6-5.桐谷瑠香の種明かし
「おお、晶にサクラ! 無事だったか!」
「暮奈さんこそ、良かった」
「なんだヨ、あかりちゃん元気じゃんか」
折人のファンだったという女に案内をさせて、僕達はスポーツジムの中で胡坐をかいて座っている暮奈さんを見つけた。
ゴーグル越しに見てみると、すぐ傍で大の字になって倒れている大男の姿が見えた。あの男が暮奈さんを足止めしてた相手なのだろうか。一応暮奈さんにその事実を確認しておく。
「この人は?」
「ああ。よく分かんねーけどコイツ、拳だけは物に触れられるみてーなんだよ。殴られたから殴り返した。こいつの突きに合わせて拳を殴ってな。何回も殴ってやったらその内体力が尽きたみてーで、こうして倒れこんだんだ」
「ええ……あのヒト一回チャンピオンベルト取った事あるんですけど……」
暮奈さんのあっさりとした報告にドン引きする女子高生。そういえば、この女の名前は
「なんだソイツ。サクラの女か?」
「ちっげーよ! こいつがこの街の生き残りだヨ!」
「これだけ寄り添ってたらそう見えるよね……」
先ほどからこの桐谷とかいう女は折人にぴったりくっ付いている。縛り付けた上に逃げないように縄の端を折人が持っているので必然的に距離は近くはなるのだけど、それとは関係なくわざとくっ付いてるようにしか見えない。
「やーん、ORITO様の女だって! うれしー!」
「五月蠅い。アンタの事はまだ許してないからナ」
「もー、いけずー」
うっざ。
どうしよう段々殴りたくなってきた。仕返しに一発くらい殴ってもいいんじゃないだろうか。
その気持ちはは折人も同じだったようで、引きつった笑顔で拳を握りしめていた。
「生き残り、捕まえたのか。アタシ抜きでよくやったな」
そう言って暮奈さんは、僕と折人の頭をポンと叩いた。
こうしてキチンと手柄を褒めてくれるのは本当にこの人のいいところだと思う。
「いや、僕は何もしてないし……」
「何言ってんだヨ。アキラが引き付けてくれなかったらあの作戦は取れなかったゼ」
ああもう、折人まで何言ってるんだ。
そんな風に言われたら、嬉しくなるじゃないか。報われて気分になるじゃないか。
でも今回は泣かなかった。これだけ大人数の前で泣くのは恥ずかしいし、そんな泣き虫な自分ともいい加減お別れしたかったから。
「じゃー、その女から聞き取りだ。アタシも体力使い果たしちまってるから、その辺はお前らに任せた」
そう言って暮奈さんはゴロンとその場で横になった。本当に疲れているんだろう。こんなに躊躇なくだらける暮奈さんは脇腹を殺人鬼に刺された時以来だ。
「じゃあ折人、まかせた」
「俺ぇ!? って、俺も自分で適任だとは思うがヨ……」
「はいー! ORITO様の質問ならなんでも答えますぅ!」
コイツ見てると本当にイライラするな。
あれだけ人間不信なところを見せつけられて、何を言っても信用されずに拷問までされたって言うのに……折人を見た途端これだもんな。
とりあえず憂さ晴らしに軽く足を踏んでやった。
睨み返された。目つき怖すぎだろ。
僕の不満はともかく、折人の尽力で桐谷の生い立ちを聞く事に成功した。世界がこうなった時、何があったのか。そしてどうしてそこに至ったのか。
彼女はまず、元々拷問器具に興味を持っていたらしい。
どういう感情で拷問器具が好きになったのか気になったけど、特別な理由なんて無く完全に興味本位だったらしい。
人を殺すための武器とも違う、ただ人を痛めつけるためだけに開発された器具。そこに知的好奇心を刺激されたという事だ。人体が限界まで痛みを感じつつ、それでも絶命はしないように効率的に作られたその技術に、魅入られてしまったらしい。
その時点でどうかと思うけど、とにかく彼女はそれを使って人を痛めつけたいとは一切思っていなかったそうだ。
しかし当然、そんなものを集めていたら両親からは白い目で見られることになる。
