第32話
グランディニア大陸に存在する国家の中にあって、
制度と聞くと堅苦しい印象が拭えないのは事実だが、 実際に行われている事は至極簡単であり。 身分制度が当の昔に撤廃された現代人からしてみれば、 感覚的には分かり易いものである。
『貴族だから尊いし、 偉いのでは無く。 貴族にしか出来ないような大変な役割を担っているんだから、 せめて尊敬してね 』
言葉にすると何ともアホっぽい響きになってしまうが、 実態としてはこの様なものである。
実際に庶民が取る行動例を一つ示すのならば、 貴族位に在る者と対した際の敬意を示すやり方として――
『右手の掌を心臓の上に
――これだけで良い。
堅苦しい言葉遣いや、 ガチガチに定められた儀礼を不要とし。 これ一つ出来れば不敬罪等が丸っと回避出来る正に万能にして至高の
不敬罪自体を撤廃する事も幾度となく提案されて来たのだが。 これを無くしてしまうと都市が危機に陥った際の統率の面での不具合や、 他国――主に王国や帝国――との関係性から未だに実現には至っていない。 寧ろ、 庶民からしてみれば先の所作一つ出来れば不便を感じないのだから、 あまり重要視されていなかったりもする。
さて、 アルバレア公国の実情を理解した所で場面を現在へと戻そう。
リュート達一家を、 町の重役達が勢ぞろいした上で片膝を地面へと
「お互いに壮健で何よりだ、 ウィン村長……いや、 もう町長殿と呼ぶべきだったな? 」
思わぬ出迎えに呆気に取られていたリュートであったが。 父ラグナが笑顔を携えて整列した面々へと歩み寄る姿を見て、 知らぬ間に入っていた肩の力を少し抜く。
「おぉ! ラグナ様こそ御変わりない処か、 益々輝きを増されたようで 」
「ふっふっふ、 この年にして新たな発見が幾つも出て来てな! 」
「なんと!? それはそれは…… 」
整列した面々の中央部にいた人物の手を取って立たせた後、 視線にて周囲へと起立を促す。 決して退かず、 媚びず……それでいて周囲から孤立している訳では無く中心にある。 意識せずともそう言った立ち振る舞いが自然と出来ている父親の背中は、 正に英雄と称される男のそれであり。 同時に――
「あぁ、 そっか。 俺、 トゥールーズから
――と言った感想をリュートに抱かせる程度には普段あまり目にする事の無い、 余所行きの姿であった。
「リュート、 僕らも町に入るよ? 」
「あ、 あぁ、 うん 」
実は、 あまりにファンタジー世界的にテンプレな光景――貴族と庶民のやり取り――を目にしたリュートの頭の中は“VRゲームで中世ファンタジー世界を体験なう”と言った具合に妙なトリップを起こしていたのである。
「せっかくだから、 色々聞いてみれば? ここの人達は嫌な顔一つせずに教えてくれると思うよ 」
「……うん、 そうするわ 」
リュートの素性を把握している上、 長い付き合いから何となく何を考えているかを察したスウェントに促される形でアドルードと外部との境界を踏み越え、 バリケードの間を縫って町に踏み入るリュート。
「ん? 今何か…… 」
「ほら、 みんな待ってるから。 早く行こうって 」
その際に、 何か薄い膜の様な物をすり抜けた様な……違和感と呼ぶには微かなそれを覚えたリュートであったが。 それは今の彼の逸る心を押しとどめるには、 あまりにも小さなものであった。
門前にて一通りの挨拶を済ませたリュート達一行だが。 分厚い石壁で覆われた通用口をノーチェックで潜り抜けると、 すぐさま用意されていた馬車へと乗せられ……町の中心部へと運ばれた。 前世を含めて初めて馬車に乗る機会を得たリュートであったが、 この馬車はそんなリュートであっても見逃せない程に違和感で溢れ返っていた。
まず、 車体に施された装飾は最低限であったものの。 その大きさは一般的な現代人がイメージする信任状捧呈式――新駐日大使が今生陛下へと御挨拶に使う際のアレ――と比べて遥かに巨大で、 優に八人が座れるサイズの物であった。 車輪は一般的な四輪から二つ増えた六輪の上に馬車を
更に言えば、 内装もシンプルで有りながら使い心地を最優先したであろう座面の素材を始めとして、 兎にも角にも受け入れ側の意志が存分に溢れ出た“国賓待遇”以外の何物でも無い歓迎っぷりである。
「んん~、 何で? 」
一目この馬車を視界に入れてから色々とツッコミたい所を我慢していたリュートであったが。 遂には車体の側面に設置された小窓から、 沿道に立ち並んだ町人たちが
