ボクセルワールドの秘密

ちびまるフォイ

箱入り惑星

「ねえちょっと電池買ってきて」

「なんで俺が」

「だって、外寒いんだもん」

「もう春だろ」

「カレンダーではね」


押し切られる形で俺は寒空広がる外へと追い立てられた。

最近は異常気象で夏なのに寒かったり冬なのに暖かったりする。

もはや毎回異常気象になっているならそれが平常なのではとも思う。


「お客様、電池をお探しですか」

「ええ……」

「でしたらこちらのハイパワーエンドレスエターナル電池がおすすめです」

「普通ので……」

「普通の電池を買うよりもずっとコスパいいですよ!」


俺は店員に負けてまた買わされてしまった。押しに弱いらしい。

帰り道で信号を待っていると、向こう側におばあさんが立っていた。


信号が変わり横断歩道を渡っていると、おばあさんは転んでしまった。


前のめりにころんだ表紙に頭の箱のフタが開いて、

中身の箱が道路にコロコロと飛び出した。


「あっ、大丈夫ですか!?」


「すみませんねぇ、年を取ると足元がよく見えなくて」


「はい、あなたの箱です」


俺は落ちた頭の中の箱をおばあさんに渡した。

おばあさんは箱を頭の中にしまうと、頭のフタをして頭皮シールを貼った。


「加齢とともに粘着力が落ちるのよ」

「はあ……」


まさか人間の頭が外れるとは思わなかった。


生まれてからずっとすべて四角形しか見たことがない。

すべて密封されているものと思っていた。


俺の頭も、体も、足も、手も、石も、家も、空も。

この世界ではなにもかもが四角形だけで構成されている。


でもフタがあるなんて知らなかった。


「他にもフタがあるのか……?」


おばあさんの頭のフタが外れたことがきっかけで、

他の四角形にもフタの部分があるのではと無意識に探すようになった。


「ワンワン!!」


「うーーん。フタの外れる場所はどこだろう」


近所のイヌをまじまじと見つめてみる。

体の中央部分にわかりにくいがフタらしき境界線があった。


「えい」


フタを開けてみると、イヌの体のフタを開けることができた。

中には小さな箱がマトリョーシカのように入っていた。


「やっぱりだ。あのおばあさんだけじゃない。

 この世界はすべて四角形の"箱"で構成されていたんだ」


ガラスに映る自分を確かめる。

頭には髪の生え際あたりにうすい線が見える。


爪をたててカリカリとかくと、爪の先がフタに引っかかり頭皮ごとフタが外れた。

俺の頭も箱でできている。


体も心臓の周囲にはフタらしき境界線が見える。

でもこっちはフタを開けて心臓止まったら怖いので触れなかった。


『ちょっと! 電池買うだけでどれだけ待たせるのよ!』


「やっべ」い


姉からの怒りの連絡が飛び込んできた。

自分のフタ検証から現実に引き戻され、慌てて帰路に戻ろうとしたとき。


わずかに地面からめくれ上がっている部分を見つけた。


「これは……」


少し引っ張ってみると、地面に線が走り蓋が開く。

隠し地下通路でも隠されているかと思ったがそうではなかった。


「まさか、この星……地角のフタか?」


すべての星は四角形でできている。

そのことは昔、衛生写真で星の形を見たことがある。


でもただの四角形ではなかった。


「この星も箱だったのか!」


フタの先はどこまでも伸びていく。

持ち上げた星のフタの隙間に体を滑り込ませて中に入ってみる。


中も予想通りだった。


少し落下した後、すぐに内部にある地角の箱に降り立った。

マトリョーシカのように箱の中には箱が入っていることを知っている。


星の内部に第二の星を見つけたことで、

プライベート惑星として好き勝手するのも考えたが興味はむしろ深淵に向かった。


「この切れ目……ひょっとして、この箱にもフタがあるのか……?」


ちょうど降り立った星の内部の大地には切れ目が見えた。

指でひっぱるとフタが開く。よく見ると置くにもまだ星が入っているようだ。


――これは行ってみるしか無い。


体が入れるくらいの隙間を開けて、体をフタの下へ滑り込ませる。

わずかの落下の後、内部にある星へとたどり着いた。


そして、この内部の星にもフタがついている箱となっていた。


こうなればどこまで続いているのか試したくなり、

フタを開けては内部へ、より深淵へと向かっていった。


地角内部にある星はどんどん小さくなっていく。


最上位層は広大な土地だったのに今ではマンホール大ほどしかない。


「よいしょっ、よいしょっ」


フタを開けてなんとか体を滑り込ませる。

たどり着いた最奥には指輪が入るほどしかない小さな箱だけがぽつんと置かれていた。


「これが……最後の箱、か?」


最後のフタを開けると中には、四角形の乾電池が2本入っていた。

製造年月日はだいぶ古く普通に使っていたらもう寿命だろう。


それを見たとき、自分の頭の中で何かがつながった。


「異常気象が続いていたのは、電池切れが原因だったのか……?」


夏なのに寒かったり、冬なのに暑かったり。

それは地角の電池切れによるものだったのかもしれない。


「そうだ! 電池!」


しかも運良く手元には「ハイパワーエンドレスエターナル電池」がある。

俺は中の電池を取り出し、地球の核へと入れ直した。


箱の外ではゴォォォと息を吹き返したように轟音が鳴り響く。


「よかった。これで何もかも元通りだ」


俺は入ってきたフタを内部から開けて外へ出ていく。

上位層の箱にたどり着いたらまたフタを探し、来た道を戻ってゆく。


最後のフタを開けたときだった。


「こ、ここはいったい……!?」


フタをさかのぼってきただけなのに、外の景色は激変していた。

木々も動物も人間も建物もない。


だだっ広い平原がどこまでも続く不毛の土地にたどり着いてしまった。


「道を間違えるはず無いのに、どうしーーうああああ!」


フタから体を出した瞬間。

強力な遠心力で星の外へと吹き飛ばされてしまった。


星に振り落とされて空へ打ち上げられる。

そこで高速で星が回転していることに気がついた。


「電池変えるんじゃなかった……」


やがて俺の体は他の生物や建物と同じように、振り落とされた星周囲のデブリに巻き込まれた。







その後、四角い惑星は爆速の回転に伴う空気抵抗で角が削れ、「地球」と呼ばれるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボクセルワールドの秘密 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