7
『じゃあさっきまでの長ったらしい難しい会話はなんだったんだよ』と言わんばかりの顔で、妹は兄を見つめている。
「考えたところでわからないさ。だけど幸い、俺たちにはちゃんとした血の繋がりがあるんだ」
忌々しい血だけどな。
「ゆっくりいこうぜ、遥。もしかしたらさっき言ったみたいに、時間が大切なのかもしれないし、そうじゃないかも知れない。大事なのは、兄妹らしく、仲良くやっていくことだと思う」
「ふふっ……、そうですね」
ちょっと困ったように、けど嫌悪は感じさせないような笑みで、遥は笑う。
深いことは考えなくていいじゃないか。一歩ずつ、一歩ずつでいい。確実に前へと進んでいけばいい。俺たちは着実に、本物の――本物にも負けない兄妹になっていけばいい。そのためにな何をすればよいかなんて皆目見当がつかないが、手探りでいいさ。
「と、いうわけで、これだ」
本当の兄妹となるための足掛かり、手探りの第一手となる『それ』を、床に置かれたビニール袋から取り出す。
「ノート……、ですか?」
俺が取り出したのは、A4の罫線ノート。表紙の色が違う5冊がセットになって売られていたもので、シンプルなデザインの、世間一般で俗に言う『大学ノート』というやつだ。
中卒の俺には、何故『大学ノート』と呼ぶのかわからない。しかし、遥の筆記具として買っておいて損はないだろう、と購入したものだ。
その使い道を、今思いついた。
俺たち支倉兄妹が、本物の兄妹となるための足掛かり、手探りの第一手。
「何か書くんですか?」
遥の質問には答えず、ニヤリと小さく笑ってやる。
何も言わない俺にひたすら首をかしげる遥をよそに、ゆっくりと床へ腰をおろし、机の上にノートを置く。『いいから見とけ』という俺の意図を汲み取ってくれたのだろうか、遥も黙って腰をおろした。
これまたコンビニで購入したサインペンをビニール袋から取り出し、それらの包装をゆっくりと剥がしていく。口を開かない俺たち二人の間に、ビニールの包装がぺりぺりと剥がされていく音だけが駆け抜ける。
「……」
ノートの表紙にサインペンを走らせると、キュキュキュ、と独特の音が響く。何を書いているのだろうと、遥がノートを覗き込んでくる。
「『支倉家 兄妹化計画』……?」
サインペンのキャップを閉めたところで、遥はノートの表紙に綴られた文字を読み上げた。『支倉家 兄妹化計画』。サインペンの太い方ででかでかと書き殴った文字は、シンプルなノートの表紙で異彩を放っていた。
「そう、『兄妹化計画』だ」
異彩を放つその言葉を我が物にしようと、噛みしめるようにそう呟いた。
「……えっと」
「大事なのは、兄妹らしく、仲良くやっていくことだと思う……さっきそう言ったよな?」
困惑している遥にそう声をかけると、彼女は黙ってゆっくりと頷く。
「ただ、仲良くするために俺は何をしたらいいかわからん。遥、お前、友達は多い方か?」
「え……、普通……ですかね」
「そうか。俺は全然いない」
遥は何と言ったらよいかわからないという顔をしていが、構わず続ける。
「同年代の人間と仲良くなる術も知らないんだ。一回り以上違う女の子と仲良くなる方法なんて、いよいよわからん」
「……そう、ですね」
「だからこその、この『兄妹化計画』だ」
そう言って、ノートを持ち上げ、パンパンと2回叩いてみせた。
「わからないなら、2人で色々考えていこうじゃねえか。俺たちが仲良く――兄妹になるために、どうしたらいいか。そのための――」
「兄妹化、計画」
その意味を確認するかのように、遥はゆっくりと言葉を紡いだ。
俺たち支倉兄妹が、本物の兄妹となるための足掛かり、手探りの第一手。それがこの『兄妹化計画』だ。どうすれば俺たちが本物の『兄妹』となれるのか、その作戦をこのノートに綴り、実行する。言葉にすれば陳腐なものだが、俺たちにとってはいいコミュニケーションツールとなるだろう。
「そうだ。このノートが、この『兄妹化計画』が、俺たち兄妹のスタートだ。初めて出会う、まるで赤の他人の俺たちが、兄妹となるための」
「兄妹の、スタート……」
「よし、そうと決まれば、だ。第一回の作戦会議といこうじゃないか、『兄妹化計画』の、さ」
そう言って立ち上がった俺を見上げ、遥は満面の笑みを浮かべる。
「……はい!」
力強い、意思の籠った返事だった。
兄妹とは一体何なのか、何をもって兄妹となるのか、そして俺たちは本当の意味で兄妹になれるのだろうか。俺たちの求める答えが、はたしてこの生活の先にあるのかは、全くもってわからない。
それでも俺たちは、二人で歩んでいかねばなるまい。このボロっちいアパートの中で、その答えを探すため、必死に、けれど焦らず、ゆっくりと。
かくして俺たちの、俺と遥の、支倉兄妹の、『本当の兄妹』を目指す生活が、始まるのだった。
さて、なにから始めていこうか。俺の心が、どこか高揚しているのを感じる。
三月二日、日曜日、天気は快晴。
俺たち『兄妹』の門出には、もってこいの天気だった。
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