第33話

 【冒険者】

各国に存在する冒険者ギルドより活動資格を与えられた者の事であり、 その総称。

そのランクには六段階あり、 活動実績や人格面を考慮してギルドから認定、 昇/降格される。

また、 他者からの推薦等もランクの決定に影響を与える。


・ランクF

 十歳から登録可能な各種ギルドだが、 他と違い直接的な危険がある冒険者ギルドにおいては、 基本的に成人となる十五歳まではこのランクで固定される。 見習い。


・ランクE

 見習い期間の明けた冒険者が就くランク。

 余程の問題が無い限りは成人と同時に自動的に昇格するランク。

 ランクFでは許可が出ない領域での活動許可が得られる。 新人。


・ランクD

 ランクEにて実績を評価されれば昇格出来る。

 人によってはここで打ち止めとなる者も出る為、 ランク帯としては冒険者の中で最も多い。

 ある程度の万能性を求められる上、 領主や行政府と言った統治側から初めて戦力としてカウントされる。

 ここまで行ってようやく世間からも冒険者として見なされるが、 転職の際に評価になる等、 得られる物は少なく無い。 冒険者。


・ランクC

 ランクDの者が全体的な評価を増すか、 自分なりの稼ぎ方を見つけられた者が昇格出来る。

 周囲からも“優れた人材”との評価を得られ、 何かと頼りにされる。 専門家。


・ランクB

 ランクCの者が著しい功績を得る等、 冒険者としての才能と実力を突き詰めた先に存在するランク。

 一般人からしてみれば十分に化物的な身体能力――あるいは技量――を持つ。

 有事の際には下位ランクを指揮しての対応が求められる等、 ここまで行けば基本的に最高戦力としてカウントされる。 熟練者。


・ランクA

 ランクBの者が突き詰めた物が、 ある種の万能性を持った際に与えられるランク。

 都市どころか大陸でも最高戦力としてみなされるが、 大抵は精霊との契約が必要であったりと、 成ろうとして成れる者では無い。

 一種の規格外に与えられる。 規格外。


冒険者ギルドの内部では六段階に分別されるが、 基本的には下位ランクから二つまとめて銅級/銀級/金級と称される。

この分類はグランディニア大陸において一般的であり、 金/銀/銅の順番さえ覚えれば他ギルド間であっても何となく把握や比較が出来る優れもの。 聖〇士方式……とは言わない。





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 さて、 グランディニア大陸において、 己の職業を冒険者と定める事に必要な物は何であろう。


 魔物を前にして、 躊躇ためらわずにその手に持つ刃を振り下ろす事だろうか。 未知なるものを求めて、 その一歩を踏み出す原動力となる探求心だろうか。 或いは、 依頼者に寄り添い、 真摯しんしに依頼を完遂する崇高すうこうな精神だろうか……そのいずれもが否である。


「それでは仮登録料の一万ディアと、 お父様……領主様の署名が入った身分証明書をお願い致します 」


 それは、 カネ地縁コネ……その二つである。


 グランディニア大陸における各種ギルドの立ち位置とは、 一言で言えば“領主を中心とする都市内に存在する行政機構の出先機関”である。 冒険者ギルドを例に取れば、 専門的な視点からなる領政への助言や諫言かんげんは勿論だが、 領内に出没する魔物は基本的にその領のとしてカウントされる……つまり、 領主の――持ち物とまでは言わないが――管理下にある物に手を出す時点で、 封建制度が根付くこのグランディニアでは領主の許可が必須となる。


 簡単に言ってしまえば、 冒険者と言う個人と領主との間に立って、 諸々のやり取り――討伐そのものの許可や得た素材の売却先の斡旋あっせんと、 その売却益にかかる税金の処理等――を果たしてくれるのが冒険者ギルドと言う組織である。


 つまりは、 何処いずこからか流れて来たのか不明瞭ふめいりょうな者に対してそう言った許可を与える事も無ければ、 その様な不確かな人物にギルドカードを渡す事など無い。


 何故なら一旦ギルドカードを手にしてしまえば、 そこには約百分の一の重量で何でも――生きた人間や魔物等の一部例外は除く――入ってしまうインベントリが扱えるのである。 インベントリが登録した本人以外には開けない以上、 当然ながらその所持にはそれなりの制限が掛かる。


