第4話 これは、俺たちのなんでもない朝

六月某日


 暮羽翔太郎は朝が苦手だ。いつも遅刻ギリギリまで寝ては、母親に叩き起こされる毎日を送っている。

 明けない夜はない。必ず朝は来る。とはよく言ったものだ。翔太郎としては、夜は明けなくても良いし、朝など来なくて良い。

 しかし、そんな翔太郎を無視して、今日も朝はやって来る。

 控えめに揺らされる感覚。否応いやおうなしに翔太郎の意識を現実に戻そうとする意志が感じられる。

 翔太郎は必死に抵抗して、再び夢の中に入ろうとすると、今度は頬をつねられた。


「ほ~らっ。駄兄だにぃ、起きるですよ~」


 頭上から声が聞こえた。翔太郎のことを「駄兄」と呼ぶのは、家族の中では妹の翔子しょうこだけだ。家族の他にそう呼ぶ者が居たとしたら、それは翔太郎が特殊性癖とくしゅせいへきの持ち主ということである。翔太郎はそんな性癖は持っていないので、つまりは世界でただ一人、妹の翔子だけである。


「ほ~らっ。起きてくれないと......一生起きれないようにするよ?」


「こぇぇよっ!」


 いやに冷たい声。

 翔太郎の意識は一瞬にして現実に引き戻される翔太郎。飛び起きた拍子に翔太郎の背中が異音を発する。

 見上げると、そこにはしてやったり、という顔を浮かべた翔子がいた。


「あ、起きた?だったら、早く準備をするです!ガッコーに遅刻しちゃうですよ?」


「う、ウソつけ......。まだ六時じゃないか...イッテぇ」


 翔太郎が背中の痛みに苦しんでいるところへのやけに芝居がかった追い討ちが掛かる。

 時刻は六時前。普段の翔太郎ならまだ二時間は寝ていられる時間だ。


「だ・か・ら! 翔子が遅れちゃうの!」


「......朝練くらい一人で行けよ」


 翔子は今年、晴れて高校生となり、翔太郎の通う県立・陽ノ山ひのやま高校に入学すると同時に、中学生の頃から続けている演劇部に入部した。

 そして、朝練がある度に翔太郎はこうして起こされているのである。


「それは、翔子に一人で行けということですか!?」


「だから、そう言ってるだろ......」


「駄兄......お願い......」


 翔子が翔太郎を見上げるようにして、手を組んだ。

 昔から、翔太郎は翔子の上目遣うわめづかいに弱い。翔子の「お願い」に抗えた試しがない。


「......」


 とりあえず、目を逸らして抵抗してみる。


「駄兄、こっち向くです!」


「アタタタっ! 分かった!行く! 行くから、俺の首を時計塔にするの止めろ!」


 そんな抵抗が翔子に通じるはずもない。


「うんうん。よろしい。じゃ、待ってるから、早く来るですよ?」


 翔子が出ていった部屋で翔太郎は、


「......二度寝すっか」


 小さく呟いた。




「駄兄~? どうして、後ろを歩いてるです? 翔子の隣が空いてるですよ?」


 二度寝を試みるも、五分後に部屋に突入してきた妹の目の前で、制服に着替えさせられた翔太郎は、重い足取りを引きずって、通学路を歩いていた。


「三歩後ろを歩く。大和撫子やまとなでしこだろ?」


「イヤな、大和撫子です。バカなこと言ってないで、翔子の隣に来るですよ」


「そう言うなって。お前は気にせず前だけ見てろ」


「なんか、字面だけだと、とてもカッコいいです......。でも、全然カッコよくないです......」


「どうしてだろうな?」


「駄兄の目付きが悪いから?」


「これは遺伝だ。仕方ないだろ」


「翔子には遺伝してですよ? ......あ、翔子、こっちだから」


 校門を入り、すぐに左を向くと、古い建物が見える。

 以前は、陽ノ山高校の寮として使われていたが、寮制度が廃止されて以来、文化系の部室が顕在する『部室棟ぶしつとう』となっている。ちなみに、航空写真や地図を見ると、正六角形が某ネズミのキャラクターのように繋がった形になっている。

 

「おう。じゃ」


 翔太郎は手をヒラヒラと振り、視線を正面に戻しました。

 普段、翔太郎たちが授業を受けている校舎は、ここから更に坂道を登らなければならない。この坂道が、億劫おっくうなのだ。


「ハァ......、サボりてぇ......」


 言葉とは裏腹に、翔太郎の足はすでに坂道を登り始めていた。



 二年生の教室は、特別棟とくべつとうと呼ばれる、実験室や家庭科室、図書室がある校舎...その四階と五階にある。なお、一年生と三年生の教室は一般棟にある。

 2年3組の教室は、四階の奥から三番目に位置する。

 翔太郎は誰もいないだろう思い、、少し乱暴にドアを開けた。


「......ん?」


 しかし、そこには先客がいた。

 窓際に立つ少女。

 窓から射し込む朝日が彼女を照らす。少し色の薄い髪はそれだけで、輝きを放っている。

 窓から吹き込む風は、少女の短い髪を微かに揺らす。

 少女はこちらを翔太郎を見たが、再び窓の外を眺め始めた。


「......」


 翔太郎も何も言わずに、席に着く。廊下側の一番端、後ろから二番目の席。

 翔太郎は机を漁り、目当ての物を取り出す。国語総合の資料集だ。

 資料集とは言ったものの、B6サイズで800ページほどあるので、ほぼ辞書である。故に普段から持ち運んでいる者は、極端に少ない。大体の人は翔太郎のように机に置き勉をするか、教室の後ろにある個人用ロッカーに入れる。

