落日の星

橋本千雄

第1話

カラスの鳴き声が聞こえる。

そんな気がして片目を開けると、眩しい光が窓からさしていた。嗅ぎ慣れた錆の臭いで、鳥の声など聞こえるはずがないことを思い出した。ベッドから起き上がり、ゴワゴワな髪を掻きむしる。抜けた数本の髪の毛を目の前に持ってきて、眺めながら苦笑した。伸ばすことも櫛で梳かすことも止め、毎日錆び臭い風を受けていれば、ストレートの黒髪は痛んだ赤毛に変わる。白い陶器ののような肌を宝物にしていた私が、今のような未来を見れば自殺したかもしれない。

5年前。この星に来てから、見せる相手がいなければ、美貌は無用の長物だと知った。横を見れば今の私の大切な宝物が眠っている。自分の命よりも大切なもの。この子は、手も足も胴も顔も無くなってしまった。脳も緑色の培養液に入れられているが、時々信号を発する。まだ心はあるのだ。体がなければ私が作ってあげればいい。それだけが、名誉も仕事も夫も失くした私の生き甲斐。他に生きる目的など無いと思っていたけれど、カラスの鳴き声で目を覚ます故郷の生活に、まだ未練があるなんて思っても見なかった。

ベッドから車椅子に移動した。車輪を押しながら、壁際の青く光るボタンを押した。その下にあるへこみに、カサリと音を立ててゼリーの入った袋が落ちてきた。シェルターの中の食料は、百年暮らして余る程ある。恒星の光で、エネルギーにも困らない。水も地下水をろ過すればよい。ずいぶん都合のいい星があったものだと思う。私はあの子の体作りに没頭できる。

吸い終わったゼリーのからをダストシュートに入れるといつも通り、机の前へ移動し、車椅子を固定した。液晶を叩くと、作り途中の眼球が表示された。もう一度タップすると3Dに浮き上がった。作業を始めようと、セラミックのペンを持った時。

ビービービー ビービービー

と、警報がなった。このシェルターにプログラムしたとき以来、聞いたことのなかった警報だ。

水はあるが、生物のいない星。シェルターから半径五キロメートル以内に、生き物が立ち入らなければ鳴らない。警備システムを立ち上げ周辺映像を見ると、青のローバー車体が映っていた。大きさからして、人が乗っているようだった。そのローバーが監視カメラに近付いたときの画像を拡大すると、青い円に白いロゴが入ったマークがついている。それを見て、私は息を飲んだ。国際警察が来たのだ。



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