第4話




 あれ?なんだここ、暗いな。

 またさっきと同じとこか?


「――……!」


 声がする。

 でも、アンリの声じゃないみたいだ。


「――……! ――……さま!」


 あー、女の子だ。声からして絶対カワイイ子だ。

 あれ、でもなんで女の子?


「……さま!アンリ様!」


 アンリ!?


 知ってる名前を聞いた瞬間、全身に力がみなぎるのを感じた。


「ああ、良かった! アンリ様、気が付かれたのですね!」


 感涙にむせぶ、ってこの事だ。

 そう思いながら声の主を見ると、やったぜやっぱりカワイイ子!

 赤い髪は無造作な感じで編み込まれていて、顔のサイドに垂れる短い毛先はふわふわとうねっている。でもボサボサって感じじゃなくしっとり纏まってて、なんて言うか、外国のすごい巨匠が描いた天使みたいだ。涙で光る緑いろの瞳とか、鼻のところにうっすら浮かぶそばかすとか、日焼けはしてるけどきっと色白なんだろうなって分かる肌の感じとか……。

 とにかく、めっちゃキレイな子だ。


「皆に伝えて参りますので、しばしお待ちを……」

「え……あ、ま、待って、ちょっと待って!」

「?」


 手を伸ばし、その場を離れようとした彼女の服をつかんだ。

 あ、やっべ。

 こんなことしたら俺、痴漢と間違われちゃうじゃんか。


「ご、ごめん。その……」

「あっ、お水ですか?」

「え? いや、今はいい。じゃなくて」


 ゆっくり体を起こして、あたりを見渡す。

 ぱちぱちと音を立てる暖炉の火、石みたいな素材の壁と床。薄暗く感じたのは、灯りがろうそくしかないからのようだ。

 俺はゆっくり息を吐いてから、不敵な笑みを浮かべた。


 やっぱりな。

 思った通りだ。


「お嬢さん」

「え、あ……はい」


 彼女は、怪訝な表情を浮かべて俺を見上げる。

 俺は、できる限りカッコいいつもりでにっこり笑って見せてから、一言言い放った。


「ここ、どこ?」







「大変だ、困ったことになったな」


 それは俺のセリフですから。


「どうにかならんのか? とにかく、また医者を呼んで来なくては」


 それは俺も同感です。


「うまくいけば、3日ほどで戻って来られるだろう」


 えっ、そんなにかかるの。


 俺の周りで騒ぐ男たちの言葉に心の中で合いの手を打ちながら、俺は途方に暮れていた。

 俺は自殺の練習をしようとしてベンチから落ち、気付けばよく分からないところにいた。そこにはアンリ・ヴェレーヌという奴もいて、そいつもどうやら自殺志願者らしかった。

 で、話している内に空間がぐにゃぐにゃし出して、アンリとは別の方向に引っ張られていったんだけど。


 どうやら俺、アンリと入れ替わってしまったらしい。


 鏡で確かめたら、びっくりするくらいの男前が映ってたので素直にびっくりしといた。

 金色の髪、青い瞳。まばたきしたらバサバサ音がしそうなまつ毛。肌は、さっきの女の子と同じように、白人が日焼けしたみたいな感じでちょっと赤くなってたけど、目鼻立ちははっきりしていてマジ綺麗だなお前! って思わず叫んでしまったほどだ。

 目が覚めた時に隣にいた女の子――サーシャっていうらしいんだけど、そのサーシャの説明によると、


「領主様、厩の前でお倒れになっていたんですよ。頭を打ってらしたようだったので屋敷に運んで、すぐにお医者様を呼んだのですけれど」


 ってことらしい。

 ちなみにお医者様に診てもらえたのは倒れてから3日後で、それから更に2日、眠り続けてたみたい。

 診察してもらうのにそんなにも日数がいるなんて……ものすごーく不便な世界に生きてたんだな、アンリは。

 とにかく、サーシャから聞いた状況と、あの変な空間でアンリが話してた身の上話は合致してるし、入れ替わりはほぼ間違いないと思う。


 いやもうホント大変だよね。

 領主様、だって。

 ぼく、いま領主やってんの。


 なんだよ領主って!俺何したらええんや!?そもそも領主って言葉の意味もよく分かんないんですけど!


「大丈夫ですか?」


 村人Aが話し掛ける。

 だいじょばない!って言いたかったけど、ここは大人しくうなずいた。


「それより、ダリア先生はまだ来ないのか?」

「サーシャから一報を受けた後すぐ、エレックが呼びに行くと言っていたんだが……」

「先生の家は村はずれにあるから、ここに着くのに時間が掛るのは仕方あるまい」


 ダリア先生、エレック……。なんか、新たな登場人物が出てきたよ。

 ダリア先生は、名前からして女性だってことは分かる。しかも”先生”が付いてるってことは、教師か何かかな? エレックはまあ……村で一番足の速い少年、ってとこかな。

 いやまあ、ぜんぶ俺の勝手な妄想なんだけどな。


「わりぃ、遅くなった!」


 部屋のドアが勢いよく開く。驚いてそちらを覗き込むと、男の子が膝に手をついて息を整えている姿が目に入った。


「ダリア先生は連れてきたのか?」

「ああ。歩くのがあんまり遅いから、おぶって運んできた」

「……いやしかし、お前一人の姿しか見当たらんが」

「ここの階段なげーんだって! つかおれ、ずっと走ってここまで来たんだぞ!? これ以上もうがんばれねーよ!」


 つまり、階段のとこに置き去りにしたってわけか。

 村人たちは顔を見合わせてなにごとか相談し、結局4,5人の若い衆が下へと降りて行った。


「あ、のー……」


 ざわめいていた部屋が、俺の一声によって急に静まりかえる。

 あ、やめて、この感じ。和気あいあいとしていた教室に俺が入った瞬間しーんとなるとかいう恐ろしい記憶が蘇っちゃうから!


「どうしました、領主様」


 村人Aが再び俺に声を掛ける。

 さっきも思ったんだけど、この、ザ・木こり! ってな感じの男くさい風貌とは打って変わって、その声はとても優しくて、何となく懐かしい感じがする。


「あ、いや、その……」


 こんなに注目される中で聞いていいことなのかどうか分かんないんだけど。


「ダリア先生って、誰?」


 俺がそう聞いた途端、サーシャがワッと泣き始めた。


「ああ領主さま……、おいたわしい!」


 サーシャのその嘆きに感化されたように、周囲の村人たちもしょんぼりとうつむいて、なんか葬式みたいな雰囲気になってしまった。


(あーもう……。やだなあこの空気感)


 アンリと入れ替わる前、俺が篤史おれとして生きていた世界のことを思い出してしまって、思わず深くため息をついてしまった。母親はいっつも泣いてたし、父親も弟も俺と目を合わせようとしない。ホント、今と同じような状況だったんだけど、根底がすでに違ってるんだよな。

 この人たちはアンリのことを慕っていて、だからこんなことになってしまって落ち込んだり悲しんだりしてる。でも、俺の家族は、さ。俺に失望して、俺を疎んじて……俺を思ってくれてたんじゃなく、俺という厄介な人間がいる現実を憂えていたんだ。

 だから、なんて言うんだろう、家族が篤史おれに向けた気持ちがこの人たちと同じ質のものだったら……「がんばれ負けるな」じゃなく、ただそっと寄り添ってくれるような、そんな優しさが少しでも見いだせていたなら、もしかしたら俺は……。




 

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キンキラ従騎士と小太りニートの人生アドベンチャーテイル よつま つき子 @yotsuma_H

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