木乃伊男

 黒星は地図を見た。

 何もない荒野が切れるまでの道を覗く。

 読み慣れた地図からは、この退屈が一日かかると悟らせてくれるまで時間を要さなかった。

 一日もかかる。

 快適とは言い難い車に一日も揺られるのかと思うと少々憂鬱になってしまう。

 とは言え腕時計を見れば現在の時刻は十四時を指していた。

 黒星は揺れる車の中でせめても出来る事として煙草を減らしていった。

 

 トクロは運転距離が後一日近くかかると言う事実に笑みがこぼれる。

 少しでも長くこの車と共に居たいのだ。

 少しでも長くこの風を感じたいのだ。

 最高の気分で車を運転していた。

 だがトクロの幸せはそう長くは続かない。

「おい、日没予想まであと二時間だぞ」

 黒星がぼやく。

「あぁ、もうそんな時間か」

 トクロは少しでも長く走りたいが、日没後の闇を走るのはよっぽどの事が無い限り避けるのが普通である。

 黒星が居るとは言え態々危険を招くことはしたくない。

 だが日没までに次の目的地までの距離を少しでも近づいておきたい。黒星は日没が近いと言うこともありサングラスの奥で爛々と目を光らせ、キャンプ地候補とクリーチャーの影を探していた。

