第4話
「どうぞ、ご勝手に。確かにわたくしは整形してますけど、その、なみこさんとやらじゃありませんし、バラされたら職を失うので、わたくしからの収入は皆無。その、なみこさんとやらに会えない限り、あなたには金が入らない。どちらにしてもあなたの得になることはありませんわよ。それでよろしければ、どうぞバラしてください」
那美子は、チラチラと稜子の表情を
「チクショー! 覚えてやがれっ」
「ええ、覚えておくわ」
ドアを閉めた。
稜子の悔しそうな顔が見えるようだった。
……私のことをマスコミにバラしたら、その時点で収入源が途絶えてしまう。もしかして金になるかも知れない、たった1枚の宝くじを捨てるような馬鹿はしまい。
それが、那美子の見解だった。
――未だに、埠頭での殺人事件の報道はおろか、杉山の名前すら浮上していなかった。
一体どうなってるの? 杉山は生きてるの? 死んでるの?
そんな時、片野の子を
「ね、産んでいいでしょう? あなたの家庭は壊さないわ。どこか田舎に行って産んで育てるから、ね、いいでしょう?」
ソファーでワインを傾ける片野に、那美子は甘えた。
「うむ……仕事を辞めてまで子供が欲しいのか?」
「ええ。あなたの子供だから欲しいのよ。でも、あなたには奥様がいらっしゃる。だから、都会を離れて産むわ。働かなくても生活できるだけの十分なお金もあるし」
「……君がそれでいいなら、僕は止めないが、人気モデルを辞めるだけの価値があるのか?」
「あなたとの子供だから、その価値があるのよ」
那美子は、小悪魔のようなチャーミングな笑みを浮かべた。
だが、那美子の本音は違っていた。生まれてくる子供の“顔”に、異常なほどに興味があったのだ。それは、一つの賭け事のように那美子をワクワクさせた。
……ハンサムな片野に似ていればいいけど、術前の私に似ていたら悲惨だ。殴られたボクサーみたいな瞼の目に、マントヒヒみたいな鼻。ウインナーソーセージを重ねたみたいな唇に、ハンバーガーを埋め込んだみたいな頬骨。
片野の負担にならない都合のいい女を演じたのは、万が一にも術前の私似の子供が生まれた時、その顔を片野に見られたくなかったからだった。
那美子は逃げるように東京を離れると、北陸の片田舎に転居し、その村の若い農夫と結婚した。
――那美子が臨月に入った頃、東京では、錆び付いた錨に引っ掛かっていた白骨化した遺体が発見された。歯形から、元整形外科医の杉山一郎と判明。
「あらっ、ないわ」
杉山が勤務していた整形外科のナースが、
「最高の出来だと言って、杉山さんが大切に保管していたのに」
ナースが探していたのは、那美子の術前と術後の2枚の写真だった。
その頃、那美子は出産した。
産まれた女児は、術前の那美子の顔をコピーしたかのようだった。
完
那美子の誤算 紫 李鳥 @shiritori
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