第3話 色を探し始めて...... 2

「あぁ、雪希はさ......アルビノなんだ」


 アルビノ。先天的なメラニンの欠乏により皮膚や髪が白かったり、毛細血管の透過により、瞳が赤かったりする病気だ。

 浅葱は、雪希はそれなのだと、言う。


「......そうですか」


 雫にも、それはなんとなく分かっていた。色が見えなくても、黒と白の違いくらいはつく。


「雪希はさ......こんなちっちゃな頃は、明るい子だったんだ。でも、小学校を卒業する頃にはああなってた」


 浅葱が俯き加減で呟いた。



「......いじめられていたんですか?」


 浅葱は静かに首を振った。


「......ですよね」


「あぁ。あいつはいじめられすらしなかったんだ。クラス......いや、学校全体があいつのことをいない者として扱ったんだ」


 教室の隅で俯いている雪希の姿が、配膳の列の最後に並び、自分で給食を盛り付ける雪希の姿が、容易に想像できた。それは、雫自身も通ってきた道だから。

 人は、自分や周りと違うモノに恐怖を感じる。それは遺伝子に刻まれた本能だ。そして、それを排除しようとするのも、また本能......。


「引っ越そうって言ったら、雪希は言ったんだ。『大丈夫。どうせ、意味無いから』って言ったんだ。ははっ! 情けねぇよな、あたし......」


「......」


 浅葱はそこで一度言葉を切り、顔を上げた。

 雫を見据える目は親の目だ。娘のことを想う親の目。


「雫。お願いがあるんだ」


「なんでしょう?」


「雪希の側にいてやってくれないか?」


「......」


「......」


 雫も浅葱も目をそらさない。お互い見つめあったままだ。


「......質問があります」


「なんだ?」


「それは、彼女が......雪希さんが言ったことですか?」


「いや、違うよ。だが、雪希が本当は寂しがり屋なのはあたしがよく知ってる」


「そもそも、学校が違うじゃないですか。それなら......」


陽ノ中ひのちゅうの七割が陽ノ山高校に進学する。......空気はそう簡単に変えられない」


 一度蔓延まんえんしてしまった空気は変えられない。それが間違ったことであっても、その空気の元では正しくなってしまう。


「頼む。......お願い...します」


 浅葱は深々と頭を下げた。まだ高校生である雫に、だ。

 浅葱にそこまでさせてしまうのは、雪希か、空気か......あるいは雫か。

 雫はため息を一つ吐いた。


「......僕には色が分かりません。だから、そんなこと言われても困ります」


「分かってる。そんなことは...」


「だって、僕にとって廣瀬雪希は『廣瀬雪希』という少女...それだけのことですから。アルビノとか言われても分かりません」


「っ!?」


「だから......いつも側に居ることは出来なくても、に接する位なら出来ると思いますよ」


 不意に雫の視界が塞がれた。後ろに手を回される感覚もあった。つまり、今、雫は抱き締められている。


「......浅葱さん?」


 雫が疑問の声をあげても、返答は返ってこず、ただキツく抱き締められるだけだった。


「......浅葱さん...苦しいです」


「ん? おぉっ! すまん!」


 もう一度、浅葱に呼び掛けると、浅葱は我に返り、パッと身体を離した。


「ま、まぁ! 取りあえず入れや! あんたの部屋は二階に用意してある! スーツケース寄越せ! 運んでやる」


 そう言って、浅葱は雫のスーツケースを強引に奪って、家の中に消えてしまった。


「ま、人生なるようにしかならないか」


 雫は肩をすくめて、浅葱のあとを追って、家に入った。

 引き戸はスルスルとなんの抵抗もなく閉まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る