「はっはっは! 御子息は御父上や周囲の方々の為さった偉業をご存じない様子―― 」
リュートの言葉が車内へと
それでもリュートがこの父からウィンと呼ばれていた老紳士の話を聞く気になったのは、 進行方向に背を向けたまま気合を入れて語りの姿勢に入ったウィンの真横に座ったご婦人が、 詫び入る様に頭を下げながらも……其処に感謝の念が含まれている事が伝わって来たからであろうか。
恐らくこの老紳士は他の誰でも無い、 トゥールーズの人間へとこれからする話を聞かせる……この機会を待ち望んでいたのだろう。
「――それではご清聴願います……如何にしてこの辺境の寒村であったアドルードが、 公国南部の中核都市として発展を成したのかを 」
それはこのグランディニア大陸ではありふれた、 何てことの無い平民の男の物語であった。
公都行政府内での出世争いに敗れたウィンと言う名の一人の青年は、 ある日異動を告げられる。 彼がまだ若かりし頃のアルバレア公国は、 十数年前にキクシュタル王国の王都にて行われた千年祭――建国千年を祝うお祭り――の影響からか、 一時的にだが貴族主義を根底に持つ王国派――王国にルーツを持つと言われる公国西部勢――が往年の力を取り戻していた時期であったのだ。
平民ながらも勤勉であった事から、 若くしてその優秀さを行政府の
となれば、 ウィンにどう言った命運が待ち受けていたかは言うまでも無いだろう。
古今東西、 寵愛を失った悪役令嬢や政争に敗れた身に下される処遇と言えば……尊厳ある自死か僻地への栄転と言う名の幽閉である。
この時のウィンに与えられた仕事の内容は、 当時において開拓の最前線であった公都最南端の集落――当時は村以下の人口しかいなかった――であるアドルードにおいて納税の作業を監督する事であった。
この辺りの時代背景を少し説明させてもらうと、 千年祭にて初代国王の威光を――何度目になるか分からないが――再認識したグランディニア大陸全土では、 かの
ただ、 魔物との生存競争を強いられているグランディニアにおける領土の拡張とはそう簡単なものでは無い。 かの初代国王ですらお題目を“人類の生存圏の拡大”とした様に、 この時から既に人類は敵対生物である魔物の根絶を――正直に言えば――諦めていたのである。
それでも尚、 飛竜山脈と言う難所のお膝元での開拓を決断した背後には、 医学の発展等の文明の進歩と生存圏の確立を成した事から生まれた人口増加による食糧不足と。 他国への言わば“特産品”の確保を目的としたものであった。
ファンタジー世界において、 魔物の素材は往々にして貴重品として扱われるが……それはこのグランディニア大陸でも例外では無い。
現代では、 ある金属に他の金属を溶かし合わせて性能を向上させた物を合金と呼び。 その中でも鉄を精錬して炭素含有量を上手くコントロールした物を
例えば鉄は魔素を十分に含む事で鋼の様な性質を持った魔鉄<マギ・アイアン>と成り。 同様に銀は魔銀<ミスリル>へと、 金は魔金<オルハリコン>へと言ってしまえば
さて、 ここで登場するのが魔物由来の――ある意味では――産物となる、 爪や牙、 そして骨の存在だ。 これらの素材は不思議な事に、 爪や牙であれば武器を作る際に。 骨であれば防具や建材を加工する際に適量を粉末にして添付する事で、 先に述べた金属の昇華を促すのである。
その点で言えば、 魔物の中でも亜竜――竜の次点――に位置する
それだけでも革命的と言える成果だが……爪や牙であれば上記の効果に加えて、 武器としての切れ味や刺突性の向上も成し得たのであった。
こうなれば、
最前線の寒村で食料生産を維持しつつ、 あわよくば飛竜の素材を確保する。 人はこれを無茶振り処か死刑宣告と捉えるであろう事は想像に難くない。
こうしてアドルードに派遣されたウィン青年だったが、 彼は腐る事無く懸命に職務を全うした。
春から秋に掛けては農夫に混ざり、 汗水垂らして必死に働き。 冬場はアドルードと同じ様な立場に置かれた僻地の人材を私財を投げ打って呼び集め、 生産性の向上を模索した。
彼の働きっぷりは次第に周囲の人々の心を動かし、 アドルードの開拓民達にも受け入れられ……遂には彼らの取り纏め役であった農家に婿入りする事で、 外様ながらも村長と言う公的な立場も得た。
しかしながら、 それでも現状維持が精いっぱいであった。
グランディニア大陸で最も残酷と呼ぶべき
戦う
