第4章 何でも解決するマン
第17話 父との暗号
肩を、揺すられる。
誰?
一体何が……。
ぼんやりとした視界がだんだんとクリアになっていき、肩を揺すったのが自分を気絶させた男だと気付いて思わず身体が固まった。
床に倒れているらしい身体を動かそうとすると、胸の辺りが酷く痛んで咳き込んでしまう。
両手も、両足も、縛られているようで、上手く動けない。
ここは、どこだ。
目の前には白衣を着た、痩せぎすの身体。
こんなにも細いのに、力で敵わなかった。
いくら細身とはいえ、成人男性には力負けするのだ。
そう、いくら親しみやすいとはいえ、この教師、
女生徒が相談するはずがない。
それなのに何故、事件のことを知っているかってそれは、犯人だからじゃないか。
私はバカだ。
事件解決に必死になるあまり、お姉様に嫌われたくないあまり、先輩を疑って、ありもしない妄想に囚われて、あんな発言を、よりによって。
せめてもの抵抗と、懸命に睨みつけてみるけれど意味はない。
「なかなか意識って戻らないものなんですね」
「行平……先生……」
「どうして私が犯人だと? メモ帳やレコーダーを確認させてもらいましたが、特にこれといった情報はありませんでした。どこに証拠を隠したんです」
証拠なんてどこにもない。
だってあれは私の嘘だったんだから。
けれど、今更それを言ったところでもう遅い。
だってもうこの人は、私に正体を明かしてしまったのだから。
「はぁ……流石に人殺しをする訳には行きませんしね……気は進みませんが、脅しの材料を撮らせてもらいましょうか……」
「……っ! ……なにを……!」
「何がいいですか? 全裸の写真? 脱がせるところから動画に撮った方がいいですか?」
「や、やめ……」
私にそう聞きながら、先生はスマホを取り出し近付いてくる。
転がったままの私の足にその手が触れた瞬間、校内放送の呼び出し音が流れた。
『行平先生、行平先生、至急職員室までいらしてください』
「チッ……」
先生は私を一瞥すると、裂いた布を私に噛ませ、口を塞いでから部屋を出て行った。
カチャと音がしたあと、足音が遠ざかっていく。
ドアノブの辺りに鍵穴はなく、恐らく外から南京錠をかけたのだろう。
助かった。けれど、いつ戻ってくるか分からない。
ここはどこだ。
なんとかして助けを呼ばなくては。
視線を
もう殆ど陽は落ちて、月明かりが室内をぼんやりと照らしている。
コンクリートの壁、校舎内ではない。
部室棟か、倉庫の類か、しかし部屋の中には殆ど物がなかった。
床は畳敷きになっていて、入り口横には小さな下駄箱。
壁際に棚と机があり、棚にはいくつかの薬品の瓶が並んでいる。
机の上には百円ショップの袋に入りっぱなしの小ぶりの皿。
入り口の扉の対面には一つの窓があって、カーテンは掛かっていないが見えるのは数本の桜の木。
窓の下に布団と枕が転がっていて、私はこの部屋に見当が付いた。
部室棟と教室棟の間、元々当直の用務員さんの詰所代わりに使われていた小屋。
専門棟の一階に用務員室が作られてから使わなくなったと聞いたが、そこを密かに使っていたのだろう。
場所は分かった。
あとは誰かに私を見つけてもらうだけ。
でも、どうすれば。
持っていた物は全部取り上げられてしまったようだし……と思った時、こんなに動いたにしては顔に髪がかからないことに気付いた。
床に後頭部を当ててみると、バレッタが変わらず髪を留めていることが分かる。
まさかバレッタに通信機能が備わっているとは思わなかったのだろう。
ラッキー……!!
私はメッセージを送ろうとして、モールス信号が頭からすっぽ抜けていることに絶望する。
何も見ずとも打てるのは、私が覚えているのは、父と遊んだあの暗号だけ。
あれだって元はモールス信号なのに。
でも、谷倉先輩はお姉様と、鴨宮新と友達だ。
あの時、私の暗号を解いていたのなら、助けて。
あいつが戻ってくる前に、気付いて。
私は溢れ出てくる涙を堪えながら、バレッタを床にぶつけ続けた。
−・・− −・
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「ふっ……ふぅ……ふ……う……うぅ……ぐすっ……」
お願い。
お願い。
助けて、何でも解決するマン!
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