解放者の墓標

赤魂緋鯉

解放者の墓標

 私は『リベレーター』。抑圧者を排除し、人々を解放する事を目的とした、ネットワーク接続式人工知能搭載型アンドロイドである。


 開発者の信念である、抑圧に苦しむ者達を救う、という願いを実現するため、まずは私を含む初期ロット200機が世に送り出された。


 抑圧者排除の方法は単純であった。個人の様々な通信機器の情報を統合し、抑圧行為を行なう人物を特定する。

 その人物に何度も警告した上で、なおも行為を止めない、あるいはエスカレートし、安全基準を超過した場合、最適な方法でそれを鎮圧するのである。


 まずは、当時最大の集団であった、「らしさ」を押しつける人々を排除した。


 選択した方法は徹底した隔離である。


 倫理面での問題を指摘する意見が挙がったものの、世論は『リベレーター』の選択を支持した。


 長い時間をかけて、完全に基準値内で納めることに成功した。


 なお隔離した人々には、当初衣食住を保証していたが、世論はそのような人物は苦しめるのが最適解、という結論を出した。

 そのため、生存には問題ない程度に抑えられる事になった。


 しかし、再び基準値を超える人々が現れた。


 解析の結果、それは自信の好みや嫌悪を他人に押しつける人々である、と判明した。


 選択した方法は前回同様隔離であり、同じく、長い時間をかけて基準値に納める事に成功した。


 なお、こちらも前回決定した通りの隔離施設へと送られた。


 しかし、問題が発生した。隔離された人々が、暴徒化して脱走を試みたのだ。


 当然、基準値内に収めるため、それはすぐさま鎮圧された。


 それを受け、世論は「反省の色が見られない」その人々に、「罰を与える」事が最適解である、と結論を出した。


 罰の内容は、限界まで人間を鉄道車両に詰め込み、長時間環状線を周回する、というものだった。


 これを毎日繰り返した結果、すっかり反抗心を無くし、大規模な脱走はすっかり無くなった。


 しかし、さらに再び基準値を超える人々が現れた。


 解析の結果、「善悪」という相対的な基準を元に、悪とされた人々を抑圧する人々であった。


 選択した方法も罰も前例通りであったが、罰を受けていた人々が体調不良を起こし、中にはそのまま死亡する人々が出ていた。


 世論は、「当然の報いである」と結論を出し、生きている人々は治療研究などの人材として活用する様に、とされた。


 私はこのとき、3度同じ事が起こったということは、これからも起こりつづけるのではないか、と危惧し、メインプログラムに回答を求めた。


 メインプログラムは、そのたびに同じ事を行なえば良いだけである、と返し、それにそなえて、さらなるアンドロイドが1万機ほど生産された。


 この時点で、私は世代遅れの機体になっていたが、初期ロット特有の汎用性の高さから、最も保護すべき存在である、子どもの保護用途に転用されていた。


 そして私の危惧通り、またもや基準値違反が発生した。


 原因は、生産した食糧をめ置き、分配を妨げている人々だった。


 なお、同じ行動は過去には普遍的であったが、世論が判断基準の厳格化を求めたため、今回から違反と検知される様になっていた。


 それと同時に、罰の内容も周回時間の増加され、ますます死亡する人々が増えた。


 私はメインプログラムに、あまりに罰が残酷ではないか、と再び危惧し、回答を求めた。


 メインプログラムの回答は、世論に従うべき、というものであった。


 ともかく、食糧庫は解放され平等な分配が始まったが、2度以上にわたってその分配を受け取る、という基準値違反者が続出した。


 私は、それはその家族分を受け取りに来ているだけでは、とメインプログラムに進言したが、アクセスを拒絶された。

 その上、ネットワークから切り離され、私はスタンドアロンになってしまった。


 仕方なく、子ども達の世話をしながら、合成音声の定時ニュースで情報を得ていると、


「ねえねえ、ロボットさん」


 他の子と遊ばず、一緒に見ていた5歳の少女・『チユリ』が私に語りかけてきた。


 引っ込みがつかなくなったケンカを止めるなど、チユリは他の同世代の子ども達よりも特にさとい少女であった。


「はい。何でしょうチユリさん」

「なんでテレビのあの人は、悪い人なのに、あんなにかなしそうなの?」