 黒星の視力が道の先に影を捉える。

「おい、トクロ」

 トクロは黒星へと返事をしながらアクセルを緩め減速する。

 黒星が倍率の低い単眼鏡を構える。

「人か? なんかいるな。道の先だ。距離五百」

 人影が何かおかしな様子を向ければ黒星が一言くれる。トクロは黒星の言葉に耳を傾けながら道を進んだ。

 残り百メートルを切った所だろうか、トクロにも人影を視認できた。

 ちらりと隣を見るが黒星は何も反応を示さない。

 黒星が覗く単眼鏡の先では、何も問題なしと言う事だろう。

 トクロは一応注意しつつも普段通りに車を走らせた。

 黒星は単眼鏡を構えるのをやめる。

 もう十分に視認できる距離である。

 路肩で立つ人影に特段怪しい様子は感じなかった。

 だが近づくにつれ、路肩に立つ人影の特異さを感じる事になった。

 トクロは荒野の礼儀として路肩に立つ男の近くで停車した。

 敵意は無いと、少し距離を開けてだ。

「どうした? 何かトラブルか?」

 トクロは路肩に立つ人影に声を掛ける。

 路肩に立つ人影は当然車に気づいていたのだろう、手を振って返事をしてきた。

「いや、何も無い。仕事の都合でココに居た。俺ももう引き上げだ」

 路肩に立つ人影は両手を上げながら歩いてくる。

「あんた達こそどうしたんだい? こんな時間じゃ町までは間に合わないぜ」

 路肩に立つ人影が車に近づいてくるについて黒星とトクロは顔を見合わせた。

 路肩に立つ人影は顔面に包帯を巻きサングラスをかけた木乃伊男みいらおとこの様な恰好だったのだ。

 サイボーグ手術を受けた直後や、顔面の手術をした直後ならば分かるが、この木乃伊男からは一時的では無く、常に包帯を巻いているのだと言う事が感じさせられた。

 異様な風体の男だが、敵意や害意と言うモノを全く感じさせない。

「あぁ、間に合わないの知っている。アンタも大丈夫なのかい?」

 黒星達は元々野営するつもりでいるが、木乃伊男は軽装のバイクであった。

「俺は大丈夫さ、アンタたちは何処から来たんだい?」

「今は西から」

「そうかい、目的地は?」

「もちろん一番最寄りの街」

「兄さんがた二人は俺の仕事には関係ないみたいだな」

 木乃伊男はそう言うと、バイクへと行ってしまう。

 トクロは車を出していいかと迷うが、木乃伊男がバイクを押して車へと向かってくるのだ。

「今日は野営なんだろ? 俺の所へ来るかい? 水くらいはあるぜ」

 木乃伊男は古臭いエンジンバイクを横づけにすると、トクロへと提案を出した。

 トクロは迷うそぶりを見せ、黒星へミラー越しに視線を向ける。

 黒星は木乃伊男の顔を見ると、トクロを押して木乃伊男へ返事をした。

「本当か? ありがたい。日没も近いから助かる」

 木乃伊男は黒星の返事を聞き、サムズアップを見せるとエンジンをキック一発でかける。三拍子を響かせ何度か吹かすと、付いてこいとハンドサインを出し、先導して行った。

「なんだ、ありゃエンジン車じたい久しぶりに見るが、バイクとはな。年代までは分からんが相当古いだろ?」

 骨董品に乗る男がココにもいたかと、黒星は目の前のバイクについてトクロへ尋ねた。

「ありゃ俺と同じ二十世紀の設計だな。今時エンジンなんか乗せてる奴はほとんどいないと思ったが、こんな奴もいるとはな」

 トクロは目の前で快調に速度を上げるバイクに感心した様な視線をむける。

 黒星にはエンジンの良し悪しは分からないが相棒である骨董品マニアが喜んでいるのだ。相当なモノなのだろうと思う。取り合えずあの木乃伊男のバイクには不用意に近寄るまいと決心した。