通販で次々届く怪しい拷問器具の数々に、ある日両親の不満は爆発した。
彼女を口汚い言葉で罵倒して、今すぐそれを処分しろと詰め寄った。
そんな事を言われ続けた当然の結果として――彼女はグレた。
悪い友達と遊ぶようになり、夜遊びも増えて家には滅多に帰らなくなった。
それ自体はまぁ、思春期の少年少女にありがちなエピソードだろう。大して珍しい話でもない。
ただし彼女の場合、その結果の原因となった拷問器具の収集が問題だった。
その要素は今後も彼女の人生に影響を与え続けることになる。
ある日、仲間内で憎い相手の話をしていた事があった。
しつこく絡んでくる生徒指導の教師がうざったかったらしい。
「クッソ、マジあいつなんとかなんねーかな」
「分からせてやろうぜ。全員で縛り上げてよ」
そんな風に、物騒なプランを皆で考えていたそうだ。正直に言うと桐谷本人はあまり乗り気じゃなかったらしいが、話を合わせないとグループについて行けないと思って必死に話を合わせていたそうだ。
そこで彼女は、思い付きでとんでもない事を言ってしまう。
「私、ちょっと面白いもん持ってっけど……使ってみる?」
その場では全員乗り気だったらしい。
いいねー、とか。やろうやろう、みたいに盛り上がったそうだ。
そして後日。彼女達は本当に教師を縛り上げて、桐谷の持つ拷問器具を軽い気持ちで使ってみたそうだ。
しかし当然、拷問なんてする側にも精神的なダメージがある。
生徒指導の教師の悲痛な悲鳴を聞き、仲間達はどんどん冷めていった。
桐谷本人も例に漏れず気分が悪くなったし、事が済んだ後に全員に謝ったそうだ。
その場では全員取り繕った笑顔で「今日の事は忘れよう」と言ってくれたのだとか。仲間思いなのは良い事だと思う。
また後日。その件も風化して、特に何の変哲もない日常を送っていた桐谷の元に、一人の男が現れる。
その男に単身呼び出され、喧嘩かと身構えて支度を整えて行った。
やる気満々で乗り込んだ彼女の前に立っていたのは、無防備で照れ臭そうにそっぽを向く男の姿。
――その日彼女は、その男に告白をされた。
そこから少し話を端折ろう。恋人同士となった二人は、幸せな日々を送っていたそうだ。
三か月もの間、彼女は幸せな日々を満喫していた。このままこの人と結婚するんだ、なんて考えていたらしい。
――しかし、その日は突然訪れた。
その日は桐谷の誕生日で、彼氏が盛大に祝ってくれるという話になった。
精一杯お洒落に着飾って、いつもより気合を入れてメイクをして、待ち合わせの場所に向かったのだそうだ。
待ち合わせの場所に着いて、彼氏の到着を待つ。
少し早く来すぎたかな、とか。待たせたと思って慌てちゃうかな、とか。幸せ一杯に色々な事を考えながら時間を過ごしたらしい。
三十分、一時間――二時間経ったところで異変を感じた。
メッセージアプリで連絡を取っても、既読すらつかない。電話をしても繋がらない。何かあったに違いないと駆け出した彼女は、突如現れた何者かに引っ張られて茂みの中に放り投げられた。
そこには彼氏と、桐谷のグループの仲間達がニヤニヤしながら立っていた。
そこで告げられたのは、残酷な現実。
彼氏だと思っていたその男はグループ仲間の友達で、告白は桐谷を陥れるための嘘だったのだ。
「いや正直さ、アンタ気持ち悪いんだよ」
「教師をシメるって話で、あんなガチの拷問器具持ってくるフツー?」
「あれからどーやってアンタをグループから追い出すか皆で考えてたんだわ」
なんて、笑いながら言われたらしい。
だったらこんな嘘で騙さずに、普通に絶縁を叩きつけられた方がマシだった。それを伝えると今度は不機嫌そうな顔で――
「あんな気持ちわりーもん見せられてどんだけ気分悪かったと思ってんの? このくらいしないと仕返しにならないっしょ」
――と、吐き捨てられた。
自分は話を合わせただけなのに。少しでも役に立てるかと思っただけなのに。
なんでそんな事言われなきゃいけないの?
