暴かれる秘密~side凛音~

「親父、それ本気で言ってんかッ!?」


 凛音はわなわなと肩を震わせながら総司に詰め寄る。

 総司が口にした言葉。

 それは凛音にしてみれば到底許せない行為だからだ。


 だが総司は冷ややかな視線を凛音に一瞬向けるだけ。

 すぐに興味を失ったのか、日本政府への交渉に戻った。


「ええ。私の言葉に嘘はありません」

「親父ッ!!」

「凛音は少し黙っていなさい。これは大人の交渉だ」

「――ぅ」


 有無を言わさぬ威圧感に凛音は唇を噛みしめて押し黙る。


「では、交渉を続けましょう。とは言っても簡単な話ですよ。要は《魔人》がいないのが問題なんです。なら増やせばいい。ほら、簡単でしょ?」

「……その脅威を知らない貴方ではないでしょう」

「ええ、《魔人》の脅威は当然知っている」


 特派の戦闘データはこの場にいる全員が共有している。

 そして、特派にはない戦闘データ。

 イクスドライバーを使った凛音の戦闘記録もあるのだ。


 そのどれもが人知を超えた苛烈を極めたもの。

 どの戦闘も簡単に片付いた試しはない。


 建造物への被害はもちろん、人的被害も出ているのだ。

 政府としてもそう簡単に鵜呑みに出来る話ではなかった。


「安心して下さい。解決方法は用意してあります」


 強張る彼らに総司は一つのデータを提示した。


 その映像に映るのは《魔人》へと堕ちる寸前の白銀の少女。

 そして、その少女に手を伸ばす――同じく白銀の髪の少年だった。


「これは――特派のイノリ=ヴァレンリか? なんだ、この映像は? 彼女も《魔人》に?」

「ええ、その通りです。とはいえ、《魔人》に堕ちる寸前の映像ですが」

「ですが、この映像――もう手遅れでは?」

「ところが――ですよ」


 総司は映像の時間を早送りにして、問題の場面を見せた。

 それは《魔人》へと変貌する寸前だったイノリの魔力が封印される光景だった。


 別段おかしくない映像。

 これまで何度も目にした光景だ。

 何を今さら――と政府幹部は怪訝な視線を総司に向ける。


「この映像を見て気付きませんか?」

「何を? ただ《魔人》を封印しているだけだ。おかしなところは何も――」

「その封印そのものがおかしいのですよ」

「……どういう事だ? わかるように説明して欲しい」


 若干苛立った表情を見せながら、澄ました表情を覗かせる総司に幹部連中が詰め寄る。


「彼女は正確には《魔人》に堕ちていません」

「バカな、この状態で《魔人》に堕ちていないなどあり得ない」


 それは非合法に行った実験が物語っている。

 凛音が倒した二体の召喚者は政府がマナフィールドを施した施設で収容している事に――表向きはなっている。


 それは、彼らの安否を気遣う凛音に対する措置の一つだ。


 だが実際は――召喚者の体を用いた人体実験を行っていた。


 召喚者の魔力の秘密を、イクシードの原理を暴こうとしたのだ。


 だが、その全ては失敗に終わっている。

 マナフィールドのない空間に放置していた為だろう。

 二度目の《魔人》へと堕ち、変貌した《魔人》は暴走するイクシードに呑まれ、光の粒子となって消滅したのだ。


 彼らの体を調査して得られた情報は多くないが、確実に言えることもある。


 あの黒い粒子に呑み込まれたが最後、召喚者は《魔人》に堕ちる――という事だ。


 あの状況から回復する術などありはしない。


「嘘じゃありませんよ、そしてその理由を私は知っている」


 総司は画面に映るもう一人の少年へと視線を向けた。


 それは日本政府も最近になって把握した存在しないはずの適合者――一ノ瀬一騎だ。


 一騎はその存在自体が謎に包まれていた。


 凛音と同じく《魔人》に魔力を注がれた身でありながら、その魔力に苦しんだ様子はこの十年の間、一度もなかった。

 凛音のように昏睡する事もなければ、召喚者のように暴走する魔力にのたうち回る事もない。


 いたって平凡な少年として、彼はこの十年、誰からもマークされる事なく過ごしてきたのだ。


「皆さんも彼の存在が気になるでしょう? 彼はどうやって暴走する魔力を制御する事が出来たのか、なぜ、《魔人》へと堕ちる少女を助けだす事が出来たのか」


 それはこの場にいる誰もが抱く疑問だった。


 この場にいる全員が総司の話に耳を傾ける。


「それは、彼がユキノ=ヴァレンリにその命を助けられたからに他ならない」

「ユキノ――ヴァレンリ?」


 聞き覚えのない名前に政府の人間が一様に首を捻る。


「皆さんには氷の《魔人》と言えばわかりやすいか」

「あの凶暴な?」


 それは総司が日本政府へと提供した《魔人》の内の一体。


 特派を潰す為に総司が用意した《爪》《反射》そして《氷雪》の三体の《魔人》たち。

 その中でも《氷雪》の《魔人》は他の二体と比べ、その力も凶暴性も比較にならない程強かったのだ。


 その凶暴性は日本政府の重鎮たちもよく覚えている。


「ええ、彼女の名前はユキノ=ヴァレンリ。特派に所属するイノリの姉にあたる人物だ。いやだったと言うべきか」

「それは、どういう意味ですか?」

「彼女は二度目の《魔人》化に堕ちていた。その意味を知らない貴方たちではないでしょう?」

「む……それは」


 政府幹部は知っている。

 内々に行った召喚者達に対する非道とも言える実験の末――《魔人》への変貌を繰り返すとイクシードに呑み込まれ、その身を完全に消滅させるのだ。


「では、その《魔人》はイクシードに呑まれたと?」

「ええ、ですが、話の肝はそこじゃない。肝心要の論点はそのイクシードが彼――一ノ瀬一騎の手に渡ったことだ」

「ふむ……それがどうしたのいうのだ?」


 渋面を浮かべる幹部たち。総司の言わんとしている意図を計りかねていたのだ。


 特派にイクシードを奪われるのはいつもの事。

 確かに居心地は悪いが、今さら慌てる程の問題でもないのだ。


 だが、続く総司の言葉に全員の顔色が変った。


「そのイクシードには凍結と呼ばれる能力がある。その力は魔力、そしてイクシードの力すら凍らせる程の冷気だ。

 わかりますか? そのイクシードさえあれば、体内に侵入した魔力を凍らせ、体に負担なく魔力を体に浸透させることが出来るんですよッ! ユキノ=ヴァレンリに命を救われた一ノ瀬一騎がそうだったように!

 魔力による暴走も命を落とす危険性もなく――その身に魔力を宿す事が出来るッ!

 それが一ノ瀬一騎の秘密であり、そして我々が新たな人類へと至る為の力、なんですよッ!」

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魔導戦記イクスギア 松秋葉夏 @youka-m

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