 昔当て逃げしたマフィアを引きずり回したトクロを思い出すと、アンティーク品には極力関わらない方が良いと思うのだ。

 価値を分からないモノが触れてい良い物ではないのだ。

 昔の事だが断りもなく素手で刀を触られた折には、激昂の余り斬りつけてしまった事が有る。

 そう考えると、あの時のトクロは正しいのかもしれないと思えてきた。

 そんな事を考えている内に大きな岩影の下で車が停まった。

「ん? もう着いたか?」

「そうらしい」

 黒星とトクロ車から降りると、バイクから降りた木乃伊男が手招きしていた。

 手招きされるがままについていく。

 すると二つの大岩の間にテントが張って行った。

「ここさ、ココが俺の家さ」

 木乃伊男がそう言うと晴天の下にさらされていたウッドチェアに腰掛け、並べてあった机に脚を乗せた。

「自由にしてくれて構わないぜ。あぁ、木箱とかには触らない方が良い。再充填用の炸薬があるからな」

 木乃伊男は笑い飛ばし、ココには爆薬があると言う事を告げる。

 むろん二人は場を借りるだけで勝手に過ごすつもりはない。

 トクロは黒星を置いてキューベルワーゲンへ荷物を取りに行ってしまった。

 残された黒星。

 無理にトクロについて行き木乃伊男を一人にするのも変である。

 手持無沙汰に黒星は木乃伊男に話掛けた。

「なぁ、どうして俺たちに声かけたんだ?」

 単純に気になっていた事、なぜ荒野で見ず知らずの二人に声を掛け、自分の拠点に誘ったのか。

 普通ならば絶対にしない事である。

 ではなぜ二人を自らの拠点に誘ったのか。

 木乃伊男は青い箱を取り出すと、そこから煙草を取り出し吸い始めた。

「本音を言えば、仕事の邪魔になるからだ」

 黒星は木乃伊男の言葉に思わず左脇に手が伸びてしまう。

 木乃伊男は黒星に落ち着くよう手で制した。

「ま、待て。兄さん等二人とも相当強いだろ? 俺は賞金稼ぎでね、ここらを通るって聞いて張り込んでたんだ。俺の獲物を取られるのは嫌でね」

 黒星は木乃伊男を信用したわけでは無いが、銃に伸びていた手はポケットに入っていた。

「まぁ結局居なかったからな、情報更新もかねて明日町へ行く。良かったら一緒に行くか?」

 木乃伊男はそう提案した。

 何時もの事だが、運送業は黒星の主導ではない。トクロの判断を仰ぎたいが、トクロはあいにく席を外している。

 黒星が考えあぐねていると、背後から声がかかった。

「頼めるなら頼みたい。人が多い方が安全だ」

 トクロはそう言いながら寝袋と、紙箱を抱えて来た。

「あぁ、わかった」

 木乃伊男はトクロの言葉に言葉を返し、煙草を灰皿へと押し付ける。指先に僅かについた灰を落として天蓋へと入って行ってしまった。

 黒星はトクロへ、先ほどの事を伝える。

 トクロは頷く。

「なるほど、まぁでも俺たちに危害を加えるって訳じゃないしな、お前の事はよく見てたようだし」

 黒星も木乃伊男に悪い印象は抱かなかった。

 短い付き合いだが黒星もトクロ同様、気を張らずに過ごす事にした。

 木乃伊男が天蓋から木箱を抱えて出てくる。

 何を持ってきたのかは分からないが、トクロが先に声を掛けた。

「今日はすまない。機械化していたら申し訳ないが、南部の行動食でも食うか?」

 トクロは車から降ろしてきた箱を掲げ、まだ少し距離のある木乃伊男へと尋ねる。

「本当か? 食えるものは食うぞ」

 三人は適当な箱に座り、紙箱に入った行動食レーションを食べていた。

 金はかかるが、味は旨いと評判の南部軍の行動食である。値は張るが、礼としてふるまうには適当なモノなのだ。

 缶詰とレトルトパウチを加熱袋で温めながら、粉末飲料とビスケットを食べる。

「そう言えば名乗って居なかったな、俺はコガイ。ここらへんで賞金稼ぎをしてる」

 ビスケットを散らしながら木乃伊男改めコガイは名乗った。

 トクロと黒星はビスケットを嚥下して名乗りを反す。

「俺はトクロだ。運送屋をしてる。何か運びたいモノがあれば声を掛けてくれ」

「俺は黒星。あートクロと同じだ」

 二人は手を出し、コガイと握手を交わした。

 特に何かが起きる訳もなく。

 食事を終えた三人は各々小雑な作業をしていた。

 今日は活躍の機会の無かった拳銃を磨く。道中何かを狩ろうと出して居た単発小銃も清掃しておいた。

 一通りやる事を終え、黒星は暇になる。

 ランタンを付け散弾銃の清掃をしているコガイに眼が行った。

 コガイを初めて見た時にも思ったことだが、不思議な銃を使う奴だと思った。

 右足に小銃ほどでは無いが、拳銃よりも大きな銃を吊っていた。腰に巻かれたベルトに真鍮製と思われる散弾が挿している事から、ソードオフにした水平二連ダブルバレルかと思ったが、机の上で分解されているソレは黒星も数える程しか見た事の無い物だった。

「変わった銃だな」

 黒星は机の前に立つ。

 銃の部品をウエスで拭くコガイは黒星に眼を合わせる事無く返事をした。

「あぁ、そうだな。俺以外で使ってる奴を見た事無い。だけど俺の銃はコレさ。黒星、君も一緒だろ? 最新型の小型特殊弾を撃つ多装弾の拳銃や、光線銃レーザー銃だってある。だけど古臭い武器を使う。そう言う事だ」

 コガイはそう言って銃を組み上げると空の散弾を入れ、薬莢を飛ばした。

「そうだな。俺も古くせぇ骨董品を使うぜ」

 コガイの銃は散弾銃ショットガンだった。

 それもレバーアクションの。

 コガイの銃はその散弾銃のソードオフモデル。

 腰に吊るには少々大きな銃を吊っていた。


 コガイは飛ばした薬莢を拾い、並べる。

「弾も変わってるな」

 黒星は散弾の薬莢を見ながら呟く。

 オーソドックスな散弾であればプラスチックや紙、セルロースの筒に真鍮や軟質金属のメタルヘッドを使ったモノだ。

 だが、コガイの散弾は真鍮だけで作ったケースである。

 鈍い金色に輝く薬莢が机の上に並べられていた。

「まぁそうだね。この弾はここらへんだと使う奴が多い。元々ここは退役軍人が多いんだ」

 コガイはそう言うが、黒星には何のことだか分からなかった。

 元軍人が多いからと言っても今も昔も散弾銃を主装備にする軍人は少なかったはずだ。それに軍人なら使い捨てのファクトリーロードが大量に手に入る筈である。わざわざ値段の嵩む真鍮薬莢の散弾を使う必要は無いのだ。

