無駄なあがき

霜月秋旻

無駄なあがき

 まあ、そう騒ぎ立てるなよ。まだ時間に余裕はある。えいくそ、もう五分遅くセットしておくべきだった。わがスマートフォンの騒がしいアラームよ、もう少し、私をこの温かい空間に留まらせてくれ。

 布団から顔を出すと、ひやりとした空気が顔の皮膚に襲い掛かる。私は再び布団に潜り込んだ。暗闇ではあるが、とても温かい空間。そこから抜け出す準備が、今の私にはまだ出来ていない。この温かい空間で、もう一眠りしたい。しかし五分後に起きなくてはならないと思うと、眠ることができない。意味も無くただ、留まるだけだ。五分という貴重な時間を、ただ何もしないで無駄に消費する、愚行の極み。そんなことはわかっている。トイレにも行かなくてはならない。このままでは膀胱炎になる。しかし抜け出すのは嫌だ。せっかく私の体温で作り出した快適な空間が、熱を失い冷めていくと思うと、やりきれない気持ちになる。

 あれから何分たっただろう。三分くらい経っただろうか。しかしスマートフォンを確認したくはない。スヌーズ機能により、あと二分ほどで再び騒がしいアラームが鳴る。ああ、なんで今日も仕事なんだ!休みにならないかな。逃走中の殺人犯が会社に侵入して立てこもったりしたら、今日会社休まるかもしれないな。しかし無理だろうな。たしかに物騒な世の中ではあるが、そんな都合よく篭城事件が起こるわけがない。ああ神よ、時間を止めてくれ。私をもう少し、ここに留まらせておくれ。

 五分間とは、こんなに長いものだっただろうか。それとも奇跡が起き、本当に神が時間を止めてくれたのだろうか。いまだアラームは鳴らない。おお、こんな愚かな願いを聞き入れてくださるなんて、アーメン。





「ずいぶん早い出勤だねえ未知野くん、もうじき昼休みの時間だよ?」


「すみません部長、スマートフォンの電池が切れてまして…」

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無駄なあがき 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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