計画その1、おもいでづくり
1
『支倉家 兄妹計画』
そう表紙に書かれたノートを覗き込むように、俺と遥は机に向かっている。
俺たちが本当の兄妹を目指すにあたって、まず何を始めていけばいいのか、そのための『兄妹化計画』。とにもかくにも、案がなければ何も始まらぬと、俺たちは作戦会議に打って出た。
「えー、これより、第一回・支倉家円卓会議を開催したいと思いまーす」
「わー」
ノートを開いて『さあどうすっか!』と無理にテンションを上げた俺たちは、なんとも中途半端なノリで会議を開催することにした。
全く抑揚のない声で手を叩いている遥だが、その瞳には期待の色が窺える。なんだかんだいって、こういうノリが楽しいのかもしれない。素面に戻った時、きっとものすごく微妙な、『俺たちはなにをしてたんだろう』的な気分になるとわかっているが、楽しそうな彼女を止めることができるだろうか。少なくとも、俺にはできないね。
「議長を務めさせていただくは、わたくし支倉善でございます」
「書記を務めます支倉遥です、以後お見知りおきを」
おうおう年齢の割に難しい言葉を知っているじゃないかと感心しつつ、俺は話を始め、遥はノートの一ページ目を開く。
「今日の議題は、『俺たちが真の兄妹になるためにまず何をしたらよいか』です。書記の遥さん、お願いします」
「は、はーい」
遥はなんとも気の抜けた返事をしながら、真っ白だったノートに『今日の議題・私たちが兄妹になるための第一歩』と、少し大きめの字を書いた。
相変わらず整った字だ、素直にそう思う。
「それでは、まず俺たちはどんなことから始めていけばよいのでしょうか。意見のある方は挙手をお願いします」
「はい議長」
「はい書記の遥くん、どうぞ」
それにしても俺たち、ノリノリである。
「やっぱり兄妹で大切なのって、思い出……、とかそういうのだと思うんです」
なるほど、一理ある。
兄妹に大切なのは共に過ごした時間ではない、そう俺たちが結論付けたのはつい先程のことだ。過ごした量ではなく密度だと、質であると、そう言いたいわけだ。共有してきた思い出、記憶といったものが、二人を兄妹と有らしめる。
うんうん、十分説得力がある。遥の意見に賛同するように、俺は黙って頷いておく。やるじゃないか、最近の小学生は。
「なるほど」
「な、なので、思い出をたくさん作っていくのがいいと思います」
「オッケー、具体的にはどうしたらいいかな?」
うーん、と唸りながら遥は頭を抱えている。
「遊びにいったり、買い物に行ったり、旅行してみたり、とか……?」
「よし採用」
その言葉を聞いて、書記の遥は『思い出づくり』とノートに記した。自分の意見が通ったからだろう、ほんのちょっぴり嬉しそうな顔をしている。
確かに思い出を作っていくことは重要だろう。なにせ、俺たちは出会ってからまだ数時間しか経っていないのだ。兄妹らしい思い出もくそもあったものじゃない。
しかしこの数時間でここまで距離をつめることができたことは、本当に良かったと思う。俺は元々、あまり人付き合いの上手な人間ではない。見ている感じ、遥も同じだろう。そんな俺たちが、この短時間で打ち解けることができたのは、やはり兄妹同士何か通ずるものがあったのかもしれない。
案外、あっさりとすぐに、本当の兄妹らしくなれるかもしれないな。
「じゃあ次は善さん、なにかありますか?」
「……はい?」
「はい?じゃないですよ……。私が意見出したんだから、次は善さんの番です」
心底呆れたと、言わんばかりの表情でこちらを見つめてくる我が妹。やめろ、そんな目で見るんじゃあない。お兄ちゃん死にたくなってくるよ。
「パス」
「ありません」
「スキップ」
「……UNOじゃないんですから」
「リバース」
「二人で意味あるんですか、それ……」
「ええい! 議長権限で次も遥だ!」
「頭痛い……」
とうとう頭を抱え込んでしまった。ごめん、ダメな兄でほんとごめん。
しかしまあ、あれだよ。こんなボケとツッコミの応酬が可能なくらい、俺たちは仲良くなっているということだよ。何も案が思いつかない的な、言いだしっぺのくせして何も考えてない系のあれでは決してないのだよ、うん。
「はあ……」
そう俺が言っても、遥は溜息をつくばかりである。そればかりか、哀れみを込めた表情で俺を見ている。
マジごめん、ほんと使えない兄でマジごめん。
「とにかく、善さんもなにか案を――」
「それだ」
「……?」
俺はふと思い出したかのように、そう呟いた。
俺が意図するところがまるでわからないというような感じで、遥は首をかしげている。
「敬語だよ、敬語。それ、兄妹っぽくないと思うのよね俺は」
今まで遥との会話に感じていた微妙な違和感を、口にした。
確かに打ち解けてはいる、仲良くなってはいる。しかし、どこか兄妹らしさを感じない会話だな、とはずっと思っていたのだが、その原因をようやく見つけることができた。
俺もよく知らないが、兄妹ってのは基本敬語を使うものではないだろう。ましてや、兄に『さん付け』というのもいかがなものか。
「なるほど……」
「な? そうだろ? な?」
案だしてやったぞそれみろほらみろ、と言わんばかりに高圧的な態度をとる俺は、確かにこの瞬間地球上で最もみっともない兄であったに違いない。
「……でも私、敬語はクセみたいなものなんですよね……。あまり、タメ口? というのを使ったことがなくて……」
「わかった。じゃあ敬語は徐々にやめていけばいいさ。それにしても、兄に『さん』はないと思うのよ」
「確かに……」
そう言ってうつむき、うんうんと唸り始めてしまった。きっと俺をこれからどのように呼べばよいのか考えているのだろう。無理もない。つい先刻まで、俺は兄ではなく、ただの『支倉善』という一回り以上も年上の男だったのだから。
そんな男にいきなり敬語を使うなというのは無理な話で、そしてなんて呼べばいいのかもわからない。そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
「じゃあ一回、ものは試しに、『善さん』以外で俺を呼んでみよう」
「え、えと、えと……」
ああ、とうとう俺も『お兄ちゃん(はぁと)』と呼んでもらえる日がくるのか。お兄ちゃん、だなんて、アニメや漫画だけにしか存在しないと思っていたというのに。ところがどっこい、現実です、これが現実。妹というミステリアスでファンタジスタな存在は、確かに存在したのだ。しかもこんな可愛らしくて、素直でいい子が。そんな子が、俺のことを、愛を込めて、『お兄ちゃん(大好き)』と呼んでくれるだなんて。
感無量です。
「そ、それじゃあ……」
コホン、と遥は咳ばらいをする。緊張しているのだろうか、すこし頬が赤い。
さあ、ぜひ、ぜひに。俺をお兄ちゃんと呼んでくれ。もうこの際お兄様でも構わん、いやむしろいい。素晴らしい。
いや待てよ、兄さん、というのも中々ニッチではないだろうか。いやいや落ち着け俺、ここであえての兄貴、というのはどうだろうか。刺々しい呼び方ではあるが、遥のような清楚の塊みたいな女の子が兄貴と呼ぶのも、ギャップというやつがあってよろしいのではないでしょうか。
やべえ。妹よ、兄は変態かもしれない。
いやしらん、そんなの知らん。なんでもいい、さあ遥、俺を兄と呼ぶがいい。
俺が期待に胸を膨らませていると、静かに、けれども力強く、遥は口を開いた。
「――ぜ、ゼン」
嗚呼、神よ。
支倉家の兄妹化計画 稀山 美波 @mareyama0730
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