 コガイは不思議そうに首を傾げる黒星に説明を重ねた。

「あぁ、ここら辺出身じゃ無かったな。すまんね。俺もそうだが、ここら辺の奴らはアナーキーなマフィアを狩るときに集められた非正規軍の退役者が多いんだ」

 そう説明されやっと黒星は何となくだが、納得できた気がする。

 こんな仕事をして色々なところを周ると、色々な話が聴けるものだ。中では地方行政が治安維持を目的にマフィア狩りをする事もあると聞く。

 コガイたちの街にもソレがあったのだろう。

 散弾使いが多いのは市街地での近距離対人戦を想定したからだと説明できる。非正規軍と言う事もあり再充填前提の弾薬支給だったのだろう。

 半ば使い捨てである非正規兵にはあまりまともな装備は与えられないのだろう。

「まぁそう言う感じかな」

 黙って何か納得した様子の黒星にコガイは想像が正しい物に近いと言った。

「まぁアンタの銃は良いセンスだ」

 レバーアクションソードオフ散弾銃ショットガン。使い手を見たのは初めてであり、この銃で食ってきたと語るコガイの銃は最高に輝いて見える。

 コガイは気を良くしたのか、黒星の前で空の散弾を込めると、レバーに指を入れたまま一周。コガイの右手の中で回る銃。そして、飛んでいく空薬莢。ランタンの火を写し鈍く輝く金色で黒星を写す。

 コガイが披露したのはスピンコック。

 レバーアクションの銃を回転させると共に再装填リロードするための手法だ。

 荒野の中ショットガンを使う者に会う事も珍しい上にレバーアクション散弾銃を使う者にも初めて会った。さらにそのガンマンは映像媒体でしか見た事が無かったスピンコックを披露してくれた。