一体誰が定めたものかは分からないが。 グランディニアでは戦闘系のスキルが無い者が幾ら武器を手に取った所で、 強靭な皮膚や鱗を持つ魔物の身体に傷を付ける事は出来ない。 それは、 銃や
簡単に言えば、 “相手を害する意志が直接的に乗るかどうか”で攻撃が通るか通らないかが決まってしまうのである。
ちなみにではあるが、 この辺りの理不尽とも言える仕様に抗う目的で魔術が発展した経緯がある程度には、 大陸全土で広く認知されている項目でもある。
「さて、 もうお分かりですかな? 」
ここまで丁寧に説明されれば、 幾らこの地について理解の浅いリュートと言えども正解にたどり着くのは容易であった。
「あぁ、 ウィンさんが
「ほっほっほ! えぇ、 正にあの時は精霊様のお導きに感謝したものです…… 」
視線をリュートのやや後方へと向け、 ぼんやりと
しかしながら、 その災厄の中で出会った冒険者達は怯える村人達を他所に着々と村を拠点化し、 貴族出身――それも歴史ある国の侯爵家――としての伝手を存分に発揮。 アルバレアの南部一帯――アドルードから大湿原を西
そこまで行けば話は早いもので、 アドルードには何処から聞きつけたのか災厄を物ともしない錬金術師――魔物の素材の初期加工を担当――や鍛冶師と言った武器や防具等の職人達が集結。 更にはラグナの出身地である
やや話が上手く転がり過ぎている様に感じられるかもしれないが、 これは
端的に説明するのならば、 どこの勢力も常々から
勢力を拡大したいのならば、 あれこれ
先に挙げた戦闘系の【スキル】の存在は勿論の事だが、 どちらかと言えば
この大陸において、 魔素がありとあらゆる事象の根幹となっている事を考えると自然と浮かび上がって来る、 ある事実を一言で語るのならば――
魔物だけで無く、 人間にも縄張りがある。
――だと言えよう。
ありとあらゆる物に魔素が含まれると言う事は、 その土地で生まれ育った者は自然とその土地の魔素を体内に取り込み……そして、 “染まる”。
要は、 “ホーム&アウェイシステム”の様なものだと考えてもらえば良い。
いきなり高温多湿の環境に放り込まれた他地域のアスリート達が事前の合宿――体を慣らす行為――を要求される様に、 生まれ育った土地で発揮する力と変化した環境下でのそれには当然ながら差異が生じるものだが、 このグランディニア大陸ではそれが現代のものと比べると途轍もなく大きい。
ただ生活するだけならば所謂“水が変わった”程度のものに過ぎない――それでも人体に与える影響は無視出来ない――が、
特にその傾向は魔術の行使の際に
おまけに、 消費した<魔力>を補充しようにも効率は普段よりも格段に下がる。 何故なら<魔力>とは“当人の体内に保有される、 当人専用の魔素”だからだ。 環境が異なれば当然魔素も質・量ともに変化する。 魔素を体内に取り込む行為は主に呼吸と飲食から成るが、 それを遠征先でも完全に普段と同じ物に揃えると言う行為がどれほど馬鹿馬鹿しいかは言うまでも無いであろう。
これを克服する方法はただ一つ、 活動する土地で産出される水や食物を体内に取り込み、 その土地に根差した暮らしをする他無い。
こう言った現象を引き起こす魔素の存在が、 侵略側より防衛側を圧倒的に有利とする何よりの根拠であり。 外部勢力がいきなり乗り込んだりはせず、 まずは影響力を増やす事を選択する論理であり。 トゥールーズと言う魔境に根差したラグナ達が外部からの侵略をほぼほぼ無視していた理由でもあり。 リュートやアルがデヴォリと言う武器の扱いに限ればラグナ達にも匹敵する強者と互角に渡り合えた理由でもあり。 いきなり
「……兎も角、 ラグナ様や奥方様、 そしてトゥールーズの皆様方がこの地に齎して下さったものは、 そう
再びリュートと見つめ合う形となったウィンの瞳に浮かぶのは、 信仰にも似た強い感謝の念と
「……へぇ、 そりゃ楽しみだね 」
「……ほっほっほ!! 頼もしいですなぁ、
「んでさ、 ちょっと錬金術師について聞きたいんだけど…… 」
「ほうほう、 構いませんぞ。 そもそも錬金術とは―― 」
当時の自分達のヤケクソ染みた活動が、 やたらと神聖視されている事に苦い思いを抱きながら黙り込むラグナとアリア。 そして
なお、 この二人の会話は招かれた町長宅での夕食中も止まる事なく盛り上がり……リュートはザグリーブに続いて、 またもや年の離れた友人を獲得したのであった。
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