第2話 色を探し始めて...... 1
3月17日
町に昇る太陽はやがて落ち、地平線へと消えていく。
傾き始めた太陽を見ながら
『
そのアナウンスによって、雫の眠気はどこへ消し飛んだ。
「やべっ」
慌てて飛び起き、ラックからスーツケースを下すが、無情にもそこでドアが閉まってしまった。
立ち尽くす雫を余所に電車は動き出してた。
「ま、人生なるようにしかならないか......」
雫は小さく呟いて、席に戻った。
雫の父親、
仕事から帰ってくるなり、お酒を浴びるように飲み、リビングで酔い潰れる。機嫌が悪いときは雫か母親がサンドバッグにされた。
そのうち道明は仕事を辞め、母親にお金をせびるようになった。
その道明が傷害事件を起こし、捕まった。飲み屋で暴れたとのことだ。
それを期に、母親は離婚に向けて動き始めた。正確には、以前から離婚を切り出していたのだが、その度に暴力を振るわれているのを雫は何度か目撃したことがある。
そして、離婚調停の間、雫は母親の実家に預けられることになった。高校も陽ノ山の高校に通うことになる。
雫は母親の両親に会ったことがない。聞いたところ、雫が産まれて、すぐ亡くなったのだそうだ。なので、実家には母親の妹が住んでいるとのことだ。
「えっと......南口っと」
次の駅で降りて、すぐに反対方面の電車に乗り込んだ雫は、今度こそ陽ノ山駅で降りた。そして、案内表示と手書きのメモを頼りに南口から駅舎を出て、階段を下った。
途中、高校生くらいの一団とすれ違った。それぞれ小さなスーツケースや、旅行バックを持っているので、春休みを利用して旅行に行くのだろうか。
「大きなアーチ......これか」
駅舎を出て、すぐ左に商店街のアーチを見つけ、そこをくぐって商店街に入った。
商店街は意外な程、賑わっていて、熱気に満ちていた。
その中でもスーツケースを引いている見知らぬ少年は目立つのか、興味深そうな目をいくつも向けられた。
「あの子、引っ越しかしら?」
「......カワイイ顔してるわよね。女の子みたい」
商店街の
雫は、それを横目に商店街を歩き続けた。
商店街を抜けると、景色は住宅街に変わった。
目の前には大きな山がそびえている。
「次は......? 三丁目を右......? あぁ、あの先か」
住宅街に入ってから三つ目の角を右に曲がると、すぐに目的の家が見えてきた。
大きな日本家屋。立派に見えるが、所々が腐っていたりする。広い庭もあまり整備されておらず、雑草が堂々と生えている。
表札には『
雫は、ポケットからガラケーを取りだし、画面を鏡にして、身を整えてから、インターホンを鳴らした。
『はいはい...。どちら様?』
ブザーのような音が鳴り、しばらくしてから反応があった。
「えっと......僕は古賀雫です。母親から連絡がいっていると思うのですが......」
『ん~? 今日だっけ? あ~、今日だったわ。ゴメン。今開けるね』
聞こえてきたのは、大人の女性のぶっきらぼうな声だった。
それからすぐに、引き戸が音をたてて開いた。そちらに顔を向けると、そこに居たのはまだ幼そうな小さな少女だった。
白い少女。
少女は隠れるように、パーカーのフードを頭からスッポリと被っていた。瞳は紅く輝いている。
「えっと......」
明らかに先程の声の持ち主ではない。それでも、雫は視線を外すことが出来ずに、少女をただじっと、見つめ続けていた。
すると、彼女の後ろにジーパンが現れた。
顔を上げていくと、長シャツ、そして女性の顔と順に視界に入った。
シャープで綺麗な顔立ちと白い肌は、大学生のような印象をその女性に、持たせている。
しかし、口にくわえた煙草とつり上がった勝ち気な目は三十代のような貫禄を漂わせている。
「ゴメンな~。完全に忘れてたよ! あたしは
「古賀雫です。......浅葱さん」
雫がそう名乗ると、浅葱が怪訝そうな顔を浮かべた。
「やめなよ。あんただって、あんな男の名字を名乗りたくないだろ? 姉さんもあんな男のどこが良かったんだか。......とにかく! あんたはもう廣瀬家の一員だよ」
そう言われると、雫は言葉をつまらせた。確かに道明のことは大嫌いだ。出来るならば、名字ですら残しておきたくない。
しかし、
「いえ、まだ古賀ですから。僕は古賀雫です」
それよりも、怖い。名前が変わってしまうことが酷く怖い。自分が自分でなくなってしまう、そんな気がするから。
「......フーン。まぁ、あんたが良いならそれでも構わないよ。学校では?」
「古賀でお願いします」
「りょーかい。......っとと、忘れってとこだった。こいつは
そう言って、浅葱は白い少女の頭に手を置いた。少女―雪希は小さく会釈をした後、奥に引っ込んでしまった。
「......えっと、娘さんですか?」
「グハッ! あたし、そんなに老けて見える!? これでもまだ二十...歳だよ!」
「はい?」
「だからっ! 二十...歳だって言ってんの! あいつは......まぁ、
「はぁ......」
二十...歳らしい。なるほど、そう思うと納得できる部分がいくらかある。
雫は一人頷いて、スーツケースを引きました。
「......雪希のことはあんま気にしてやんな。普段通りに接してくれ」
「え? なんのことですか?」
浅葱の言うところ意味を取り損ねて、雫は聞き返す。普段通りも何も会ったばかりである。
「あ......? あー、わりぃ。また忘れてたわ」
浅葱は雫の反応を不思議がっていたが、やがて納得したように手を叩いた。
「雫、あんた色盲だったな......」
「......えぇ」
廣瀬雫は色が見えない。生まれつきか、後天性のものか、それは分からないが、物心付いた時には、色が解らなかった。
「そいつは......ワルかった。蒸し返したか?」
「いえ......、僕にとってはこれが"普通"ですから。それより、雪希さんの方は......」
「あぁ、あいつはさ...アルビノなんだ」
浅葱は声を潜めて、そう言った。
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