「……えっと、 スウェント兄さん? 」


「ふっふっふ、 分かってるよ 」


 自己紹介以降、 人が変わった様に毅然きぜんとした態度となったマイラに対して、 何の回答かいとうも持たないリュートは……隣り合って並んだ椅子に腰をおろす、 すぐ上の兄に情けなくも助けを求めた。


 ちなみに“ディア”とはグランディニアにおける通貨単位の一つであり、 大陸名からあやかった“グラン”と“ディア”の二種類が存在している。 この大陸に流通する通貨と言えば金・銀・銅の代表的な貴金属を用いた三種類の貨幣であるが、 その下――価値からすれば上――に貨幣・大貨幣・板と言う三つの形状による分類がなされている。


 これは現代人にも馴染みのある様式であり、 銅貨一枚を百円玉としたならば、 大銅貨は五百円玉、 銅板――ただの素材の板状の銅とは異なる――が千円札に相当する。 この銅貨が百枚――大銅貨なら二十枚、 銅板なら十枚――集まった物が銀貨一枚となり、 それが一万ディアとなる。


 何故この様な通貨単位が存在するのかと問われれば……それは、 ひとえに利息の計算を容易にする為である。 市場に流通する貨幣の最低額は銅貨一枚で良くとも、 ディアの様な単位が無ければ……例えば五パーセントの利息を科した際の計算等が七面倒になる事は理解が容易いと思われる。


 ゼロコンマ五枚の銅貨一枚と五十ディア……どちらが帳簿上に相応ふさしいかと問われれば、 圧倒的多数が後者を支持するであろう。


 更に言えば、 ディアの上位の単位となるグランは金貨一枚を百グランとしているのだが。 銀貨が銅貨の様に百枚で金貨に等しいかと言うと……そう簡単では無い。 これは、 グランディニアにおける銀の価値が金の百分の一程に低くない事に由来する。


 何せ、 銀が昇華ランクアップを果たしたならば魔銀<ミスリル>となり、 銀の特性――加工のしやすさや魔力の伝達率に優れる点――をそのままに、 それ以外をアップグレードした金属へと変貌を遂げるのである。 もし仮に銀貨百枚で金貨一枚と言う交換レートを定めたならば、 人々はこぞって金貨で銀貨を買いあさり……魔銀<ミスリル>は市場から姿を消したであろう。


 それは兎も角。 仮登録料として一万ディアを請求されたリュートは、 銀貨で一枚にせよ銅貨で百枚にせよ、 マイラに――正確にはこの支部へと――払う物を払わなければならないのである。


「では、 こちらを 」


「……確かに、 このマイラがお預かり致します 」


 リュートに頼られるどころか、 懇願こんがんされる形となったスウェントと言えば……いつの間にか先程までの柔らかい雰囲気は遥か遠くへと消え去っており。 リュートが今まででも見た事が無いと断言出来る程度には、 おごそな姿勢と表情でもって肩に掛けた鞄から黒一色の縦長の箱を取り出し……うやうやしい様子そのままに、 それをカウンターを挟んで向こう側に座るマイラへと差し出した。


 一方のマイラも、 腫れ物に触れる様な扱いでもってその箱――所謂文箱ふばこ――とその後に差し出された絹糸きぬいとの様な光沢を放つ布に包まれた銀貨――リュートの生まれ年に発行された物――を受け取り……この辺境の地では不釣り合いに感じられる程の、 持ちうる礼節を最大限に駆使した丁寧な態度でもって、 所定の位置――自らの左手前方――へと据え置いた。


「……はぁ、 緊張したわ 」


「ふっふっふ、 流石はマイラさん……素晴らしい振る舞いでした 」


 一体、 今の短いやり取りの間に何が行われたのか……何となく大切な儀式の一環であった、 と言う程度にしか理解が出来なかったリュートが、 安堵あんどした表情の二人の間へと声を投げ掛ける。


