降り注いだ。それは渇ききった大地におちて、しゃらりと音を奏でる。
幼子の歌は空気を揺さぶり、まるで波にもまれるように、身体がなびく。
再び崩れた石英の雨が。
「雨だ!!」
ガイドが大きな声を上げて、ジュールを揺さぶる。
頭をかばっていた腕を、水の雫が叩く。
そして、天から、水の塊が降ってくる。海と空を逆さまにしたように、空と海が溶けるように。
雨などという量ではない。空に凝っていた蒼が、全て降り落ちてくる。
声を上げるまもなく、ジュールは水に押し潰されて、天も地も失った。大量の水圧に横っ面を張り飛ばされて、意識が押し流される。
海草よりも軽く浚われた身体を、何かが捕まえた。
遠のく意識の端っこで、鱗に包まれて煌めく、ガイドの腕が見えた。
そうして、エメラルドの水の中に泳ぎ回る、無数の骨格だけの魚たちも姿も。
「先生、せーんせい」
ずきんと、鼻の奥と頭が痛んだ。
盛大にむせかえると、胸の奥が激しく締め付けられて、ジュールは飲み込んだ水を吐き出す。
息も絶え絶えに目を開くと、ガイドがじっと覗き込んでいた。
「死にましたか?」
「……生きてる……」
「そいつはよかった」
「お前……」
ごろりと重い身体で寝返りを打てば、すぐ傍で、幼子が微笑んでいた。青い海の色の瞳が、じっとジュールを見つめている。
「ここは……」
「島の入り口です」
「島……水が、海……そうだ、海は?」
「先生のおかげで、海が戻った。まあ、そのおかげで」
「なんだ」
「島は消えちまいましたけど」
「え?」
慌てて身体を起こせば、僅かに残った岩の上に、ジュールは寝かされていた。
島があったと覚しき場所は、翡翠の色の海に沈んでいる。
「おかげでアタシ等は、身体が戻って、また、ここで生きていける」
振り返ったガイドに答えるように、水の中から、骨だけの魚が顔を覗かせた。
「身体って、あれ、骨じゃないのか」
「あいつはああいう生き物。他の奴らも、少しずつ再生していきます。戻らないヤツは……この子がどうにかしてくれる」
「万能なのか……」
「全ての源ですから、ねえ」
こっくりと、幼子は頷いて、唇から歌を紡いだ。
遠く、遠くで、ゆったりと波がうねり、海が歌う。
「俺はどうやって帰るんだ」
「ここにいてもいいんですよ、先生だって、この海の子孫だ」
「……俺は、帰るよ。ここのことを、書かなきゃならない。曾祖母の思い出の地だ」
「そうですか。玉手箱は差し上げられないですけどねえ」
「要らないよ」
「いつでも帰ってきてください。里帰りは大歓迎だ」
「そうするよ。で、だから、俺はどうやって」
「どうしますかねえ……」
「……勘弁してくれよ……」
ジュールとガイドは途方に暮れた顔で見つめ合う。
それからごろりと岩の上に寝そべって、とりあえずは昼寝をすることに決めた。
これはジュールという学者が記録に残した、大きな法螺貝が気を吐いて造ったという幻の都市、蜃気楼でのできごとだ。
魚の都 中村ハル @halnakamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます