第6話

 


 遅刻しているカメラマンを煽りに会長は店を出た。

 俺と明日香はスナック特有?のベルベット調の、ワイン色をしたソファに座って待機となった。


 頼む、マジで急いでくれ……!


 事は一刻を争う、これは俺だけの問題じゃねぇ。 商店街活性化どころか、 “壊滅” の恐れがあるんだ。



「さっきの電話、町田さんでしょ?」


「ああ、信じられない事だが、由那は解き放たれた」


「変な言い方ね、でも大丈夫でしょ? どこにいるかなんてわからないだろうし」



 俺だってそう思う。 いや、そうとしている。

 つまり、 “希望的観測” ……という事だ。 そんな甘い考えで事を済まさせてくれる相手じゃねぇ。


 奴は……



 ―――来るっ!!



 女の勘は鋭い、なんて言うが、由那のそれは別格だ。

 脳みそに難しい処理機能が無い分、野生の勘は麃公ひょうこうクラス。 完全なる本能型だ、火のつけ所現場を必ず見つけ出す筈……。


 どうする……何とか素早く撮影を終わらせ、明日香と離れなければ………。



「っ!?」


「……震えてる」



 突然、明日香の両手が俺の膝に置かれる。

 寄り添い、見上げてくるその双眸は、クラスの奴らが恐れる “冷たい女” とは思えない、穏やかな優しい瞳だ。



「明日香……」


「本当は、怖くない癖に」

「え……」



 本当は、怖くない?

 怖ぇけど………めっちゃ。



「初めて、篤人くんと町田さんが一緒にいるのを見た時、なんで私から離れたのか、思い知らされた」



 話しながら、明日香の瞳の色が寂しく変わっていく。



「あんなに楽しそうに笑う篤人くん、見た事なかったから……」


「た、楽しいっつーか、アイツは手がかかるし、行動が危なっかしいだけで……」


「ええ、そんな目の離せない “好きなひと” 、離れられる訳ないよね」



 そういう捉え方、するか? まぁ、そうなのか……もな。



「私にも 、“それ” をちょっとくれただけ」


「……は? なに言ってんだ?」


「いつも棘だらけで、クラスで孤立してる私に、篤人くんはバカみたいに話しかけてきて、どんな酷いこと言っても、仕方ない奴だなって顔してた」


「そんなつもりは……」


「そんなつもりもなくて、そんな事出来る人が “面倒臭がり” ?」


「俺は、面倒は嫌いだ」



 それは心から本音でそう言ったのに、明日香はまた表情を変えやがる。 今度は、なんだか熱を持った顔で、



「篤人くんはね、優しいおせっかい」

「それは、認めねぇ」


「だから………好き」



 明日香の体温がもたれかかって来る。


 熱を持った横顔が、俺の胸にそれを伝えてきて、それは、外側だけじゃなく、内側の “胸” まで届きそうな危うさだ。



「私も、少しは変わった。 見たいと思ったから、 “私で” 、その顔を。 だから、前よりきっと、篤人くんを笑わせる自信……あるから」



 まるで明日香が、俺の身体なかから話してるように感じる。


 やべぇ……やべぇって………。



 でもな、明日香。 悪ぃけど俺は 、“嘘つく” ぜ。



「………めんどくせー」



「…………うん」



 なんだよ……それ。

 人の事言えねーけど、明日香お前もお前で、大概だぞ。


 その後は、しばらくお互い黙っていた。

 俺は何か考えている訳じゃなく、多分明日香も考えてなくて、感じていると思う。


 そして、それを終わらせたのは開くドアの音。



「おっ待たせー! 準備出来たから、さっそく撮影しよう!」



 会長、ベタに現れてくれてありがとう。

 やっと活躍したな。


 俺は明日香をそっと離し、名残惜しそうな顔に負けず声をかける。



「行くぞ」


「そうね、それなりに堪能したから」



 可愛くねぇ、いつもの明日香に戻ったな。 じゃ、俺も少し意地悪してやるか。



「明日香」

「なにかしら」



「お前も、震えてたぞ」

「っ!………」



 おお、おお、雪女が真っ赤になってんぞ?

 たまにはいいんじゃねーの? そういうとこクラスの奴らにも見せれば、もっと楽しくなると思うけどな。


 満足した俺は、先に立ち上がり背中を向けた。 その時、背後から予期せぬ反撃が……。



「篤人くん」

「あ?」



「もっと好きになったけど、どうする?」


「……ああ、そう」



 どうするって、お前それは―――。



「めんどくせぇ」



 俺は面倒臭がりの藤井篤人だからな、忘れるなよ?


 それを聞いて、明日香がどんな顔をしていたのかは見ない事にした。 もっと面倒臭くなる気がするからな。


 歩く俺の後ろからは、付いて来る明日香の気配がする。 でも、それとは別に、俺には感じたんだ。



 ―――さっき手がかかると言った、 “手に負えない” 奴の迫って来る気配を………。


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