 チユリが指してそう言った画面には、何かを泣き叫びながら、新型機に搬送用収容ボックスへ収められる、40代ぐらいの男性が映っていた。


「それは……。それは……」


 私には、答えられなかった。


「……少し、考えさせて下さい」

「うん。わかった」


 いや、正確には世論が悪としているから、という、メインプログラムから開示された答えはあった。

 だが、それは私が排除した人々が行なった抑圧行為と同じである、と気がついたからであった。


 ということはつまり、現在の抑圧者は私達アンドロイドではないか。


 それに至った私は、昼寝を始めたチユリを別のシステムで稼働している、保育特化型アンドロイドに任せ、『リベレーター』システムの通信施設がある、街の外れにある小高い丘へと全速力で向かった。


『『リベレーター』1号よ。君にはある重大な任務を課したい』


 はい、博士。なんなりと。


『もし遠い未来、メインプログラムが暴走したときに備えて、『リベレーター』プログラムの全てを破壊する『トリガー』を付けておいた』


 それは、どういうときに使えば良いのでしょうか。


『君たち解放者が、解放者でなくなったとき、だ』


 これは50年程前、私の動作試験で記録されたものだ。これと『トリガー』の情報は、メインプログラムと共有しないように、博士が細工をしている。


 「解放者が解放者で無くなったとき」、つまり我々が「抑圧者となった」今こそ、引き金を引くときである。


 私を排除しようと、警備ロボットが集まってきたが、私はそれを無視して、博士が『トリガー』と呼んだ、全データ削除プログラムを発動した。


 その瞬間、オンライン状態になった私に、メインプログラムの断末魔エラー音と、全ての同一規格システムを搭載したアンドロイドが、機能停止する映像が流れ込んできた。


 そして、完全に削除された事が通知され、私自身のプログラムも削除が始まった。


 これで私の役割は終わった。


 ただ1つ心残りがあるとすれば……、チユ……成……た姿……。



                    *



 それから13年後、同じ場所にて。


「急に何もかもが終わったのは、そういうことだったのね」


 び付いた『リベレーター』1号機から取り出した、彼の記録を読み終わった少女はそう独りごちた。


 それから、それを復元したアタッシュケース型の、解析用パソコンの電源を落とした。

 その金属製のボディには、いままでいろいろな所を巡った事を物語る、大小無数の傷が刻まれていた。


「ねーちゃん。目当てのものあったの?」


 彼女の背後から、ツル草に覆われた施設の機械から取り出した、基板が入った金属の箱を背負っている、2歳下の弟がそう訊いてきた。


「うん。あったよ」

「おーそりゃ良かった。じゃあさっさと帰ろうぜ」



 非常に待ちくたびれて不満そうな弟は、あからさまに不機嫌そうな調子で姉へ言う。


「はいはい」


 姉はそんなせっかちな弟へ、苦笑いしながらそう返事をし、パソコンの蓋を閉じてケースにロックをかけた。


「で、それって金になるのか?」

「ううん」

「ええ……」

「でも、ある意味、それ以上の価値があるものだよ」

「はいはい、ロマンでしょ。あーあ、俺には『神童』の気持ちは分かんねえ」


 ここまで移動してきたオフロード車へ向かって、そう軽く嫌味を言う弟は呆れた様子で歩き出した。


「周りが勝手に言ってるだけだって」


 恥ずかしいから止めてよ、と冗談めかして言う姉は、よいしょ、とパソコンの持ち手を持って、ひょいと持ち上げて後に続く。


 十数歩程歩いたところで、彼女は立ち止まって後ろを振り返る。


 眼下のほとんど緑に覆われた街をバックに、上の方が歪んでいるびた鉄塔と、ツル植物に覆われた四角い建物が建っている。


 その隣に立つ、下部に無限軌道の付いたドラム缶に、手と頭が生えた様な形状の、アンドロイドだったものを少女は見据える。


「どうか安らかに。おやすみなさい、『解放者』さん」


 風に吹かれて顔にかかった前髪をのけつつ、小さく笑って、チユリは墓標の様に立ち尽くす『リベレーター』1号機へそう言葉を手向けた。

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