第5話 大好きなあなたと辿る(終)

「・・・・・・随分と待たせるのね。もう帰ろうかと思ってたところよ。」


「こちらこそあんな訳わからん手紙一枚残して探し回らせやがって・・・ったく、後で借りは返してもらうからな・・・・・・香織。」


そんな憎まれ口を早速たたき合いながらも、僕は少しだけ泣き出しそうになってしまっていた。やっと逢えた・・・・・やっと・・・・・約束通り10年後に・・・・・・。



「ちょ、なに泣き出しそうになってるのよ。大の男の癖して。」


そう言ってあの眩しいばかりの笑顔を香織は僕に向けてきた。10年前のあの頃と何も変わらないままの、本当に素敵な笑顔を。


「でも、なんでここなんだ?てっきり俺、最初は元香織の家の木の下だと思ってたわ。」


「なんでって?・・・・・もしかして、本当にわからなかったりするの?」


うん、っと頷くと少し呆れたような表情を浮かべた後、少しフッと笑いながら


「覚えてないの?10年前の秋祭りの事。」


「秋祭り・・・・・・・・あっ・・・・・・」


その瞬間、零人の中で全ての記憶のピースが繋がった。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



10年前の秋祭りの日の事。僕と香織は祭りのメインステージから少し離れた小高い丘の上の金木犀の木の下に二人並んで座り込み、見下ろしていた。僕らは出会ってからまだ一か月ようやく経ったくらいであったけど、すっかり信頼を置いて話し合えるほど良き友達になっていた。今まで趣味について語ったり教え合ったりすることのなかった僕は、今までにない会話の楽しさを知った。・・・・・そして僕は気づかぬ間に彼女に惹かれていってしまっていた。それとなく想いを伝えようと僕はこの場所まで香織を連れて・・・・・来たのはいいのだが、結局中々切り出せずにいた。ほんの少しの勇気を出せれば・・・・そんなことを考えながら、いつもの様に他愛もない会話が続く。


「ねえ、もう進路は何処にしようか考えてるの?」


「おう、もちろん。同じ県内の理工系の大学に進みたいと思ってるよ。いつか、どこかの自動車メーカーに入って、技術開発やりたいな、と思ってさ。なんだか最近勉強にも身が入るようになってきた気がするよ。・・・・センターまでもうそれほど時間があるわけじゃないけど、自分なりにできることは、頑張ってるよ。」


「・・・・そう、よかったわ。人間、何か目標が見つかれば、自ずと頑張ろうと思えるものね。・・・・・応援してるわ。目標、実現しちゃって頂戴。」


なんだか今日の香織は様子がおかしい。いつもより歯切れが悪い気がしてならない。スパスパものを言う香織らしくなかった。


「なあ、香織?今日はなんかいつもより暗くないか?何かあったのか?」


「別に何もないわ。いつも通りよ。」


「そんな感じじゃないだろいつも。どうなんだ?正直に言ってみろよ。友達だろ?」


すると香織は隠してもしょうがないしね、と言いながら目を閉じてフッと笑い、こう続けた。


「実はね。もうすぐお父さん共々この場所から離れる事になったの。それも渡米することになって。ちょっと理由は言えないけれど・・・。だから、暫く会えなくなる。」


余りにも唐突すぎる話で僕はびっくりした。もちろん、大学生ともなれば県外に行くことなんてザラだし、下宿したりとかはあるけど、まさかそんな遠くまで実家共々いなくなってしまうなんてことは想像しえなかったからだ。


「まあ、新天地もよくまだ私も分からないし、何があるかわからないけど、私は私で新しい地で好きなことをちゃんと追いかけ続けるからさ・・・・・だから零人君も、きっと・・・きっと、夢を叶えてね。」