 翔太郎は、それを下に敷いて、そこにタオルを被せた。即席の枕の完成だ。

 先程から視線を感じるが、それを無視して、翔太郎は枕に突っ伏した。資料集の高さと固さがちょうどいい。これなら、ゆっくり寝られるだろう。そう目を閉じた時、


「ていっ!」


「いてっ」


 後頭部に衝撃を感じた。顔を上げると、目の前には、先程、窓際に立っていた少女がいた。ウルトラマンのように、右手を左肘にセットしている。


色本しきもと、なにしてんの?」


「これは必殺技のポーズ」


「はっ!? まさか...! 肘から味噌汁が......?」


「フフフ......。さぁ、私の美味しい美味しい味噌汁を食べなさい......って、ダサくないっ!?」


「......」


「......あれ?」


「色本、40点だ」


「低っ!? も、もう一度チャンスを! え、えぇっと......。なんも思い付かないや......」


「それでなに? 俺、寝たいんだけど」


「あ! そうだ! コラー! 翔太郎! こういうフラグは無視しちゃダメでしょ!」


「フラグ?」


 翔太郎は、色本彩羽しきもといろはという少女がたまに分からなくなる。今回も訳のわからんことを......。とため息が漏れる。


「そう! 早い時間に教室には少女と二人きり! しかも、その子は今流行はやりの文学少女よ!」


「......カワイイ?......文学少女?......は?」


 翔太郎の頭は疑問符でいっぱいになった。


「カワイイに疑問符つけないでよ......。悲しくなるじゃない......」


「悪かった。で、どの辺が、文学少女?」


 翔太郎が聞くと、彩羽は先程の悲しい目を引っ込めて、目を輝かせながら、翔太郎の手を取った。


「よくぞ、聞いてくれた、翔太郎! まず、朝の教室に一人きりで黄昏ているところ!」


「朝練前の運動部とかよくやってるぞ」


「おととっ......! い、イメージだよ! 察してよ」


「そうか」


「次に、風で揺れた髪を抑える仕草! これはポイント高いよ!」


「お前、髪抑えてた? てか、そもそも揺れてたか? そのネタやるなら髪伸ばしてからにしろよ」


「癖っ毛だから伸ばしたくても伸ばせないの! 朝とか寝癖スゴいんだから!」


「ふ~ん。なぁ、色本。文学少女と言えば黒髪ロングだよな?」


 彩羽は所々が犬の耳のように跳ねた髪を、首筋くらいまでの長さに切り揃えている。薄く茶色に染められた髪は電灯の下でも明るく光っている。


「ぐっ! そ、そういう偏見はよくないと、色本さんは思うな......」


 彩羽が小さな胸を抑えながら呻く。翔太郎はさらに追い討ちを掛ける。


「イメージだよ。イメージ。それで、眼鏡めがねをかけてる」


「あ、それなら持ってるよ! お姉ちゃんのだけど」


「お前の姉ちゃんって、超近眼じゃなかったっけ? あとで返してやれよ。で、次、本の知識量が半端ない。よ~し、問題。『こころ』の作者は?」


「え? えぇっと......有川浩?」


「夏目漱石だ。せめて、文豪にしてくれ......。てなわけで、お前は文学少女じゃない。決まりだな」


 しっしっ、と追い払う仕草をする翔太郎。翔太郎は眠いのだ。


「むぅ......。こうすれば、振り向くって翔子ちゃんが......」


「ん?なんか言ったか?」


「なんでもない!」


 不機嫌そうに教室を出ていってしまう彩羽。


「なんだあいつ?」


 翔太郎は首を傾げるが、口から欠伸が漏れる。その眠気に抗うこともせず、翔太郎はタオルに突っ伏すと、静かに目を閉じた。




あとがき


 葉乃です。なんも書くことが思い付かないけど、書きます。

 ん~、何がいいかなぁ......。あ......。

 最近、チュウニズムってゲームで藤田咲さんのツンデレシステムボイスが貰えるっていうんで、ぶちやってますね。あと、1800円なんだ......。体力が......。

 んなもんで、ほぼ毎日やってるから、腕が上がる上がる......。まぁ、rate13.50にもなってレベル10+のAJがなんて言ってるのですがね。。。レベル13ですらS取れねぇよ。

 まぁ、こんな他愛もない話をしてきましたが、本日はここまでです!次回は......もう少し翔太郎が出ます。お楽しみに!以上、葉乃でした!しーゆーねくたいむ!



翔太郎「文学少女って黒髪ロングだよな?」


翔子「駄兄、それは翔子のことを文学少女と言ってるです?」


翔太郎「『こころ』の作者は?」


翔子「バカにしないで。夏目漱石でしょ。漱石は本名を夏目金之助と言って、講師の傍ら『吾輩は猫である』を雑誌に掲載して......」



ご愛読ありがとうございました☆

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夕陽の沈むこの町で・改訂版 葉乃ヒロミ(元・ハープ) @harp0

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