「ちょっとちょっと!! 二人で満足してないでさ、 ちゃんと説明してよね!? 」


「…… 」


「……えっと、 そうだね―― 」


 もう、 魔法の掛かったシンデレラの時間は終わり……とばかりに文箱の扱いこそ丁寧なものの、 恐らく彼女にとっては普段通りの態度となったマイラにあごで促されたスウェントが、 事の次第を語り始める。


 今しがた行われたのは、 冒険者ギルドへの仮登録――十歳から可能――の一幕ひとまくであったが、 この西支部にてこう言った儀式染みた行為を取り計らうのは、 これで三件目……つまり、 トゥールーズ家の直系に対してのみ行われる儀式なのであった。





 元々の起こりは、 三兄弟の長兄であるマガトが成人――この大陸の成人は十五歳――を迎えた三年前にさかのぼる。


 先にも述べた様に、 グランディニアにおける成人と言うのは各ギルドへの本登録――インベントリの所持――を意味する……即ち、 少なくとも輸送面においては即戦力となる事を意味するのだ。 どういう事かと言えば、 例え個人としての性格や能力がどうしようも無いあぶれ者であったとしても……とりあえず成人してインベントリを扱える様になったのならば、 ふん縛って荷台に放り込んでおけば立派な輸送役――それも重量をほぼ無視する――と成り得るのである。


 つまり、 グランディニア大陸で成人を迎えると言う事は……この上無い、 社会人――社会に寄与する存在――としての門出かどでであり、 通過儀礼イニシエーションでもあった。


 公都にある学園にて、 ほぼ歴代最高となる評価を獲得したマガトの周囲には……当時の噂話も影響したのか、 それはそれは大人達が集結を果たした。 ぞくに言う“有名税”の様な物にしつこく付きまとわれたマガトがその通過儀礼の場として選択したのが十歳から十二歳までの見習い期間を過ごした、 ここアドルードの地であったのだ。


 何せ、 アドルードはアルバレア公国の中でも左遷させん先に選ばれる程の田舎である。 幾ら最近は羽振りが良いと言っても、 理由なくして訪れる機会がまず無い場所であり……何より、 トゥールーズに対して大恩だいおんある場所でもあった。


 アルバレア公国において有象無象を退けるのに、 これ以上の場所など他に無い。 マガトの苦労を耳にしたスウェントは初めから仮・本登録のいずれもこの地を選択し……こうして世間の注目を避ける目的で選ばれた、 アドルードの中でも特に辺鄙へんぴな位置にあるこの西支部はトゥールーズ家の兄弟達の言わば“御用達”の場となったのである。





 では、ここで実際の冒険者の仕事と言えば、 どの様なものが考えられるだろうか……依頼者が冒険者ギルドに対して求める内容は、 基本的に以下の四点に分類される。


 ・その地域の人々にとって生命の脅威となる魔物の“討伐”


 ・自らではたどり着けない場所に繁茂はんもする植物等の“採取”


 ・危険を伴う地域への移動の際の“護衛”や物品等の“輸送”


 ・特定の集団、 勢力に対する指導や補助を目的とした“教導”や“支援”


 最も、 これは冒険者ギルドが成立した当初に掲げられた理念――人類の生存圏の確保とその領域の拡大――にのっとって定められた項目であるが……現在の事情はいささか異なる。


「基本的に、 討伐はただ倒す訳じゃなくて……、 かな? 」


「あぁ、 ただ倒すだけじゃもんね 」


 カウンターの向こう側で何やら作業を始めたマイラを他所に、 突然降って湧いた様な時間を埋め合わせるべく、 この兄弟はいつも通りの雑談を始めていた。


「採取なんかもそれ専門って人は大分少ないって言うか…… 」


「あぁ、 どうせ魔物の領域に行くんなら討伐のついでにやる訳ね 」


「護衛とか教導なんかは、 それに特化した“傭兵ギルド”なんかもあるしね。 彼等は騎士団がりとかも抱えてるし 」


「支援してもらうんなら、 そう言う大きい所に頼むかぁ 」





 それからしばらくして。 二人の会話が一旦落ち着いたと見たのか、 自身の業務が一山ひとやま越えた事を、 視覚以外の感覚器でもって実感したかったのか……そのどちらにせよ、 手元の書類から顔を上げたマイラが自分で自分の肩を叩きながら口を開く。


