⚫︎青糸が紡ぐソロパート

ノクターン 1

 春。真新しい制服をまとい、降りしきる桜の花びらから逃げるように、学校への道を歩いた。高校くらいは、と少し折った膝上のスカートは、春先にはやはり寒く、少し後悔し始めた。

 

 買ったばかりのローファーが、僕の足をひんやり冷やしながら、道に落ちた花びらを踏みしめる。卒業したばかりの中学校へ背を向けて、高校へと向かう。ふと、お店のショーウィンドウに目を向けると、そこには少し背伸びした自分の姿が写っている。

 

 僕が通う学校は、校則が緩いため、髪を染めたりするのは自由になっている。現に、同じ新入生でありながら、派手な髪色の子もちらほら見える。

 

 中学校では平凡すぎる生活を送っていた僕にとって、髪を染めるのには勇気が必要すぎた。暗い色とは言えど、毛先にかけて紺色のグラデーションがかかっている自分の髪を見て、思わず苦笑してしまう。「ちょっと気合入れすぎたかな」と呟いた僕の声は、通り過ぎた車の、大きなBGMにかき消されてしまった。もう一度気合いを入れて、再び歩き出した。これからが楽しみで、スキップしそうになる僕を抑えるかのように、軍服がモチーフとされたカッコいいいデザインの制服が僕の身を包み込んでいる。




 ついに校門の前まで辿り着き、祝 入学 と大きく書かれた赤い文字に、自然と口角が上がっていくのが分かった。広々と広がる校舎を前に、心臓の鼓動が速くなっていく。大きな深呼吸を一つして、かばんひもをかけ直し、その紐をギュッと握って、私は校門をくぐった。


 


 教室に入って席に座り、そわそわしながら過ごしていると、隣に座っていた女の子に話しかけられた。


 「やっほー。初めまして、私、茉綺まきって言います。高野茉綺こうのまき。よろしく!」


 にこっと可愛らしい笑顔で笑ったその子は、白くて小さな、いかにも【女の子】という手を差し出してきた。肘をピシッと伸ばして、僕にむかって、真っ直ぐ。


 「僕は夜宙よぞら。よろしく!」とその手をとると、ギュッと握られる。思ったより強かった力に驚きながらも握り返すと、満足そうに微笑んだ。


 「夜宙って呼んでいい?」と聞く彼女に、「もちろん」と返し、今度は僕が呼び捨てで呼んでもいいか聞く、という初対面でありがちな会話を少しする。


 「夜宙の髪の毛、めっちゃ綺麗な色してるね、いいな〜」と言いながら、茉綺は煤竹すすたけ色の自分の髪をいじった。僕は茉綺の髪、綺麗だと思うけどな。


 「自分の髪色は嫌じゃないけど、傷みやすくて好きに髪染めれないんだよ。就職とか、面倒なことにならなきゃいいけどさ〜」


 「そうなんだ。地毛が茶髪っぽいって憧れてたけど、確かに大変だよね」


 「そうなんだよ!それでね ———」


 茉綺が言いかけたところで、教室のドアがガラリと音を立てて開いた。すると、赤い眼鏡をかけた教師と、沢山の上級生が入ってきた。


 「皆さん初めまして、ご入学おめでとうございます。本日より担任をさせていただきます、相川です。宜しくね」


 そう言ってふわりと笑ったその先生に、クラスの男子生徒の中に、何人か頬を染める者もいた。そして、上級生が少し前に出たかと思うと、一人一人が私達新入生の横に並んだ。


 え、何、なんもされないよね!?校則緩いけど髪染めててなんかムカついたからボコるとかそんなんじゃないよね!?


 少し、いや、大分だいぶ緊張していると、相川先生から説明があった。どうやらこの高校では、毎年、上級生が新入生にお祝いとして名札をつける風習があるらしい。黒が基調とされた制服に合う、金色に輝く名札が、先輩によってつけられた。


 カッコいい。周りにははしゃいでいる生徒もいる。入学した実感が湧いてきたのだろう。先輩にお礼を言った後、キラキラ光る名札を、まじまじと眺めてしまう。


 「夜宙!やばい!めっちゃカッコいい。え、どうしよ!」


 そう言って大きな目を輝かせてこちらを見る茉綺は、僕の名札を見た途端、キョトンとした顔になった。そりゃそうだろう。だって僕の名札には


 「あれ、夜宙。苗字は?そう言えば、名前言った時も言ってなかったよね」


 「あはは、うん。話せば長くなっちゃうから今はやめとくけど、色々事情が合って…」


 眉尻が下がってきて、あげた口角がピクピクした。


 「そ、そうなんだ。まあ誰だって事情の一つや二つあるからさ、気にしないで!というか、言いづらいこと聞いちゃってごめんね?」


 「ううん!全然大丈夫。後で時間がある時、話すから」


 せっかくたかぶっていた気持ちを冷ましてしまったことに申し訳なさを感じながらも、茉綺の優しさに胸が温かくなった。


 


 その後、何事も無かったかのように話していると、入学式の時間になった。沢山の拍手と共に出迎えられる。ヒーターがほとんど意味を成していないくらい冷たい空気に、手がかじかんでいく。でも、それさえも幸福に感じるのは、行きたい高校にようやく通えるからだけじゃないはずだ。


 希望と不安。なんていう月並みな感情に、心躍る自分がいて、それほどまでに自分がこの高校に行きたかったのだと改めて思う。長い長い話をいくつも聞いて、ただひたすらに終わるのを待つこの時間でさえも、興奮でうずうずする僕は、結構重症だと思う。


 大きな失敗もない高校デビュー。青空の下、明るい太陽に照らされた春色の風が、窓の隙間から僕のほおを撫でた。

 

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カルテット 通行人B @otoufu

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