おかしな戦争 四

メルグルス

次回予告——

 源氏蛍千兵衛は、一族郎党を地元集会所に集めていた。重々しい空気の中、代表格の日一夏ぴぃなつ、代表格と違いがいまいち分かりづらい亜門土あもんど、色違い白護摩しろごま黒護摩くろごま兄弟、いっそのことしそ巻きにしてぇッ、が口癖の美其みそ死其しそ姉妹、ピリリと刺激的な辛口レビューアー翔雅しょうが、そして殺し屋の叉血夜まっちゃ。源氏の里の各幹部が一堂に介するのは異例の事態であった。


 彼らは、長年に渡る戦争の時代を、多種多様な血族を生み出す事で、熾烈な生存競争に打ち勝ってきた。中には、小豆一族のように失われた血統もあったが、仲間の尊い犠牲を糧にして彼等は生き延びてきたのである。各血族の幼子達が庭先で楽しそうに遊ぶのを眺めながら、一族代表の源氏蛍千兵衛は目を細めて空を見上げた。


「聖戦とはのぅ……」

昨夜、子飼いの忍びである「父好ぱぱごのみ」に、かの独眼竜萩月まで密書を届けさせた。萩月公が都を離れれば、北の三人衆をはじめ、虎視眈々と東北の領域をつけ狙う悪鬼羅刹、魑魅魍魎共が一斉に襲いかかってくるだろう。そうなれば、彼らの様な幼子達の未来は容赦なく踏みにじられることになる。それだけは何としても防がなければならない——


 だが、もしも聖女トラピスタが争いを望んでいないのならば、どうにか和平に繋げることが出来るのではないかと甘い考えが浮かぶ。

 事実、聖戦の幕開けとともに冷獣が解き放たれただけでなく、終わりの国に封ぜられたかの魔神までもが、目覚めようとしているのだ。もし仮に、魔神が目覚めてしまえば、蝦夷地の連中とて、我等に構っている余裕などない筈……


「ふぅ、いかんのぅ」

源氏蛍千兵衛は、ついつい希望的観測を抱いてしまう己の弱い心を戒めた。


「さて、そろそろ儂は行くとするかの」

「いよいよ、起つ時がきたのですね?」

日一夏が背後から訪ねた。


「いや、犠牲は儂だけでよい」

「何を馬鹿なッ!」

「我等は共に参る覚悟であります!」

源氏蛍千兵衛の予想外の回答に皆が驚き声をあげる。


「——叉血夜や」

源氏蛍千兵衛が一人の名を呼んだ途端、辺りに沈静効果のある粉末抹茶が舞った。驚きと共にそれを吸い込んだ者達は、次々とその場に眠る様に倒れていく。そう、源氏蛍千兵衛はあらかじめこうなる事を予見して、叉血夜に命じていたのだ。しばしの間、皆を眠らせておいて欲しいと。


「——後は任せたぞ」

源氏蛍千兵衛は、振り返ることなくそう言うと、床下に隠された昇降機に乗り、地下深くへと一人で向かったのだ。とはいえ、抹茶粉をばら撒いた叉血夜までもが眠りこけていた事を彼は知るよしもなく、決め台詞を昨夜から今朝までずーっと考えていた努力が水泡に帰したのを知り得なかったのはある意味で幸いであったのかもしれない。


 ごぅんごぅんと唸る昇降機に身を任せ、ひたすら地下深くを目指す。その頃にはもう、先程まで幼子達を優しく見つめていた千兵衛の姿はなかった。ここにいるのは、そう——『特務機関GENJI』の司令官「蛍ゲンジイ」

なのであった。


 昇降機が最奥に辿り着くと、蛍ゲンジイの正面に位置する扉が自動的に開いた。彼がその薄暗く、円形の部屋の中央まで至ると、赤い間接照明が地面を照らしだす。そして——


『——我等を呼び出しておいて、遅かったじゃないか蛍ゲンジイよ』

顕になる、7枚の煎餅モノリス。蛍ゲンジイを囲む様にそれぞれ数字が描かれたソレが鎮座していた。


01——テイストチェック

02——POTA×2

03——マガーリ

04——大爆笑

05——オ=ランダ

06——幸福全回転

07——ソフトビーガン


 彼等こそ、長年にわたり世界を裏側から支配してきた『秘密結社セーベ』の面々。


 その存在は、暮らしの中にごく自然にありふれているが故に、大衆は知らず知らずのうちに彼等に心を支配されていて、新たな勢力の参入を許さず、冒険心を奪われ、購入決定に際しては、その意思すらも操られていると言われているのだ。


『蛍ゲンジイよ、我等全員を呼び出すとは何事だ』

「いえ、大したことではありません。少々報告事がありまして」

『つまらん時間稼ぎはよせ、我等が何も知らぬと思ったか?』

「はて、何のことやら」

『笑わせるな、事実の隠蔽は君の十八番では無いか』

「流石はセーベの皆様方。ならば、私も包装袋で包み隠さず全てを告げましょう」

言って、それまで俯き加減だった顔を正面に見据えて、薄ら笑う。


「塩醤味文書ベースの契約改定の時が来ました。これでお別れです」

『何を馬鹿な……』

『基本味を無視して冒険したところで、我々に訪れるのは文化の消失に他ならなのだぞ!』

「だからこそです」

『まさか、原人を復活させるつもりかッ!』

「その通りです」

『ならん!』

『よもや、あの惨劇を忘れたわけではあるまいな? なかったのだよ、ツキダテの地に原人なんてものは。アレは、神の手ともてはやされたホラ吹きが生み出した虚像に過ぎぬのだ』

「確かに、あの時は存在しなかった。けれど、今はあるのです」

『何——』

言うや、蛍ゲンジイの足元に映像が映される。


『こ、これは——』

煎餅モノリス達が驚きの声をあげた。さもありなん。そこにはあったのだ。失われし幻の原人の姿が。


「期間限定原人型決戦兵器『源氏版センベリオン』チョ号機」

聖戦のためだけに調整された、その趣旨コンセプトは単純にして明解であった。纏わせたのだ加加阿カカオの糖蜜を、源氏蛍千兵衛にッ!


「セーベの皆々様方におかれましては、聖戦は土俵が違うと、戦うことを放棄して久しいのではないですかな?」

言うや、懐から霧吹きを取り出した。


『なッ!? 何をするつもりだ!』

「あなた方も魂の形ブランドイメージを確立したとはいえ、知恵の実あじつけを与えられた生命体せんべいだ」


 ——シュッ


 蛍ゲンジイが射出した霧が、07ソフトビーガンの表面に付着した塩味を洗い流すと、声も出せずに煎餅モノリスの一つが沈黙する。


『止めろ! 止めるんだ!』

06が騒ぐが、すぐに07と同じ道を辿った。


05、04——調味されたパウダーとタレを流されて、次々と沈黙していく。


「悠久の時を生きることは出来ても、われわれと同じく、訪れる死からは逃れられない」


03——


「死を背負った群れせんべいの進化を進めるために、あなた方は我々に文明を与えてくれた。人類せんべいを代表し、感謝します。死をもって、あなたがたの魂をあるべきところへ帰しましょう」


02——


「宿願たる原人類補完計画と、諦観されし終わりの国の魔神殺しは、私が行います。ご安心を」


01——


残った煎餅モノリス、01テイストチェックが最後の言葉を口にする。


『我らの願いは既にかなった。良い。すべてこれで良い。原人類の補完。やすらかな魂の浄化を願う——』




「源氏版センベリオン——発進」

蛍ゲンジイの言葉が誰もいなくなった区画に寂しく響いていた。

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