夕陽の沈むこの町で・改訂版

葉乃ヒロミ(元・ハープ)

第1話 恋の痛みは夕焼けに溶けていく

 その日も、江口佑真はいつものように文芸部室で本を読んでいた。

 そして、それを少し不機嫌そうに眺めているのは佑真より一つ上の先輩―清水京華だ。

 部室の電気は消され、夕陽だけが室内をオレンジ色に照らしている。


「ねぇ、江口くんなに読んでるの?」


 沈黙に耐えきれなくなった京華が、長い髪を耳に掛けながら、問い掛けた。

 その問いは、相手しろ。という意図を含んでいた。


「これですか? これは『こころ』ですよ。先輩」


「あー、芥川? ......あと、京華さんね」


「夏目漱石ですね。先輩」


「あー、夏目さんの方だったかー。あの辺、似たようなものだからさー。あと、京華さん」


「全然、違いますよ。先輩」


 佑真はそこで本を閉じ、眼鏡を外した。


「もう少し先輩は本に興味を持った方がいいですよ。仮にも文芸部員ですよね?」


「まぁ、あくまで仮に、だからね。本にはあんまり興味が無いのよ」


「じゃあ、何なら興味があるんですか? この文芸部には本くらいしか無いですよ?」


「ッンン! その話は良いじゃない! それよりも江口佑真くん! 今、わたし達は青春の真っ只中に居るのよ! つまりはアオハルなのよ! それを、本ばかり読んでいて、棒に振っていいのかね!?」


 京華はテンション高めに......ほとんど叫ぶように、捲し立てた。

 テンションを上げていないと、途中で止まってしまうかもしれないから。

 大声を出していないと、この心臓の鼓動が聞こえてしまうかもしれないから。


「さぁ! どうかな!? 江口くん! 良くないよね! だったら......」


「あー、だいたい分かってしまったので、言わせてもらいますね」


 お姉さんと良いことしない? と続く言葉は途中で遮られてしまった。


「な、なに?」


 嫌な予感がする。聞いてはいけない。でも、聞かずには、いられない。


「僕には"カノジョ"居ますよ」


 頭の中が一瞬で真っ白になった。

 彼は今なんと言ったのだろう? カノジョがいる?

 それは、どういうことだろう?

 分からない。

 分かりたくない。


「先輩、聞いてますか?」


 佑真が顔を覗き込んできた。それにより京華の意識は現実に引き戻される。


「え? あ......え、えぇ。もちろんよ」


「そうですか。それはそれとして、僕、今日は用事があるので、これで失礼しますね」


「え? わ、分かったわ。じゃあ戸締まりはわたしがしておくわ」


「ありがとうございます。では」


 佑真は鞄に本を戻すと、ドアを丁寧に閉めて帰ってしまった。



 あれから、どれくらいの時間が経っただろう。夕陽の位置は先程とあまり変わっていないので、5分か10分......その程度だろう。


「また"明日"とは言われなかったなぁ......」


 京華の頭がやっと事実を受け入れ始めた。


「......そっか......わたし、今、フラれたんだ......」


 呟いてみると、胸が詰まるような感覚に襲われた。

 フラれた。その言葉が京華の心に重くのし掛かっているのだ。


「いつから、なんだろ? わたしと出会う前かな?」


 そうであったならば、京華は出会った時には、既にそのカノジョに負けていたことになる。

 佑真と出会ったのは一年前、京華が高校二年で、佑真がまだ一年の時だ。時期も丁度今くらい。そろそろ、紫陽花が咲き始める六月のはじめ頃。

 本気で自殺を考えていた京華を救ってくれたのは佑真だ。

 佑真はあの頃と何も変わってはいなかった。


「......ほんと、優しすぎるんだから...」


 もっと、ちゃんとフッてほしかった。そうすれば、嫌いになれたのに。


「ううん......ムリだよ」


 嫌いになれるはずがなかった。


「好きだった......今も大好き。だから...!」


 京華は窓を開いて、身を乗り出した。三階の部室からは、小さな池を挟んで坂と校門が見える。


「わたしはー! キミのことが好きー!!」


 声のかぎり叫んだ。この声が届きますように、と。


「だから! わたしは、明日も明後日もここに来るからー! 何かあったら来なさいよー!! ......やっぱ、何もなくても来なさい! とにかく! また明日ー!!」


 ただ、佑真の側にいたいから。たとえ、横に並べなくても、側にいたいから。


「......さて......帰ろ」


 京華は窓を閉めて、恥ずかしそうに呟いた。夕陽は煌々とオレンジ色を讃えていた。





あとがき


 へい! 葉乃ヒロミです。皆さん、メンゴ!


 ・・・うん。大変、申し訳ない。ごめんなさい。一部の五名ほどの方には既視感のあるモノだと思います。

 そうです! 書き直しです! 物語の流れは変えずに地の文だけ変えました!

 三人称ぽいっ一人称。具体的な例を挙げると、鴨志田一作品にてよく見られる書き方です。やはり、自分にはこっちの方があってるかな。と思いまして......。大変、勝手ながら書き直しさせていただきました。最後までペコペコ謝っているのも、どうかと思いますので、最後はお礼で締めさせていただきます。

 みなさま、お付き合いいただき、ありがとうございます。


葉乃ヒロミ

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