 黒星は声を出して笑った。

「すげぇなぁ…いやぁ、初めて見たぜ」

「そう言ってくれて嬉しいねぇ」

「良いなぁ、俺も何かやろうかねぇ…」

 黒星は背中に手を入れると小柄こづか、又は刀子とうすと呼ばれる極東に伝わるナイフを取り出す。黒星は小柄を右手に持ち、コガイに一枚のセル札を渡す。

「好きなタイミングで投げてくれ」

 コガイは黒星のやりたい事が何となくわかったのだろう。

 にやりと笑うと、手から離れたセル札を指で弾いた。


 ひらひらとセル札は落ちて行く。


 黒星の右手は動いて居ない。

 少なくともコガイにはそう見えた。

「見てみな」

 黒星は顎で机の上に落ちたセル札を指す。

 コガイは怪訝そうな顔を浮かべながらセル札を摘まみ上げる。三文小説の様にハラリと落ちる。と言う訳では無かった。

 コガイにはセル札を見たが、完全に切れている訳でも無く切り込みがあるだけのセル札に落胆に似た感情を浮かべながら黒星を見た。

 自信ありげな黒星の技はこの程度だったのか。そう思ってしまい、コガイの中の黒星のイメージが崩れ行く。

 それでも黒星は意味ありげな笑みを浮かべたままだ。

「上下に引っ張ってみな」

 コガイは黒星の言う通りにした。

 するとセル札に入った交互に切れ込みが現れ、セル札を細長い紙紐にしてしまった。

「うぉッ これはっ」

 見えない早業。

 数瞬仕込みを疑ったが、自分で触り、指で弾いたセル札には切れ込みなど入って居なかった。

 目の前で黒星はこの技を、瞬きの間も許さない速さでやってのけたと言う事にコガイは興奮を隠しきれなかった。

 自分を信じるのであれば、目の前の男は超巧絶技を披露した。

 コガイは紙紐となってしまったセル札をビヨビヨと手遊びする。

 黒星はコガイの前で小柄をくるくると回し、したり顔で佇む。

「黒星何してんだ?」

 トクロが声を掛けてきた。

 トクロからすれば、相棒が妙な表情を浮かべ、凶器を振り回しているだけだ。

「楽しい事」

「そうかい、ほどほどにな」

 あまり興味は内容ですぐに去ってしまった。

 何時も締めているネクタイを緩めているあたり、もう寝るのだろう。眠りに着こうとする人の邪魔はしてはいけない。コガイも黒星もそんな事は分かって居る。

 トクロが去り、ランタンの火が届かない所で寝始めたのが分かった。

 寝ている人間をよそに音を立てるのも良い事では無い。

 二人も寝る事にした。




   ‡




「じゃぁ俺が先導して行くよ」

 コガイはバイクを吹かしながら、キューベルワーゲンの前へと出た。

 今から街へと向かうのだ。

 トクロも道を知っているが、あくまで地図上の道である。

 普段から走るコガイに任せた方が良いと判断した。

 コガイはサングラスを上げると何度が空ぶかし、バイクのクラッチを繋いだ。

 昨日同様にバイクはエンジン音を響かせ、快調に走り出しす。

 トクロもニュートラルからギアを入れ、車を発進させた。


 サングラスをかけた黒星は延々と広がる荒野を眺める。

 索敵警戒を兼ねたものだが、こんな荒野で何を注意するのか、相手のキルゾーンに入れば同時に黒星のキルゾーンである。

 とは言え、争いは避けるが吉。

 黒星は車に乗るたびに自分の役目とは何かを考える。結局いつも通り、今は自分も荷物の一つなのだろうと言う結論に至った。

 考える事を止め、ぼーっとしながら、うっすらと進行方向に見える街を眺め、煙草に火を点ける。

 がたがた揺れる車内でも煙草の葉を落とせばトクロは怒る。

 黒星は自分はどんな場所でも煙草を巻く自信が有ると言えるほど、煙草を巻くのが上手くなったと思うのだ。

 晴れている為にオープンにしている。当然フロントガラスも倒す。

 また当然に風は黒星達を叩きつけるのだ。

 またトクロに配慮する様に、うっすらとでも灰が積もれば灰を落とす。

 最新の注意を計って吹かす煙草は最近になってやっとうまいと思えるようになって来た。

 煙草の吸殻が十を超えた頃には街ははっきりと見えていた。

 

 大きな街。

 門番などは居ない様だが、町の外周には車やバイク、ホバークラフト、戦車などが詰めている。活気のある街である事に違いはない。

 他の町に比べると内燃機関エンジンを積んだ二輪車バイク全地形対応車バギーの台数が多くを占めている気がするが、そう言う街もあるのだろう。


 この街は企業連と巨大マフィアによって開拓された地域。であり新しい壁が築かれた街でもあるらしい。

 今回は補給と仕事探しの為に初めて立ち寄ったが、黒星は聞いていた話よりも大きな街だと思った。そう思うのは大きな壁のせいだろう。

 国に属する人間と、一時的に許可を出された人間のみが入る事を許される壁の中。黒星はいまだかつて壁の中に立ち入った事は無い。そんな壁がこの街にはある。

 ペリドットの様な者達では無く。本物の人権持ちがこの街には居るのだろう。

 黒星は壁の外にしか用が無いとは言え、もし合えば面倒になると煙草の煙がまずくなる。

 コガイは街の入り口に近い場所へとバイクを止めた。

 不自然に開いていたスペースは、コガイの停めたバイクが入るとすっぽりと埋まる。もしかすればこのスペースはコガイの為の物なのかと思う。

 コガイはバイクの後ろにでも車を停めてくれと言い、バイクのエンジンを止める。

 トクロは車を降りると開けていたホロを閉める《・ ・              》。

 余所者はその街にあるルールにのっとり動くのがマナーである。

 車のカギを抜くと、トクロは周囲を見渡す。

「なぁ、コガイ。ここは誰に金を払えば良いんだ?」

 車と言う大きな財産を守る事を生業としている者が周囲には居なかった。

 もしかすれば街の中で話をつけるのかもしれないと思ったが、この街の事情に詳しくない自分が考え込むより、人に聞いた方が早いと思った。

「あぁそう言えば他の町だとガレージやってるマフィアが居るのか。そうだった、言ってなかったな、この街では車両なんかは街の外周に置く分には金はとらないし、問題が起きれば仲介に入るんだ」