余りにも唐突でなんだか感情が揉みくちゃになっていた僕だけど、僕は何とか自分で言葉をひねり出した。


「お、おう。もちろんだ。香織も・・・香織もちゃんと好きな事、追いかけ続けろよ。」


もちろんよ、そう言いながら香織は少し寂しさを含んだような表情を浮かべながら微笑みを浮かべていた。


結局思いを伝えるチャンスがないまま、時間は過ぎていき、祭りも終わりごろになりいよいよ別れの時が迫っていた。


「芹沢君。また・・・・ね。」


「うん・・・・・あ、あの・・・さ、香織。お、俺・・・」


そう言いかけた時


「あと一つ、10年後、金木犀の木の下でまた逢いましょ!! その時までに、お互い好きな事を極めておくように!!」


「え?お、おう。もちろんだよ!」


そう言うと、満足げな笑顔を二ッと浮かべたまま、香織はそのまま走り去ってしまった。



そして、次の日の朝にはもう森宮邸にも、学校からも、香織の姿は消えた。・・・・そして金木犀の花も香りも、同じころに消えていった・・・・。金木犀の花ことばの一つに『初恋』とあったが、僕の初恋はとうとう持ち越しになってしまったようだった。





「そうか・・・・そういえばそうだった・・・・・。」


「ようやくわかったの。鈍感ね。そう、ここは最後、二人ともが自分の好きな事を追い続けるって誓い合った場所・・・・よ。私にとってはあの庭の金木犀に負けないくらい、思い入れのある木・・なの。」


香織は木をさすりながらそういった。 すると金木犀の木はまた匂いを強くしたような気がした。甘く、陶酔するような・・・・香り。


そしてこう続けた。


「で、芹沢君はどうなのよ?目標、達成できたの?」


「そりゃもちろん。大学卒業してから、行きたかった会社に入れたし。・・・・・本当につらいことも沢山あったけど、やっと最近頑張りが認められるようになって・・・・頑張れてるよ。」


「そう・・・よかったわ。私もね、アメリカの大学で植物科学について学んで、博士号まで取って・・・やっと今度は日本の研究所で研究者として働けることになった所よ。」


「すげえな。研究者にまでなったのか!正に、好きこそものの上手なれって感じだな。・・・・・お互い、好きなことを極められて、よかったな。」


そうね、と香織は微笑んだ。


「でも・・・・一つ、あと一つだけ、極めたい好きなものがある。」


「え?あと一つ?あと、なんかあtt・・・」


その瞬間、香織は僕に飛び掛かり、唇が重なった。香織の柔らかい唇、身体、全てが感触として伝わってきたけど、あまりの情報量の多さに僕はフリーズしかかってしまった。


「っん・・・ふう。 もう一つ、私が好きだったもの、それは・・・・・・芹沢君、あなたよ。」


「ふうう・・・・おめっ・・・・・そりゃ卑怯だよ・・・・・。俺だってお前の事好きで告白のチャンスずっと伺ってたのに・・・・・10年前の時から。そしたらそんなクサいセリフ吐いてお前からくるなんて・・・・。」


「ちょっ・・・・・クサいセリフとは何よ。これだって頑張って考えたんだから・・・・芹沢君が中々言ってこないんだから、不器用なりにやるしかないと思ったのよ!」


香織は頬を赤く染め上げながらそういった。 確かに、僕が臆病すぎて中々言い出せなかったのも原因と言えば原因だ。致し方ないかもしれない。


「・・・・で、どうなの?告白の返事は・・・。」


「そら、いいに決まってるだろうよ!!!お互い、好きなものを極めたんだし・・・その・・・今度は・・・今度こそはお互いの事をもっともっと・・・・好きになって・・・いこうよ。」


「フフフ、じゃ、決まりね。 これからは離れずにずっと・・・・ずっと一緒にいられるわね。」



そうだな、と僕は答えた。 


自分の好きな物事を大事にすること、ずっと好きでいる事。そしてそれを受け入れてくれる、大事にしてくれる誰かとずっと一緒にいられること。 


僕はこれからも自分の「好き」を、もっともっと大事にしていきたいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金木犀の香りのする頃に 須田凛音 @nemerin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