第2話
エヴィナは思わず溜め息をついた。横で鼾をかいている男を見ると、いよいよバカらしくなってくる。これから重罪人を捕らえに行くというのに、私たち2人は少し錆び臭いが、のどかな星でゆったりとローバーでドライブをしているのだ。見つからないようにローバーでなければならないと言い張った張本人は隣で寝入っている。よくよく考えてみれば、ローバーだろうと宇宙船本機であろうと、音は大して変わらないのだ。そもそも、気づかれたからといってあちらが逃げられるわけでもないだろう。
この旧型ローバーはスピードが遅く、一向に目的地に着く気配がない。そして隣の上官も起きる気配がなかった。もう一度溜め息をつき、これから捕まえなければならない筈の罪人のデータに目を向けた。
[氏名ミナ=ハクトウ 年齢27才 、元OETD所属ヴォリーダ3開発最高責任者。]
そこまで読んで、エヴィナは眉をひそめた。「宇宙船ヴォリーダ3」と聞いて、まだ記憶に新しい5年前の墜落事故を思い浮かべた。300人が一挙に太平洋に沈んだという、巨大宇宙船の墜落事故だ。民間では最大の宇宙開発組織だったOETDが行った計画で、トラプシャ-2のb惑星へ移住を目的にしていたらしい。だが墜落後、組織幹部の多くが失踪し、事故の全貌が解らない。画像解析の結果、機体が逆噴射し海に沈んだとわかった。しかし、それは操縦士が意図的にしなければあり得ない。エヴィナも墜落の瞬間を目にしていたが、大気圏に向かって尾をひきながらまるで自ら向かうようにして海に落ちていっていた。
2年前機体と共に沈んだと思われていた開発者が生きていることが解り、5年経った今ようやくその足取りが掴めたのだった。
「おい。そろそろ着くぞ。」
あくびをしながら言われた。
「はい。」
データベースを閉じて、タブレットを折り畳み胸ポケットにしまう。上官がローバーを停止させた。呼吸マスクをつけ、左右の扉からそれぞれ外に出た。思いの外大きな、白いドーム状のシェルターが建っていた。
「どこから入りますか。」
グルシヤ上官に聞いた。
「入り口が見当たらないな。このまま壁に穴開けよう。」
私は頷いて、腰のベルトから銃を取り出しレーザーで壁をくりぬいた。
ビービービー ビービービー
中では警報の音が響いていた。栄養ゼリーの袋が並ぶ食料庫らしき部屋を通り抜け、地下への階段を降りた。下には緑色の液体が入った培養槽が、ぎっしりと並んでいた。部屋の奥にコンピュータ機能の付いた机があり、さらに奥に車椅子に乗った女性がいた。
「動くな。」
グルシヤ上官が厳しい声で言った。
私は彼女の後ろにまわり、首筋に銃を突きつけた。彼女は大人しく従い、両手をあげ、もっていたペンを放した。
「ついてきてもらう。」
上官が言うと、
「私、足が使えないのよ。押してくださる?」
と私に聞いた。
私は小さく頷いて銃を下げ、彼女の椅子を押しローバーに向かった。銃は威嚇だ。大人しければ必要ない。
後部座席に車椅子を固定し、その隣に私も座った。抵抗はしていないが、ローバーを乗っ取られてはもともこもない。念のため彼女の腕に注射針を刺し、発信器を注入した。グルシヤ上官が運転席の液晶を操作すると、行きのスピードが嘘のような速さでローバーが走り出した。宇宙船本機に着くまで一時間もかからなかった。。
落日の星 橋本千雄 @132326
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