化け物の巣窟~side凛音~
威厳と格式を趣とする円卓の会議室において、場違いな男の声が響き渡る。
「いや~お待たせして申し訳ない、日本政府の皆さん」
軽快に手を振りながら煌びやかな扉を開けて入室したのは若い男だった。
年齢はまだ二十代そこそこ。
容姿は端麗。
やや細身の体つきながら引き締まった体の持ち主で、身を飾る衣服やアクセサリーの数々は彼が裕福な家の出である事を示唆していた。
カジュアルなスーツを身に纏い、黒い髪はワックスで綺麗に整えられている。
彼が元から持つ美貌と相まって周囲の人間は呼吸を忘れていた。
その優しげな表情の裏に隠された貪欲なまでの欲望に誰も気付くことなく、彼――
その後ろには彼の養子である凛音が警戒心を昂ぶらせた表情を浮かべ、周囲を睨みながら足を踏み入れる。
凛音の容姿もまた、総司に似て端麗。
小柄ながらも豊満な乳房は母性を感じさせ、ミルクのように透き通ったきめ細かい肌は新雪の如く。
夜を連想させる艶やかな黒髪は一房のポニーテールに束ねられ、彼女の背中で尻尾を振っている。
水晶のような双眸は剣呑に細められ、周囲の人間をこれっぽっちも信用していなかった。
まるで一匹狼――そんな印象を抱かせる凛音は総司の後を追うように伏魔殿へと足を踏み入れると、総司が着席した椅子の後ろに立ち、腕を組んで控えるのだった。
「いえ、総司さんもご多忙な中わざわざご足労して頂き、誠に申し訳ない」
円卓の会議室でもっとも長老な男が会釈をしながら総司にへつらう。
その男はこの日本のトップだったはずだが、その面影は今はどこにもない。
総司からおこぼれを預かる下種な人間――凛音にはそう見えていた。
「それで、お約束のものは――」
「当然」
総司はニッコリと微笑むと凛音に目配せをする。
凛音は「ちっ」と舌を鳴らしてから、手にしていたケースを無造作に円卓の上に放り出した。
カチリ――とケースのロックが外れる音とともにケースが開き、会議室に居た全員が「おぉ……」と感嘆の吐息をもらした。
ケースの中には色とりどりに輝く十七個の結晶が綺麗に並べられていたのだ。
イクシード――召喚者の持つ異能の力の源だ。
「これが皆さんがお求めになられた異能の力――イクシードですよ」
確認されている炎の
「この力さえあれば、我ら日本が権力を取り戻す事も不可能ではないッ」
一人の男が鼻息を荒げ、高揚する。
今の日本政府は傀儡政府だ。
十年前、召喚者が引き起こした大震災から復興する為に他国の力を借り、その結果、日本が持つ権力を譲り渡す結果となってしまった。
その悪手が彼らの脳裏に過ぎったのだろう。
結果だけを見れば、日本は復興に他国の力を借りる必要などなかったのだから。
十年前のことだ。
その当時、まだ異世界の存在を知らずにいた日本は、国が麻痺した状態を立て直す為に、早急に他国からの支援を要請した。
だが、見返りに支払えるものなど、その当時の日本には当然なかった。
譲り渡せたのは国家そのもの。
他国の支配を受けるという選択だった。
日本は権利も人権も失う代りに命だけは助けてもらえる――そのはずだった。
彼ら――召喚者達が現れるまでは。
交渉が成立し、他国が介入してくるその間隙に――召喚者達は姿を現した。
《魔人》化から難を逃れたクロムを筆頭とする現特派のメンバーが事態の収拾に動き出したのだ。
彼らの存在はまさに一騎当千とも言えるものだった。
暴走するイクシードを必死に制御しながら救助を行い、壊れた街の修復も行った。
その力は――他国の力など必要としない程だった。
この国がたった一年で復興出来たその背景には暴走するイクシードに苦しみながらも人命の救助、そして復興にあたったクロム達の活躍があってこそだ。
