(未定)

垢変更のため放置

第一話

温かいとはどういうものなのだろうか。うれしいとはどういうものなのだろうか。

この世に生まれてきて10数年、僕は人のやさしさを、人の温かさを知らないでいた。

僕には温かい家族はいない。

実の父親はアル中で、酒がなくなればいつでもどこでも僕を呼びだして暴力をふるった。不幸中の幸いか顔は殴ってはこなかった。

だから長袖の服を着れば青紫色になった体を隠すことができた。

実の母親は殴られのたうち回る僕を見て見ぬふりをすることしかしなかった。

僕を庇えば自分の命が危ないとでも思っているのだろう。だからいつも僕を盾にする。自分の仕事である家事でのミスを造酒が仕事である僕に擦り付けていた。そのたびに僕は殴られた。

実の妹はボロボロな僕を見てよく笑っていた。父親は妹を溺愛し、妹は父親の威を借る。

この家で僕の居場所なんてどこにもなかった。

毎日酒と暴力に囲まれた生活が嫌で嫌でどうにかなりそうだった。

だから僕はある日の夜、初めて家の外に出た。

父親は僕を外に出そうとは絶対にしなかった。生まれてからずっと家の中で過ごしてきた。

その影響もあってか僕はいつしか外にあこがれていた。

そんなあこがれとともに家でをした結果、待っていたのは絶望だった。

家族が寝静まった深夜に家を飛び出した。持ち物は本一冊のみで息苦しい家の中から自由な外の世界へ。

初めての外の世界は風がなく、白い埃のようなものが降っていた。

初めての空、初めての外の地面、たくさんの初めてに心が騒いだ。

僕は自由だ!家族がいない世界へ飛び立つんだ!

そう心の中で叫んでいた。

だがこれは失敗に終わった。僕の家出を感ずいていた父親がすぐ後ろから追いかけてきたのである。

ずっと家の中で酒を造っていた僕は運動神経がいいはずもなく、あっさりと捕まった。

そのあと父親は僕が二度と逆らわないように、いつもより鋭く殴り、激しく蹴った。


その痛みに耐えきれず、僕はすぐに気を失った。


::::::::::


目が覚めるとそこは僕は知らない部屋だった。

「…痛い。」

父親に殴られた場所から痛みが走った。

ここはどこだろうか。

((逃げなきゃ))

僕はベッドから起き上がり、窓から外へ出て走り出した。

「逃げなきゃ、早く逃げなきゃ。」

父親が逃げれないように執拗に痛めつけた足を無理やり動かした。足の痛みよりも父親の所有している家かもしれないという恐怖心が勝った。

涙を流し、息を荒らしながら走った。

目の前の道を、体力が持つ限りを尽くして走った。周りを見るとあるのは進んできた道だけで、それ以外は気が生い茂る森だった。

振り向くと見えたのは、僕が出てきたであろう家というより屋敷だった。

「お体は大丈夫なのですか。」

僕は慌てて振り向いた。

そこにいたのは黒髪のメイドだった。

見つかってしまった。逃げきれなかった。また父親のところまで戻されるかもしれない。

そんな考えが不安を煽った。怖くて体が動かなかった。

そんな僕を見て優しく、微笑んでこう答えた。

「大丈夫です。ここにあなたを傷つける人はいません。あなたが元居た場所からも離れています。ご安心なさってください。」

その言葉が信用できるとは限らない。相手が嘘をついている可能性はあった。

だが、ボロボロなった僕の心に"安心なさって"という言葉は突き刺さった。

今まで言われたことがない言葉。今まで知らなかった温かさを知れる気がした。

「だから、もう怯えるのはやめにしましょう。」

その人は僕にそう言った。命令じゃない、生まれて初めての約束だった。

この人は僕にたくさんの初めてをくれるのだろう。

この人の傍にいたい。そう思ってしまった。

「あ、あなたの、もとで働きたいです。」

僕はそう言った。

そう言うとその人は軽く微笑んで

「あなたに養われるという発想はないんですね」

そう言った。

「まあいいでしょう、丁度1人執事が欲しかったところです。」

よかった。邪魔者にならずに済みそうだ。

「ですが、しばらくの間は働くのではなく勉強していただきます。靴も履かずに冬の外へ出るような人に仕事は任せられません。」

「冬…これが…じゃあこれが、雪。」

「その様子ですと、季節もまともに知らないのですね。」

「季節…本で読んだことはあります。温かくなったり、寒くなったり。」

その本は僕にとってたった一つの宝物。外の存在を教えてくれた大切なもの。

「詳しくは屋敷の中で聞きます。そんな薄着で外にいると凍え死にますよ。」

そう言ってその人は僕の手を引いてお屋敷へ向かった。

繋いだ手は、とても温かかった。

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