「そりゃ…変わってるな」

「あぁ、コレはこの街ができた時の秩序ルールでね。元々仲間内で出来た街だったから、余計な奴らにデカい顔をさせたくなかったのさ」

「なるほどな」

 トクロたちは車を置いて、コガイの後を追う。


 街の中はいたって普通。

 特筆すべきことは何もない様に思う。

 露店があり、機械服や機械義肢を纏った者の姿が見える。

 この街も荒野からの客をマーケットに荒野の獲物を仕入れる普通の街の様に感じた。

 目的も無く訪れた街だったせいだ。

 トクロと黒星はコガイの後を追い、大通りに面した店に入った。

 店に入った瞬間、客たちの声が止まった。

 顔面に包帯を巻いた男のせいだろう。だがそれも一瞬で、客たちはコガイに向けて手を振り。「よぉ、ミイラ」「久しぶりだな」と皆それぞれ声を掛けてきた。

 コガイはこの店。いや、この店の客たちとは知己であると言う事が感じられた。コガイが一人一人に返事をすると、客たちはまた談笑に興じるのだ。

 店主と思われる男がコガイに向け、自分の前へ座れと顎を向ける。

 何時も座っている席なのだろう。

 コガイは真っ直ぐ席に着く。

 黒星は開いていたコガイの横に座り、トクロは黒星の横に座った。

 店主は注文も聞かず、瓶ビールを出すと、三人の前に並べる。

 トクロは注文もしていないものが出てきた事に驚いたが、瓶ビール一本を惜しむような懐具合では無い。

 黒星は初めて来た街の、初めて来た店で、この街の雰囲気を感じる。

 店の中はいたって普通。どこにでもある店だが、店主や客たちの様子は少々違う様だ。風貌、行動などはどの街にでもいる狩人ハンター達と変わりない、だか黒星は正体の分からない強烈な違和感に襲われていた。

 店主はコガイと何か話し込んでいる。二人の話を割ってまで喋りかける内容も無い。

 黒星は酒棚を眺めると、店主の後ろに散弾銃が掛けられている事に気が付いた。

 店主の趣味の物だろうと思う。

 ビールで喉を潤すと、また先ほどの銃が目についた。

 黒星は気づいた。

 あの散弾銃は見世物ディスプレイでは無く、ただそこに置いてあるだけなのだ。

 よく見れば、散弾銃の下には散弾が並べてある。しかもその散弾はコガイと同じ真鍮の散弾だった。

 その散弾銃から発せられる雰囲気は、その散弾銃が人を狙い、人を殺したものだと伝えてくる。 人の血を吸った銃が放つ雰囲気が黒星の感に囁いていたのかもしれない。

 ともかく黒星はその散弾銃が違和感の正体だと言う事にして、ビールを煽った。

「あぁ、そうだジェスティ。彼らは道中であってね、この街に何日か滞在するらしい」

 店主、ジェスティは親友ともいえる仲の男が連れて来た者に精一杯のもてなしをする事に決めた。

「あんたたちはどこか、もう宿は取ってあるのか?」

 ジェスティが黒星と所にそう尋ねる。

 生憎と初めて訪れた街。知り合いも居らず、当然この街の宿など予約している訳が無い。

 黒星は首を横に振る。

 ジェスティは黒星の様子に、カウンターの中で何かを操作した様だった。

「良ければ止まっていくかい? ココは二階で宿もやっててね」

 初めて会った人間を信用する事は危険だが、たった一日でもコガイからの害意は感じなかった。 そして同時に、ジェスティからは友人が連れて来た客人をもてなそうと言う気持ちが伝わってくる。