召喚者の尽力があったからこそ、日本は失うはずだった国民の人権を守る事ができ、《魔人》という脅威は残るものの、以前と変らぬ暮らしを送る事が出来ている。
だが、それで納得しない人間がいる。
他国の傀儡にも――
そして、召喚者をこの国に住まわせるばかりか、非公認ながらも、国の組織としてこの国の一部に組み込まれている現状を良しとしない――現日本政府だ。
《魔人》の封印が半数を超えた頃、日本は召喚者達にイクシードの譲渡を求めた。
それは、召喚者の力を削ぎ、反旗の芽を潰す目的もあったが、
最大の目的は、異世界の圧倒的な力で、他国の傀儡から抜け出し、そして召喚者をこの国から追い払う事だった。
だが、交渉は決裂。
特派はイクシードを独占を主張、その圧倒的な武力の前に政府はただ黙って頷くしかなかった。
そんな最中、転機は訪れる。
日本政府の前に芳乃総司が現れたのだ。
彼は日本政府に接触するまでにすでに三体の《魔人》からイクシードを奪い取っていた。
その全ては彼の養子である凛音の奮闘によるものだが、それでも、同じ日本人でありながら、《魔人》に勝ち得る力に彼らは酔い痴れ、神のように彼をあがめた。
そんな彼から提案があったのだ。
『全てのイクシードを手中に収めませんか?』と。
もちろん、政府は二つ返事で了承。
そして、特派の情報をリークしながらその時を待ち続け――
そして、今日という革命の日に至ったのだ。
この夢にまで見た光景に興奮するな――というのが無理な話。
希望に光輝く十七の結晶に彼らの心は魅了されていた。
だが――
「申し訳ない。まだ貴方たちにはこのイクシードを使うことは出来ない」
その出鼻を挫くように総司が首を横にふる。
その理由を最初に聞かされていた政府たちは苦々しい表情を浮かべた。
「それは――私達にイクシードを扱う魔力がないからかね?」
「ええ、その通りです。イクシードを使うにはイクスギアなどの専用のデバイスと魔力が必要だ。だが、その肝心の二つが手元にない」
それは総司にも同じ事が言える。
凛音と異なり、デバイスを所持していない総司には目の前の結晶はただのゴミでしかない。
この中でイクシードを使えるのは凛音ただ一人だ。
「なら、どうすれば――」
「簡単な話ですよ。凛音と同じ存在になればいい」
「――ッ!?」
その言葉に一番反応を示したのは凛音本人だ。
凛音と同じになる。
それは、《魔人》に襲われる――という事だ。
それもただ襲われるだけじゃない。
《魔人》の暴走した魔力をその身に宿し、その暴走する力を支配しなければいけないのだ。
それは想像を絶する気の遠くなるような痛みを伴う。
凛音が《魔人》に襲われ、その身に魔力を流し込まれた時、当然、その魔力は異物として凛音の体の中で暴れ回った。
元々暴走していた魔力がさらに暴走したのだ。その苦痛はただ《魔人》へと堕ちるよりも熾烈を極める。
事実、凛音は七年も昏睡していた。
暴走する魔力に打ち勝ち、意識を取り戻すまで、七年という長い年月を必要としたのだ。
同じ事をもう一度しろ――と言われても絶対に出来ないだろう。
それが例え、眠り続ける凛音を引き取った総司の願いであっても、だ。
凛音の過去を知っている重鎮たちも難色を示す。
「それは……」
「そもそも、もう《魔人》は一体しかいないのでは? 魔力を得る事は出来ないと思うのですが……」
とってつけたように理由を並べ、重鎮たちは保身に奔る。
だが、総司は薄ら笑いを浮かべると、
「《魔人》ならまだ大量にいるじゃないですか。特派という《魔人》どもの巣窟が」
悪魔にも引けをとらない笑みを浮かべ、化け物をも凌駕する魔王との契約を彼らに持ちかけたのだった――
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