6
「今のわたしは、とても不安定な状態なんです。
私から離れると、彼女は辛そうに顔を歪ませて続ける。
「わたしは、もう二度とここには来られません。ここに来ると体に負担がかかるんです。もう、わたしの体が遷移に耐えられない……だから、これでお別れです。でも、最後にお父さんに抱きしめてもらえて、本当に嬉しかった……さよなら、お父さん」
彼女の体が半透明になり、それもどんどん薄く変わっていく。私は思わず叫ぶ。
「待ってくれ! 妻は……元気なのか?」
「ええ。元気ですよ。未だに独身で、三鷹のアパートに住んでいます」
「!」
私もだ。未だに彼女と暮らした思い出のアパートに住んでいる。
いよいよ彼女の姿が消えそうになる。しかし、もう一つだけ、私にはどうしても彼女に聞きたいことがあった。
「最後に教えてくれ! 君の名前は?」
「……マリ、です」
かすかな声を残して、彼女は消えた。
「!」
もう間違いなかった。その名前は、お腹にいるのが女の子であることが分かったときに、生まれたら付けようと妻と約束していた名前だった。日本人としても、アメリカ人としても通用するような、女の子の名前として……
だが、不意に私は恐ろしい考えに思い当たる。
今のはひょっとして、何もかも私の妄想だったのではないか? 幻覚だったのではないのか?
しかし……
私のワイシャツは、彼女が先ほどまで流していた涙で、ぐしょぐしょに濡れている。
そして。
「……ICレコーダー!」
そう。私の胸ポケットには、録音状態のICレコーダーがあったのだ。早速再生してみる。
「!」
彼女との会話の一部始終が、完全に記録されていた。
全て、現実だったのだ。
次の瞬間。
私の視界が一気にぼやける。
「う……うぐっ……」
嗚咽が漏れる。がくり、と両膝が床につく。私はその姿勢のままで、ひたすら涙を流し続けた。
確かに彼女は私の娘だった。だけど、もう二度と彼女には会えない。そう思うと胸が張り裂けそうだった。
しかし。
突然、天啓がニュートリノのように私の意識を貫き、瞬時に嗚咽と涙を止める。
そうだ。
彼女が会いに来られない、というのなら、こちらから会いに行けばいいではないか!
そう、私が私自身の研究を完成させれば良いのだ。娘に出来たことが私に出来ないはずがない。何と言っても元々のアイデアは私のものなのだから。しかも、彼女は重大なヒントを残してくれた。
量子力学じゃなくて、量子重力の枠組みで考えろ、か……
分かったよ、マリ。今度は私が
涙を拭いて立ち上がると、私は書棚の隅から、すっかり
(了)
エトランジェの涙 Phantom Cat @pxl12160
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