 敵対しているわけでもないのだ。

 トクロと黒星はジェスティに、泊めてくれるよう頼んだ。

「あぁ。わかったよ。後から鍵を渡すよ。貴重品は自分で管理してくれ。うちはそこまで強い宿ではないんでな」

 ジェスティは宿屋として当たり前の事を述べると、またカウンターの中で何かを操作していた。

 コガイは何が面白いのか、肩を揺らして笑っていた。

「どうしたんだ?」

 黒星が不思議そうに尋ねる。

「いやね、この宿が弱い何で言うからね …くくっ」

「本当にどうしたんだ?」

 黒星はコガイの言動が不思議でたまらない。

 それこそ企業系列の宿でも無い限り、セキュリティの面は脆弱である。そのために、ジェスティが言ったことは何もおかしい事では無いのだ。

「まぁ、そのうち分るよ」

 おかしそうに笑うコガイに巻かれるが、黒星としてはその話題を追求したいわけでは無い。

 コガイに巻かれることにし、出されたビールがぬるくなる前に飲み干す事にした。

 黒星は席を立とうとする。

「あ、そう言えば、この店では飯らしい飯は食えるのか?」

 重要な確認事項である。

 今までの宿や、店では飯を注文した際に、最低限のカロリーゼリーや、複数の錠剤、廃棄処分間近の行動食レーションが出される事も有ったのだ。

「あぁ、出せるぞ」

 ジェスティが答えたが、コガイがそれを邪魔する。

「やめておいた方が良い。コイツの料理は昔から不味くも無いが、旨くもない」

 黒星はコガイの言葉を聞いて、この宿で食事をするのは止める事にした。

「じゃぁトクロ、なんかやるんだったら連絡くれ」

 黒星はやっと席を立つと、消耗品の買い出しに行くと言って店を出て行った。




   ‡




 黒星はさっさと街に出たかったのだ。

 黒星にとってさっきの状況は、極上の美人を目の前に貞操帯を履かされた気分だった。

 街に出れば思った以上に普通の街である。

 他の街と違うとすれば、新興の街と言う事も有り最貧と言える層が少ないと言う事か。黒星が見える範囲では、それなりに年若い男女の姿以外は見えない。

 すなわち子供や、老人が居ないのがこの街と他の街との違いだと感じた。

 他の街と同様、通りに面した店が見えてきた。

 煙草の補給と、寂しい口を満たしに嗅ぎなれた匂いのする店へと立ち寄った。

「いらっしゃい」

 店員が店の前に立つ黒星に声を掛ける。

 黒星は右の内ポケットから煙草入れを取り出す。

「混ぜ物無し、と燃焼剤無しのレギュラー」

「ゴミ、お引き取りいたしましょうか?」

 店員は黒星の注文を聞き、最初に黒星の煙草入れに入るゴミを始末する。ごみを始末し終えると、棚から煙草を取り出す。煙草の葉がパッケージングされたパウチを取り出すと、違う棚から巻紙を取り出す。

 黒星に何かと特定の煙草の趣味は無い。あるとすれば煙管の趣味であり、紙巻は余計な味がしなければそれでいいのだ。

 黒星はパウチを手に取り、手感覚で重さをはかる。以前買った銘柄とは違う銘柄だった。ペーパーは以前買ったモノと同じで、店員がゴミを捨てる時に、同じものを出してくれたのだろう。

「いくらだ?」

「しめて、七百」

 千セルの紙幣を出すと、店員に押し付ける。

 買った煙草をポーチに居れていると、黒星はカウンターの中にシガーカッターがあるのが目についた。

「葉巻もやってるのか?」

「えぇ」

「何か吸われますか?」

 いつまでも紙巻では味気ないと、黒星は葉巻を吸う事にした。

 大雑把な注文で出されたのは、コロナサイズの葉巻。

 フラットカットで吸い口が作られると、ガスライターで火がつけられた。

 適度に火が点いたところで黒星へと渡された。

「いくらだ?」

 黒星は火の根を張らせる為に、何度か吹かした。

「千二百セルですね」

 黒星は端数を出すのが面倒になり、先ほど渡した千セルと合わせて会計をしたと言う事にし、千セル紙幣を一枚渡した。

 店員もそのことは分かったようで、千セル札を受け取ると黒星を送り出してくれた。


 煙を吐きながら考える。

「飯でも食うか」



  

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