なんでこんな目に逢わなきゃいけないの?
友達だと思ってたのに。
恋人になれたと思ってたのに。
桐谷はその場をすぐに離れたらしい。特に物理的な危害を加えるつもりは無かった元仲間達は、あっさりと彼女を解放した。最後に「もう二度と関わんなよ」と捨て台詞を吐き捨てながら。
行く場所が無くなった彼女は、とりあえず家に帰ることにした。
しばらく帰っていなかったからバツが悪かったけど、こっそり玄関を開けて中に入ったそうだ。
しかし偶然にも、彼女にとっては不幸な事に。そこには彼女の父親が居た。
彼女を見つけた父親はまず、彼女に平手打ちを一発お見舞いする。
「今までどこほっつき歩いてたんだ! フラフラと夜遊びばかりしやがって! いい加減にしろ!」
そんな言葉を皮切りに、長々と説教が始まる。ボロボロだった彼女の心では反論する気力など出ずに、ただ俯いて話を聞いていた。
父親はそんな上の空な彼女を見て、憎々しげにとんでもないことを言いだした。
「――こんな不出来で気持ちの悪いガキ、作らなきゃよかった」
実の娘に対して「気持ちの悪い」とまで言い放った父親はその時、汚物を見るよな目をしていた。
友達に裏切られ、恋人に捨てられ、親にまで見限られた。
部屋に戻って枕に顔を埋めながら――彼女は呪った。
誰も自分の事を分かってくれない。誰も自分を信じてくれない。
自分を守ってくれるはずの親ですら信じてくれないなら、一体自分は誰になら信じてもらえるだろう。
いや、きっと。
この世にそんな人間なんて居ないのだ。
自分は生まれついてから一人ぼっちで、誰も自分の事など見ていないのだ。
それなら――そういう事なら。
「いっそ皆……消えて無くなっちゃえ……」
弱弱しい声で、その決定的な願いを口にした。
……
「いじょー。そんなこんなで、あの人たちは『消えた』っぽいわー」
「それはまた……大変だったね」
生き残りの話を聞く度に思うけど、この世界に生き残った人は皆本当に酷い目に逢っている。だからって爪を剥がされた事を許すわけじゃないけど、そんな事があったなら人間不信になってもしょうがないのかもしれない。
「いや待てヨ。それじゃあ説明になってねぇゼ?」
僕が感傷に浸っていると、横から折人が口を挟む。何の話だろう。彼女の生い立ちは全部話してくれたと思うけど。
「なんの事ですかORITO様?」
「いちいち敬語になるなって……いやさ、じゃあなんでアンタはあの幽霊達を操れたんだ? それと、ここにいる幽霊が人を殴れるのはどういう事だ?」
確かに、その話を聞いていなかった。世界がこうなる前の話だけ聞けばいいと思ってうっかり頭から抜けていた。
「うーん、ちょっと答えにくいから順番に言いますねー。そこのボクサーが物を殴れるのは元々なの。他にもペンだけ持てる人とか食べる事だけは出来る人とかいるから、多分生前の意志の強さ的なものが関係あるっぽい?」
「意志の強さ?」
「ホラ、ボクサーにとって拳は何より大事なものでしょ? そんな風に大切にしてるもの程ちゃんと消えない傾向にあるっぽい。よくわかんないけど」
分かったような、分からないような。世界がこうなった元凶にも、出来る事と出来ない事があるって事なのだろうか。
「薄っすらだけど話せる人もいるのよ。だからそういう何らかの方法で意思疎通出来る人に偵察とかやってもらってるの」
話せる人もいるのか。確かにそれなら意思疎通も出来そうだ。こちらの声は届いているみたいだし、一方的に話しかけるなら誰でもできるしな。
「ま、それは分かったゼ。だけどもっと根本的な問題がまだだ。なんであの幽霊たちはアンタの言う事を聞くんだ?」
そう、問題はそこだ。今の話の中で、桐谷がこの街のカリスマ的存在だったとか、権力を持った存在だったなんて話は出てこなかった。どちらかと言えば周りに嫌われる傾向にあった彼女は、どうやって幽霊に言う事を聞かせているのか。
「……ORITO様だから仕方なく話すけどさ。実は私、あの人たちに嘘ついてるんだよね」
