第7話

 


 ポスター撮影は商店街のアーチをバックにして行われるらしい。

 俺と明日香は立ち位置に誘導され、俺は南ヶ原商店街のマスコット、 “みなみちゃん” というふざけたおかっぱの猫を持たされた。

 まぁ、レオタードでリボン持った猫じゃなくて良かったと心から思うが。

 明日香は片手にメンチカツを持たされている。 学生の買い食いを連想させるとは思うが、俺の知った事ではない。 早く撮影が終わる事を願うのみだ。



「よーし、じゃ始めよっか。 二人共にっこり笑顔で頼むよ〜」



 笑顔……か。 この追われるような心境の中、俺は笑えるのか? それに、明日香も笑うのは得意じゃな―――は……?


 な、なんだ? 明日香お前、何そんな自然に笑ってんだよ。



「きみきみ〜、彼女に見とれてないでこっち見てよー」


「あ、ああ……」



 別に見とれた訳じゃねぇが、正直、驚いた。



「別に、一生見ててもいいのよ、篤人くん」


「俺はゲーマーであって変人じゃねぇ。 ただ、明日香が 少し、“変わった” と思っただけだ」



 今はそんな事考えている場合じゃない、手早く撮影を終わらせる事に集中しなければ。


 仕切り直して、また撮影が再開されようとした時、



「……見つけた」



 恐れていた声が撮影を止め、俺の鼓動も一瞬止まった。


 は、撮影関係者をまるで存在すらしないかのように、俺に向かって近づいて来る。



「なんだいきみは? 悪いが今……」

「会長、そいつは俺の客だ」



 そいつは、会長と目も合わせずに通り過ぎ、俺の前で立ち止まった。



「由那、どうしてここがわかった、なんて野暮な事は聞かねぇ。……ただ、だけだろ?」


「うん。 あっつんはやっぱり私のこと良く解ってるねっ」



 やはりか……。 我が彼女ながら、恐ろしい奴。



「だが、わからねぇ事がある。 どうやってあの拘束ベルトから脱出した?」


「ぇえ? そんな事聞かれるなんてショック。 私のこと、理解してくれてないの?」



 してない訳じゃねぇが……出来れば理由が欲しい。

 寧ろこれは、俺の彼女が普通の女の子であって欲しいという、 “願望” だ。



「引きちぎった」

「やっぱりね! お前は繋がれざる者ミスター・アンチェインかっ!」

「誰がビスケット・オリバやねん!」



 全く……女子でその返しが出て来る辺り、まともじゃねぇって。



「お久しぶり、の倉西さん」


「そうね、・元カノの町田さん」



 はぁ、めんどくせーのが始まったな。



あっつんを無断で借りてどういうつもり?」


「許可取ればいいの?」

「んなもん出すかいっ!」



 予想通りやり合う二人、俺はマスコットの “みなみちゃん” と上着を明日香に預けた。



「篤人くん?」



 なんだろうこの気分、やられるとわかってて挑むサブキャラみてーな?



「由那」


「わかってるよ、あっつん。 何か事情があるんでしょ?」



 そう言って由那は優しい笑みを浮かべ、俺の腹にぽんと小さな拳を当てた。



「あ、ああ、話聞いてくれる――ッ!!」



 ―――寒気を感じた。


 俺の腹に当てたままの由那の拳が、から信じられない威力とスピードで放たれた。

 本能的に致命傷の危機を感じた俺は、身体を横に飛ばし、何とか直撃を避けた……が。



「お……おおっ!?」



 わ……ワイシャツ、切れてますけど……?



「篤人くんっ!!」

「だ、大丈夫……かなっ? 多分!」



 は、腹まで切られたかと思ったが、助かった……。

 つーか、



「なに新技披露してくれてんだ由那っ!」



 とにかく、話を聞く気はねぇな。



「干した布団にね、拳を当てた状態で突き破る練習をしてたの」

「そのキッカケいいっすかぁ!?」



 どうせお前のことだ、 “なんだか出来そうだからやってみた” ぐらいのもんだろうが……。



「私を拘束してまで……その女と会いたかったの……」


「ち、違う! これはポスターモデルを頼まれただけだって!」


「お “死” おき、だね。 あっつん……」



 くぅ……す、すげぇプレッシャーだ……。

 由那の気が狂って……いや、が高まっている………!



「……明日香、離れてろ。 これは、かつてない危険な香りがする」


「貴方を置いてなんて行けない、一緒に始めたんだもの、終わる時も一緒よ」


「あ、明日香……ってもう大分離れてますねぇ!」

「今の台詞どうかしら?」

「悪くなかった! でもなんか、なんかなぁって感じっ?!」



 言いたかっただけかい! とりあえず、俺も少し距離を取るか。 何が出て来るかわかんねぇからな。



「いくよ……あっつん」



 囁くように呟く由那。



「べ、別に来なくても―――なっ!?」



 な、なんだ……? 由那が―――四人いる……! まさか……。



「や、やめろ由那! その “門” は開けるなっ!」



 だめだ、聞いちゃいねぇ。 “四門は死門” 、どの門を開けても結果は“死” あるのみ。

 コイツ、どの門を開けるつもりだ……!



「はっ! と、翔んだっ……?」



 ――― “朱雀” かっ!



「やめろ由那っ! 時代は “陸奥” を求めちゃいねぇッ!」



 その素速さに俺は完全に由那を見失い、その殺傷行為を止める声を上げるしか出来なかった。


 その時、



「――えっ………ダレ……?」



 な、なんだと……?


 翔んだ、としかわからなかった修羅由那の神がかった動き、それを……その腕を掴み止めた?



 ―――会長おっさんがぁぁ?!



「きみきみ〜」


「………」



 その人の良さそうな顔で、ニコニコと笑いながら由那に話しかける会長。

 繋がれない、止まらない筈の自分が止められた、それもこんなメタボのおっさんに。 その事をまだ理解しきれていない由那は、呆っとした顔で会長を見上げている。



「よく見たらさ、きみもすっごい可愛いよね!」



 。あの動きを……。



「きみも穂波高校の生徒さんなんだろ?」


「……私は……違う……」



 由那……? なにその綾波的な口調?



「そっかぁ、それなら違う格好しよーよ、着替え用意するからさっ。 きみもモデルやって欲しいなぁ」


「………はい」



 急に大人しくなった由那。 まぁ、俺は助かったけど……。



、戻れない場所もある。 君みたいな可愛い女の子がくぐる “門” じゃない」



 ―――おっさんダレやねん。



「………はい」



 隠していた?謎の力を発揮し、渋キャラを演じる会長。 あの由那が、その言葉にはただ素直に返事をする。



 てかアレ? 由那もモデルやんの?


 俺、彼女と元カノと並んで撮影………ですかぁ?!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る