「はぁ、 疲れた疲れた……お二人さん、 どうせ仮登録証は明日にならないと出来上がらないんだから。 ちょっと一息入れましょう 」


 そう一方的に言い放ったマイラはそそくさと席を立つと、 兄弟の返事も聞かずに二人に背を向け……カウンター奥の戸棚から慣れた手付きでティーブレイクの用意を勝手に始めていく。


「……そう言う訳だから、 僕らもちょっとゆっくりしよっか 」


「あぁ、 うん 」


 一方的な宣告に対して今一つに落ちないものの。 あっさりと相伴しょうばんに預かる事を決めたスウェントの背に従って、 向かってカウンターの右手にある丸テーブルのスペースへと歩みを進めるリュートであったが……実の所、 記憶は無くとも何かにつけて現代人であった頃の感覚が抜けきらないリュートからしてみれば、 何とものんびりとした様に思えてしまうのだが。 マイラやスウェントの反応は、 グランディニア基準で見れば何らおかしいものでは無い。


 何故なら即日審査、 即日発行と言った現代では聞き飽きた文言だが……このグランディニア大陸にその様な言葉はそもそも存在しない。


 極々一部――行政府や三大ギルド――では魔導式のタイプライターが用いらているものの。 書類や写本を始めとした“字を書き記す”行為は如何にもファンタジー世界らしく手書きで行われており。 情報の集計やそこから得られた情報の処理は勿論の事、 ありとあらゆる手続きは基本的に人力によって成されている。


 今回を例に取れば、 マイラが書いた書類をもととしてアルバレアの冒険者ギルドからリュートの仮登録証が発行される訳だが……現代に置き換えたならば、 スウェントが親代わりとして提出した物が“出生証明書”であり。 マイラが書き記した物は“住民票”。 そしてギルドから発行される物が“運転免許証”の様な、 特定条件下での特定の活動を許可する類のものである。


 これらの各種書類の作成、 申請、 そして許認可きょにんかが全て人力のみで行われるのである。


 寧ろ、 双方の関係性を考えると忘れそうになるが……リュート等が住まうトゥールーズは北方公国エムレバの飛び地であり。 ここアドルードの地は東方公国アルバレアに属する……つまりは他国である点を考慮すると、 驚くほどのスピードで手続きが成されていると言えるであろう。





「さて……ちょっとここからは、 大事な話をするわね 」


 リュート達がこの建物内で辿った道筋からすると、 右手の奥側に幾つか並んだ長方形のテーブル席の最奥――その中でも最もとなる位置――に腰掛け、 マイラから冒険者としての諸注意や明日以降の予定等を、 南方公国イーガス産のコーヒーもどきを片手に耳を傾けていた所。


 果たして、 話の中でも最後の最後の話題にこれを持って生きた理由が、 所謂日本人的な価値観に基づいたものでは無い事は理解しつつも……マイラの真剣な様に釣られるようにして、 姿勢を正すリュートであったが。


「この町の外では女……特に、 ギルドの受付嬢には気を付けなさい。 そう、 私の様な美し……一見すると物分かりが良く、 に忠実な女には 」


「……はぁ 」


 半ば、 反射的に零れ落ちそうになった溜息ためいきこらえた自分を褒めてやりたい……リュートがそのように考えていた事は、 隣に座るスウェントには態度と表情――と言うか全身全霊――で明らかであった。 マイラの口から飛び出したものは、 リュートからしてみればそれ程に突拍子も無いものであり、 様々な出来事が起きた今日一日のとしては、 余りにも俗っぽい話題であったのだ。


「はぁ、やっぱり分かって無いじゃない……良い話と悪い話をしてあげるわ―― 」


 溜息を溜息で返されると言う、 失態を演じてしまったリュートであったが。 マイラの口からもたらされた情報は、 確かに価値のあるものであり……トゥールーズと言う辺境では決して得られない類のものであった。


 マイラの言う良い話とは、 現在のアルバレア公国及びその周辺では冒険者に対する需要が高騰しており、 冒険者一人あたりの価値が非常に高くなっていると言う事だ。 正確に言うのならば、 市場価値の高い魔物の討伐を可能とする者――所謂高ランク冒険者――だが。


