第18話 救出
その日は空園女史が生徒会の会議で帰りが遅くなるとかで、僕はその会議が終わるまで図書室で時間を潰していた。
下着切り取りの被害にあった女生徒たちから聞いた話をメモしたノートを机に広げ、頬杖をついてそれを眺める。
被害に遭っているのは一般クラスの女生徒が多く、特進クラスで被害に遭ったのは僕が話を聞いた三人くらいだった。
なんとなく気になった僕は図書室を出て、
まだ教室にいるというので待っていてもらい、彼女の教室へと向かった。
「どうしたの? 何でも解決するマンくん」
「いえ、少し気になることがあって」
「私に答えられることならなんでも聞いてよ」
「被害に遭った三人って、同じ補習受けたりしてます?」
「えーと……どうだったかな……。あ、
ちょうどトイレから戻ってきたらしい
僕が同じ質問を繰り返すと、彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「三人とも化学の補習を受けたよ。私はどーも化学式が頭に入ってこなくてさぁ」
「どの先生でした?」
帝国学園では各教科とも、基本的に三人以上の教員が在籍している。
普段の授業で教鞭をとる教師はずっと変わらないが、補習の際はクラス関係なく行うことも多い。
「ユキちゃんだよ」
「ユキ……ああ、行平先生」
「そうそう。何回か補習受けてるっぽい子がそう呼んでて、みんなも乗っかってそう呼ぶようになったんだよね」
ちょうどその時、校内放送で行平先生の名前が呼ばれ、僕たちは目を見合わせる。
呼び出しの声は
「ユキちゃん、不知火先生とめっちゃ相性悪いよね」
「確かによく注意されてるとこ見るかも」
「そんなにですか」
自分の中の疑いがぼんやりとした形になってきた時、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。
画面を見ると谷倉氏からの着信で、僕は二人に頭を下げると廊下に向かいながら電話に出た。
「もしもし」
『鴨宮くん、芽吹さんからメッセージが来たんだけど僕には読めないんだ。なんか普段よりも長いし、君なら読めるかと思って……』
「谷倉先輩、五十音のモールス信号分かりますか」
『え? あ、ごめんアルファベットのしか知らないや』
「そしたら僕に転送してもらっていいですか?」
『分かった』
「ちなみに先輩、いまどこですか」
『帰ろうと思って下駄箱まで来たとこだけど』
「じゃあ合流しましょう。そこにいてください」
電話を切って、郡上先輩たちに礼を言って教室を後にした。
下駄箱に向かう足取りが、自然と早くなる。
廊下の窓から入り込む湿り気を帯びた生暖かな風が、頬を撫でた。
雨が降るかもしれない。
下駄箱に向かう途中、送られてきたメッセージを見て血の気が引いた。
『モト ヨウムインシツ タスケテ ユキヒラ ハンニン』
電話の着信履歴から
校内で起った下着の切り取り事件なんかでは連絡出来なかったが、女生徒が教師に監禁されているとしたら呼んでもいいだろう。
わざわざバレッタでメッセージを送るということは、携帯が使えない、もしくは取り上げられたから。
谷倉氏に読めない形式のメッセージ内容になったのは、芽吹女史がそれだけ切羽詰まった状況に置かれているということだ。
『もしもし』
「成瀬さん、うちの教師が女生徒を監禁してるかもしれない」
『なにィ?!』
「校舎と部室棟の間に、いまは使われてない用務員室があるんだけど、そこに」
『と、とりあえずそっち向かうけど、お前大丈夫なのか』
「非力だから催涙スプレーは持ち歩いてるよ。あと誰か教師連れてく」
『おう、気ぃ付けろよ!』
「うん、またあとで」
下駄箱の横で不安げに佇む谷倉氏に、用務員さんのところへ行ってスパナを二本借りてから元用務員室に来るように指示してグラウンドに走った。
行平先生はさっき不知火先生に呼び出されたばかりだ。
いまは職員室にいて、恐らく暫くは戻らないだろう。
中間考査が近いものの、まだいくつかの部活は活動しており、僕は一番近くにいたサッカー部の顧問、
噛み砕いていまの状況を説明すると、突然の事態に目を白黒させる先生を追い立てて、元用務員室へと急いだ。
用務員室の扉には南京錠がかかっていたが、長く使われていないにしては新しすぎるものだった。
僕は扉を叩き、声を掛ける。
「芽吹くん、いる?!」
「んーーーーー!」
中から聞こえた女生徒の声に、権田先生の顔色が変わる。
ちょうどそのタイミングで谷倉氏がやってきて、僕はスパナを受け取った。
南京錠にスパナの先端を突っ込み、てこの原理で力を加え、南京錠を破壊する。
その昔、成瀬さんに教わった力技である。
扉を開けると、部屋の中には両手両足を縛られ、口を布で塞がれた芽吹女史が転がっていた。
谷倉氏と権田先生が駆け寄ったので、僕は部屋の中を確認する。
壁に貼られた
まさかこの人、毒餌の。
棚の引き出しの中を見ると、分厚いファイルが入っていた。
取り出して広げると、そこにはカラフルな布の切れ端がファイリングされている。
ああ、やはり下着を切り取っていたのはこの人だったのだ。
恐怖と安堵で泣いている芽吹女史を、谷倉氏がオロオロと見守っている。
何やってるんだ、そこはハグくらいいっとけ谷倉氏!
そんなことを思っていると、扉の外に気配を感じた。
入り口に姿を現したのは、人当たりのいい笑顔を狂気に歪めた行平先生だった。
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