第3話

 



 と、その時、


「失礼。お一人ですか」


 スーツ姿の垢抜けしたイケメンが声を掛けてきた。


「……ええ」


 男に視線を上げた。


「座ってもよろしいでしょうか」


 男は腰が低かった。


「……何か?」


 冷たい視線でチラッと見た。


「わたくし、こういう者です」


 男は前に腰を下ろすと、既に手にしていた名刺を差し出した。


〈モデルプロダクション『Be・To』

 社長 片野汎

 TEL03――〉


 とあった。


「お仕事は何を?」


「……求職中です」


 那美子は目を伏せて答えた。


「だったら、是非。あなたほどの美しい方なら、トップモデルになるのは確実だ」


「ええ、お電話しますわ」


 那美子はカップを手に、テレビドラマで習得した優雅さを強調した。


「是非、お待ちしています。あ、お名前は?」


「……ゆかり」


 咄嗟とっさに出た名前が、それだった。





 夕夏梨に改名した那美子は、その美貌とスリムなスタイルで、一躍トップ写真モデルに上り詰めた。


 広告ポスターや雑誌の表紙、CMなど、あちこちの企業やマスメディアから引っ張り凧だった。


 そんな時、那美子の整形を担当した杉山から脅迫されたのだった。


 だが、新聞やテレビを毎日チェックしたが、杉山に関するニュースはなかった。


 ……死ななかったのだろうか。だったら、再び脅迫があるか、警察がやって来るはずだ。なのに、その気配すらない。





 ――それから間もない木枯らし吹き荒ぶ日、恐れていた予感が的中した。だが、それは杉山からではなかった。


〈オマエノショウタイヲシッテイル

 バラサレタクナケレバ

 100万円モッテコイ――〉


 それは、新聞や雑誌の文字を切り抜いて作成された脅迫文だった。最後に日時と住所があった。


 ……杉山殺しを目撃されたのだろうか。……また、新たな脅迫が始まるのか。


 那美子はため息と共に顔をしかめた。





 那美子は帽子を目深に被ると、指定された時間丁度に、徒歩で行ける路地裏のボロアパートのドアを叩いた。


 トントン


「開いてるよっ」


(! ……)


 聞き覚えのある女の声だった。那美子は怖々とドアを開けた。


(アッ!)


 そこにいたのは、薄ら笑いを浮かべてこたつに入っている稜子だった。


 那美子は予期せぬ事態に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「何、驚いてんだい? おっ母ちゃんの顔見て。那美子ちゃん」


 ふざけた物の言い方をした。


「はあ? なみこってどなた?」


「フン。とぼけるつもりかい。だったらなんで私の顔を見てびっくりしたんだい」


「クッ。だってあまりにも醜い顔なんだもの」


「なんだってっ! 那美子じゃないならなんでここに来たんだっ」


「だって、どこのどなたがあんな小汚い紙を貼った手紙を寄越したのか興味があったの」


 稜子を蔑視べっしした。


「ほう、いい度胸じゃないか。ろくすっぽ口を利かなかったあの頃とは別人のようだ。顔を変えると、口のほうも達者になるってわけかい」


「はあ? なんだか人違いみたいだから、失礼するわ」


 那美子が背を向けた。


「ちょっと待ちなっ」


 稜子はこたつから出ると、那美子に歩み寄った。


「なんで、お前がな那美子だと分かったか教えてやるよ。歯だよ。顔を変えたって歯並びは変わらない。木枯らしにパタパタと捲れたポスターの、笑顔の美人を見て驚いたね。顔こそ違えど、その前歯は紛れもなく那美子、お前だった。ねえ、那美子ちゃん、お前の金を当てにして、ここに越してきたんだ。生活保護だけじゃやっていけないんだよ。頼むから少し融通しておくれよ」


 稜子は拝み倒そうとした。


 ……一度金をやれば、この女は死ぬまでせびり続けるだろう。私を醜い顔に産んだ上に、高校にも行かせてくれず働かせて。何一つ親らしいこともしないで、利用するだけ利用して、何が母親だっ!


 那美子は腸が煮えくり返っていた。


「人違いだと言ってるでしょう? その、なみこさんとやらに早く巡り会えるとよろしいわね。それじゃ失礼」


「バラされてもいいのか? お前が醜い顔だったことをマスコミに」


 ドスを利かせた。

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