 そもそも戦闘系の【スキル】を身に着けたとしても、 真っ正面から魔物――言ってしまえば化物――に対して挑める者はこのファンタジー世界たるグランディニアでさえ、 そう多くは無い。 何せ魔物とは動物とは異なり、 小型種と分類される個体ですら最大で二メートル級の体躯たいくを誇る。 そこから繰り出される、 それぞれの特徴を活かした攻撃に耐え、 躱し、 打倒すると言うのは決して容易な話では無い。


 おまけに、 なるべく討伐しなければ、 海千山千の商人達を相手取らなければならない冒険者ギルドは容赦なく買取価格を差っ引いてくるのだから何ともやるせない。


「……つまり? 」


「――貴方達は、 その年齢で既に南部大森林での活動実績もあるわ。 そんな“金の鉱山”をこの“商人の国”たるアルバレアの人間が、 放っておく訳が無いでしょう? 」


 ここからが悪い話に入る訳だが、 ラグナの後継フォンたる長男マガトとは違い、 リュートやスウェントは婿に迎える事が出来るのである。


 ただ、 幸いにも約二十年前の大脱走スタンピードの教訓からか、 冒険者に対する勧誘や引き抜きはギルドによって禁止されており。 違反した際のペナルティもかなりの厳罰となっているので、 極稀に人間が居る程度だと聞いていたリュートからしてみれば、 態々わざわざ忠告されるまでも無いと考えていたのだが。


「……私と貴方がここで出会い、 そして恋に落ちて……この町で一緒に暮らす事になったとして……これってかしら? 」


 あくまでも例え話、 と前置きした後でマイラの口から飛び出したのは、 堂々とハニトラを仕掛ける宣言であった。


「こればっかりは、 強権的に禁止する訳にもいかないのよ 」


「……まぁ、 うん。 そうだろうね 」


 何せ、 冒険者を目指す者達と言うのはその大半が、 将来分与される土地や財産が見込めない次男や三男坊、 そしてそれ以下の生まれを持つ者なのである。 そんな彼等にとっては、 ギルドの受付嬢と言うのは“高嶺の花”以外の何物でも無い。 冒険者と彼女達の自由恋愛を規制しようものならば、 その時は両者がこぞって他の地域への脱走を繰り広げる事になるだろう。


「そう言う訳で公都みたいな都市を除けば、 基本的にギルドの仕事に就くのは当然、 現地の人間になるのよ……寧ろ、 公都の方がよっぽど酷いなんて話もあるけどね 」


「うえぇぇ 」


「……まぁ、 そうかもしれないね 」


 この話題になった途端にスウェントが物静かになったのは、 公都で苦い経験をしてきたのであろう。 その端正な顔には、 はっきりと苦いものが浮かんでいる。 まあ、 この大陸の町や村では地方企業の“地元枠”の様な採用方法が公然と行われており。 公都の様な大都市に送り出される者はそれ以上のを期待される……と言った側面があるのも事実である。


 ただ、 これはある意味では責められない問題でもある。


 幾ら魔物との生存競争がひと段落し、 ある程度の繁栄を享受出来るようになったと言えど……グランディニア大陸に住まう人々にとって、 魔物と言う存在は決して忘れて良いものでは無い。 その脅威に対抗出来る人材を確保したいと言うのは、 言ってみれば生存戦略の様なものなのだ。


「特に“銀級シルバー”になってからが本番よ。 今の内に覚悟しておきなさい! 」


「……はい、 ありがとうございました 」


「ありがとうございました 」





 マイラの有りがたいお言葉を受け取ったリュートは、 肩を落としながらギルドを退出し、 今宵の宿への帰路に着いていた。 その様子に朝からの浮かれっぷりは何処にも見えず、 冷たい晩飯が待っている企業戦士サラリーマンのようであったとか。


 それは兎も角、 これにて冒険者ギルドでの手続きを完了したリュートは、 これで見習いとは言え無事に冒険者としての生を歩み始めるのであった。




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I wish I were ~土下座から始まる異世界冒険譚~ PEE/ペー @pee_2019

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