『たまらん箱』がもたらしたもの

霜月秋旻

『たまらん箱』がもたらしたもの

 高校三年の浦須間太朗は、友人を自室に招き入れて雑談していた。

「お前の部屋、ゲームもなければテレビも無いし、つまらねえな。そろそろ帰るわ」

 そう言い放って帰ろうとする友人に、太朗はとっさに「危ない!」と叫んだ。友人の足元に、カメムシが這っているのに気付いたのだ。太朗の呼びかけにより、なんとか友人はカメムシを踏まずに済んだ。


 その夜。寝ている太朗の枕元に、一匹のカメムシが飛んできた。そのカメムシが出した強烈な匂いにより太朗は目を覚ました。すると目の前に、ダークブラウン色のスーツを身に纏った少女が立っていた。全身からカメムシのような異臭を放っていた。

「私はカメムシの妖精、カメコです。先ほどは危ないところを助けていただき、有難うございました。そのお礼に、あなたを私の住む城にご招待いたします。おもてに車をご用意しております」


 太朗は家の前には高そうなリムジンと、執事のような男が二人立っていた。その二人に太朗はハチマキで目隠しをされ、リムジンに乗せられ、リムジンは走り出した。道中ずっと、太朗は車内を漂う異臭に苦しめられた。そしてようやくたどり着いた城からも、強烈な異臭がした。早くも帰りたくなったが、帰り道がわからないので諦めた。


 城の中に案内され、太朗はカメコの父親と対面した。見た目は全然、人間と変わらなかった。

「ようこそ、カメムシの王国へ。私はこの城の主であり、カメコの父、カメオと申します。うちの娘を助けていただき、誠に有難うございます。これは私からの、ささやかな気持ちです」

 カメオの側近の男は太朗に、太朗の胴体ほどある大きな箱を手渡した。その包みからも強烈な異臭がしたが、折角くれたものを返すのも申し訳ない感じがして、太朗はとりあえず受け取った。

「その箱は、蓋を開けた者に幸福をもたらす『たまらん箱』です。」



 家に帰ってから、太朗はおそるおそる『たまらん箱』を開けた。すると開けた瞬間、白い煙が太朗の視界を覆った。煙が晴れると、太朗の部屋にとんでもないことが起こっていた。

 五十インチの液晶テレビに、最新型のテレビゲーム、パソコン、タブレット、スマートフォン、ハイレゾ対応コンポ、ふかうかのソファ、ふわふわのベッドなど、前から太朗が欲しがっていたものが太朗の部屋に一気に現れた。

 太朗は快適な時間を過ごした。ゲームし放題、ネットサーフィンし放題、音楽聴き放題。なにか欲しいものがあれば、イメージしながら『たまらん箱』を開ければ、お金でさえもすぐに出てくる。この『たまらん箱』があれば一生困らずに生活していける。太朗はカメムシに感謝した。



 それから月日が流れ、太朗は三十歳になった。社会に出て働くなどということはなく、『たまらん箱』によって満たされた毎日を過ごしていた。外に出ても、身に付着した『たまらん箱』が発する異臭によって周りから煙たがれる。それを理由に、外に出るということをしなかった。毎日が同じことの繰り返し。次第に心も脳も体も、動きが鈍くなっていった。見た目はずいぶんと老けていた。


 そんな暮らしを続けていたある日突然、『たまらん箱』は突然消えて無くなった。太朗は青くなった。両親は既に他界し、自分が働く以外にお金を手に入れる方法が無い。あわててバイトを始めたが、お金がなかなかたまらない。欲しいものがすぐ手に入る生活に慣れてしまっていたので、金が入ればすぐ、欲しい何かを買うために使ってしまう。我慢するということが出来なくなっていた。ヤミ金に手を出すようになり、やがて太朗は多額の借金を抱え、行方をくらました。




「人間とは、愚かな生き物だな…」

 カメムシの王国。主、カメオは手に持った『たまらん箱』を見つめ、薄笑いを浮かべながらそうつぶやいた。

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『たまらん箱』がもたらしたもの 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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