「嘘?」
「色々調べて回った後に、スマホの画面越しに人が見えることが分かってさ。最初は驚いたけど、よく見るとすぐにそれがこの街の人だって分かった。そこには私を裏切ったメンバーの顔もあってさ。だったらとことん利用してやろうと思って、何とか皆を誘導して一か所に集めたの。そして『この現象は街の外からの攻撃だ。私の他に実体を持った人間が来たらそいつが怪しい。皆でそいつらを縛り上げよう』って」
「なんでそんな嘘をついたんダ?」
「最初はただ無意味に街の中を歩かせてやろうって思っただけなの。でも実際に他に人間が居たら攻撃される可能性もあったし、私も死にたくなかったし」
なるほど。これで全てが分かった。
幽霊になった人にとっては、他の幽霊は見えないし桐谷だけが唯一自由に動ける存在だ。なぜ彼女だけが実体があるのか分からないのなら、一人だけ実体のある人間はさぞ特別な存在に見えた事だろう。
その特別な人間が、外からの攻撃から身を守るために協力を申し出てる。それなら聞いてあげたいとも思うだろうし、幽霊達にとっては今度こそ完全に死んでしまう可能性もあるのだから、協力する事を拒む理由も無かったのだろう。
「モチロン、皆が皆協力してくれたわけじゃないけど。それでも十分――ぎゃっ!」
「……え?」
突然の事に、思考が停止する。目の前で話している桐谷の顔が突然歪み、体ごと吹き飛んで地面に転がった。
「なにが――」
「アキラ、ゴーグル! あかりちゃん、立てるか!?」
思考が空白になっていた所に、折人の声で現実に引き戻される。
これは明らかに幽霊からの攻撃だ。ならすぐにゴーグルをかけて現状を把握しないと。
ゴーグルをかけて確認できたのは、さっきまで暮奈さんの横で大の字に倒れていたボクサーの姿だった。そのボクサーが、倒れた桐谷の顔面に追い打ちをかけるように殴打している。
「ダメだ。ありゃ自業自得だ」
暮奈さんが苦々しく呟く。自業自得って、それはそうかもしれないけど目の前で殴られている女の子を放っておくなんて――そんなの酷くないだろうか。
「アタシもアレを止める体力なんてもう残ってねーし、何よりあの男の口元見てみろ。事前情報込みなら読唇術なんて分からんでも何となく読めるだろ」
言われてボクサーの口元に注目する。声は聞こえないけど、同じ言葉を何度も連呼しているように見えた。
「だ、ま、し、た、な……?」
「そうだ。このボクサーもさっきの話を聞いちまったんだろ。そりゃ怒るわ。世界がこうなった日から数か月、こんな子供に騙されて良い様にこき使われてたんだからな」
「いや、でも……。折人は、どう思う?」
暮奈さんが動くつもりが無さそうだったので、折人に話を振る。彼は目を伏せながら、頭を小さく振った。
「俺も同感。同情の余地はあるけど、助けようとしてあの男の矛先がこっちに向いたら俺たちが危ないダロ」
「う……確かに、そうだけど……」
「見てらんねぇなら早くこの場を去るぞ。ここでは何もなかった。そういう事にするんだ。こんな世界で、自分に攻撃してきた相手まで助ける事はねぇよ」
僕が戸惑っていると、暮奈さんが僕の背中を押して歩きだした。折人もそれに続いていく。
後ろ髪を引かれる気持ちに駆られながら、僕らはスポーツジムを出る。そしてそのまま振り返ることもなく、その街を後にした。
やりきれない気持ちを抱えながら、その事実と桐谷の悲鳴に文字通り目を伏せて。
これで、この街でのお話は終わり。僕はまたしても、一人の人間を助ける事が出来なかった。
僕にもっと力があれば――助ける事が出来たのだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
hello world~この世界に住む人々へ~ 砂竹洋 @sunatake
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