第20話 何でも解決するマンの困惑

「大正解です」



 空園女史はそう言って、僕の頭を撫でた。

 目を閉じて、その手の平の温かさを感じる。


 初めは、パシりである自分を正当化するためだった。

 いじめられていると、思いたくなかったから、"何でも解決するマン"の名前を隠れ蓑にして。


 それがいつの間にか、パシられることは無くなって、周りの人たちから"何でも解決するマン"だと呼ばれるようになって、色んな人を、助けて。


 探偵なんかじゃないといいながら、探偵であれと望んだのは他でもない自分だった。


 自分で自分に勝手に期待して、自分で自分に勝手に失望して。


 僕は、僕だ。

 僕は、僕の見える世界で、僕の出来ることをする。

 それしか、出来ない。

 それしか、出来ないんだ。


 誰かの"何でも解決するマン"じゃなくなったとしても、構わない。

 僕が一番守りたいものは、空園そらぞの美鶴みつる、その人なのだから。



「僕さ、絶対、"何でも解決"するよ」


「しんちゃん?」


「君の悩みは、"何でも解決"する」


「……はい」


「他のことは、他の人の悩みは、もしかしたら解決できないかもしれないけど、空園くんの悩みだけは、絶対に、解決する」


「はい」



 空園女史の嬉しそうな返事を聞いて、僕はついでに一つお願いをしてみることにする。

 はぁぁ、と長く一息吐いてから、口にした。



「だから……見張りを付けるのはやめてもらっていいですか……」


「それはダメです」



 空園女史の悩み。


 『芽吹小春が、鴨宮新のことを何でも解決するマンではないと思っていること』


 あの日、公園内でした僕と芽吹女史のやりとりは、空園女史につつ抜けだったのだ。

 それなら、あの話をした次の日の空園女史の言動にも納得がいく。


 多分あの時、僕が芽吹女史との話を空園女史にしていたのなら、空園女史は一言、僕に言っていただろう。


『しんちゃんが無能じゃないことを、ちゃんと彼女に証明してくださいね』と。


 でも、僕は何も言わなかった。

 だから、空園女史は"私の悩みを解決して"と、回りくどい言い方をしたのだ。



 しかし、いつでも監視されているというのは何とも言えない心地になるもので。

 出来れば止めてほしいのだけれど、さっき助けられてしまっている手前、強気には出られなかった。


 僕らはみんなで芽吹女史の教室まで行き、荷物をまとめた。

 それから駅まで、並んで歩く。


 二人分の鞄を持った谷倉氏、隣に芽吹女史、そして空園女史と、僕。

 市来さんはいつの間にか姿を消していて、しかしきっとどこからか見ているのだろう。


 竜頭之池りゅうずのいけに続く道を横目で見ながら、もう猫は死なないだろうと思う。

 久しぶりにに会いたいなと思いつつ、くしゃみを一つ、した。



◆◆◆



 行平ゆきひら氏はやはり、毒餌を公園内にバラまいた犯人であった。

 ストレス解消だったという。


 念願の帝国学園の教師になったはいいものの、ことあるごとに注意され、生徒にも舐められ、フラストレーションが溜まっていたのだと。


 マスターキーを盗んだのは魔が差したから。

 何かに使えるかと合鍵を作り、マスターキー紛失の責任を不知火しらぬい先生になすり付けられればと、彼女のデスク近くに放っておいたらしい。


 それから今は使われていない用務員室を見つけ、自分の隠れ家とした。


 元々、鳥や小動物を殺めてはストレス発散をしていたらしいが、自分の手が汚れることに嫌気がさし、直接手を下さなくても大量に殺せる毒餌にシフトしたのだとか。


 そして、自分を"ユキちゃん"と呼ぶ女生徒たちには、下着を切り取る嫌がらせを。

 さほど気持ちは晴れなかったが、あまり大々的に事を起こして犯人探しをされても困るために、その行為がエスカレートすることはなかったようだ。


 芽吹女史を襲ったのは、芽吹女史の"犯人が分かった" 発言を鵜呑みにしたため。

 事件の調査をしているのを度々目撃していたために様子を伺ったら、いきなりそんな発言をされて混乱したそうだ。

 一度は嘘だと思ったらしいが、それをわざわざ犯人に対して言うことには意味があるのだろうと深読みしたらしい。


 芽吹女史には"慎重"という言葉を覚えていただきたいものである。



 行平氏は逮捕され、学園には平穏が訪れた。



 気付けば中間考査も終わっていたが、僕も空園女史も相変わらずの点数であった。


 芽吹女史は事情聴取や、学園側でシャットアウトしきれなかったマスコミに追われて慌ただしい日々を過ごしていたらしいが、無事に特1に残留できたようだ。

 どうやら谷倉氏が過去問を提供したりしてらしいのだけれど、詳しくは聞いていない。

 頑張れ。

 頑張れ。


 もっと親身に相談に乗ってあげたいが、僕は残念なことに片想い経験がないのだ。

 空園女史に相談したらしたで大変なことになりそうだし……。



 芽吹女史に突っ掛かられることもなくなり、僕にも平穏が訪れた……かと思えば、そうでもなかった。


 なぜならば。



「お兄様〜〜!」


「芽吹くん、その呼び方はやめろと何度言ったら……!」


「いやですわお兄様、小春こはるとお呼びになって」


「しんちゃん、私を美鶴と呼ぶのが先ですよ!!」



 芽吹女史が、空園女史2号のようになってしまったからである。


 谷倉氏!

 早く芽吹女史に手綱を!

 僕を解放してくれぇぇぇ。


 一人で、空園女史だけで、手一杯なのだこっちは!



「誰か僕の悩みを解決してくれ……」



 何でも解決するマンは、今日も、困惑する。




【おわり】

 

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何でも解決するマンの困惑 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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