第19話 予想外の援軍
「どうされたんです、皆さん。大丈夫ですか芽吹さん、誰がそんな酷いことを」
そんなことを平気で言いながら、口元は優しげに笑っているのに目が笑っていない。
部屋の中に入ってこようとする行平先生を遮るように立つ。
咄嗟にその位置に立ってしまってから、後悔した。
なにやってるんだ僕は。
こういう時のために
「鴨宮くん? どうしました」
行平先生の左手は僕の方に差し出されるのに、右手は身体の後ろに見えないまま。
何を、持ってる。
ブレザーの内ポケットに催涙スプレーが入っているけれど、今の状態ではきっと行平先生が何かする方が早い。
鈍器や刃物であれば多少抵抗できるだろうが、薬品だったら最悪だ。
ああ、クソ。
どうする。
どうすればいい。
考えろ。
何のための、脳みそなんだよ。
「芽吹さんに何か聞いたんですね? 嫌だなあ、先生より後輩を信じるんですか」
「来るな……! 権田先生、彼が犯人です!」
権田先生が部屋から出てくるより、僕が倒れるか人質に取られる方が早い。
せめて一矢報いようと行平先生を睨みつけた僕の視界に、黒と白のなにかが飛び込んできた。
それは、メイド服だった。
「は?!」
メイド服を着た小柄な女性が、行平先生の懐に素早く入り込む。
そして、しゃがみ込むように身体を低くしたかと思うと、勢いよく飛び上がりつつ右手で行平先生の顎を打ち抜いた。
突然の攻撃に対処も覚悟も出来るはずがなく、行平先生は地面に崩れ落ちる。
その左手には、鋭利なハサミが握られていた。
ふう、と一息吐いて、パンパンとメイド服に付いた土埃を払うメイドさんを、僕は知っていた。
彼女は、空園家のメイドだ。
足首が覗くくらいの長いメイド服、フリルなどの装飾は一切付いていないシンプルなエプロンの胸元には、空園財閥のマークがしっかりと刺繍されている。
「え、あの……な、なにしてるんですか
「名乗った覚えはないのですが」
「名札を、見たことが……」
一度だけ、彼女を空園家で見たことがある。
会話などをしたわけではないが、その時は刺繍の下にネームプレートを付けていたのだ。
「やはり、観察眼は素晴らしいですね。あとは詰めの甘さを改善していただければ」
「うっ……」
感情の振り幅の少ない瞳で見つめられ、たじろぐ。
しかし、その視線にどうにも覚えがある気がして、僕は彼女に恐る恐る尋ねた。
「あの、もしかして市来さんって……ずっと僕のこと見張ってたりしま……ああ、そうですか……」
答えを聞くまでもなく、市来さんの瞳は「それがなにか?」と言っていた。
時々感じると思っていた視線は、彼女のものだったのだ。
権田先生が僕と市来さんと地面に突っ伏す行平先生を見て途方に暮れていると、向こうから
簡単に状況を説明し、元用務員室の中を指し示す。
大事な証拠たちだ。
行平先生の指紋だらけの部屋からは、きっと猫の毒餌の材料も出てくることだろう。
成瀬さんと一緒に来たらしい警察の人たちが、行平先生を引き摺っていく。
一人の警官が元用務員室の前に立ち、応援を呼んでいる。
「あの嬢ちゃんへの事情聴取は明日以降にやるから、今日はお前に任せていいか」
「はい」
「しんちゃん! 成瀬さん!」
騒ぎを聞きつけて、空園女史が駆けてくる。
僕に怪我がないことを確認すると、胸を撫で下ろしていた。
「凄いの連れてるんだな、美鶴ちゃんとこは」
「ああ、市来ですか? そりゃあ、しんちゃんに何かあったら困りますもの」
「ははは、違ぇねぇ」
それから成瀬さんと権田先生は、校長への報告へと向かった。
僕らは、元用務員室横にある花壇のブロックに腰掛ける芽吹女史の元へ。
市来さんは少し離れて僕たちを見ている。
芽吹女史の顔色は、先ほどよりだいぶ良くなっていて安心する。
芽吹女史の腕は隣に座る谷倉氏の腕をしっかりホールドしており、谷倉氏から助けを請うような視線が飛んでくるが無視した。
頑張れ。
「大丈夫?」
「あ、……はい、……あの、あの暗号、読んだのは、鴨宮先輩ですよね」
芽吹女史の口から”鴨宮先輩”などという文字列が飛び出してくるとは。
思わず怯んでしまうが、気を取り直して頷く。
「五十音のモールス信号を、ひっくり返してあるやつね」
「助かりました、私、あれしか思い出せなかったから」
「僕は君のメッセージを読んだだけだよ。感謝はバレッタの造り主に全部しておいて」
「か、鴨宮くん……!」
頑張れ、谷倉氏。
「私……本当に、ずっと、すみませんでした、貴方は、本当に、ちゃんと、何でも解決するマンだった」
「はは……」
本当に?
本当にそうだろうか。
結局、僕は何も分かっていなかったのに。
どうしてか行平先生が突然本性を現したからどうにかなっただけで。
行平先生の暴走が芽吹女史のせいだとしたら、僕はそこに上手く乗れただけだ。
ぐるぐると回る思考を、空園女史の肘打ちが遮る。
満足そうに笑う空園女史に、もやもやしたものが溶けていくような気がした。
「空園くんの悩みも、解決できてよかったよ」
「あら、お気付きでした?」
僕は、空園女史の肩におでこを乗せて、ぽつりと呟いた。
「芽吹くんが、僕を何でも解決するマンじゃないと思っていること」
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