第2話
放課後。
「日誌書こうか」
「う、うん。あ、私書くから、矢野君は内容考えて?」
「内容かあ。そっちの方が難しい気がするけど?」
矢野君が笑った。
西日の差す教室で、机を挟んで矢野君と向き合う。机、結構小さいんだな。矢野君の前髪が私の前髪に時々あたってくすぐったい。全神経が髪に集まったみたい。矢野君の髪って、日に透けると茶色になるんだな。どきどきする。
「森木さんの字って丸っこいね」
「そ、そうかな?」
「女の子らしい字」
「ありがとう、でいいのかな」
そんなこと言われたら、書きづらいよ。でも、でも、女の子らしいって嬉しい!
「あ」
不意に矢野君が声を発した。
「どうしたの?」
「森木さん、左手の中指」
どきりとした。気づいた。矢野君が気づいた。
「うん、昨日お母さんの料理の手伝いしていてちょっと怪我しちゃったの」
嘘だった。
「そうなんだ? お手伝い、偉いね。それ、キティちゃん? 可愛い絆創膏があるんだね。俺も左手の中指、一昨日怪我して絆創膏」
知ってる。だから怪我もしてないのに自分の指に絆創膏を貼ったのだ。
「お、おそろいだねっ!」
そう言って顔を上げて矢野君を見ようとすると、ごつんと音がした。びっくりして目を上げると矢野君の顔しか見えなかった。近い。近いよ。さっきのは……。
「あ、あははっ」
矢野君が笑い出した。
「ふ、ふふふっ」
私もつられて笑ってしまった。
「でこ、痛くない?」
「うん、大丈夫」
「こっちもおそろいだね」
矢野君の言葉。
「う、うん……!」
日誌を書き終わって、職員室に出しに行く。
今日はあっという間の一日だった。矢野君とお揃いの絆創膏に触れる。一日を振り返って、思わず微笑んでしまう。いい一日だった。
あれ?
「? 矢野君、まだ帰ってなかったの?」
「うん。森木さんって○○町の方だよね? 俺も方向一緒なんだ。遅くなったし、一緒に帰ろうかなと思って」
サプライズだ。
「うん、一緒に帰ろう」
私は満面の笑みで返事をした。矢野君も笑った。ちょっと恥ずかしそうな笑みだった。
日が沈もうとしている。
地平線が橙色に染まって、空気まで橙色になったみたい。
「綺麗だね、夕焼け」
「うん」
私と矢野君はポツリポツリと話しながらあるいた。
「あのさ、森木さん、今日唇に何か塗ってるの?」
「!」
矢野君が気付いた!
「う、うん。今日は色付きリップを塗ってるんだ」
「ふうん」
矢野君はこっちを見ないでそう返事した。なんだか拍子抜けだ。
がっかりして歩いていると、
「それ、可愛いかも」
こっちを見ないまま矢野君がそう言った。夕日のせいなのか、矢野君の顔が紅く染まっているように見えた。
「え、えっと……ありがとう」
しばらく無言で二人で歩く。
「あ、私、こっちだから……」
「あ、うん。じゃあね」
このまま別れちゃうのかな。それはいやだな。どうしよう。どうしようかな。
「あのっ!!」
矢野君が振り返る。
「今日、矢野君と日直、楽しかったよっ」
胸が痛い。顔が熱い。でも言いたかった。
矢野君がこっちに歩いてきた。
「うん。俺も楽しかったよ」
にっこり矢野君が笑う。ああ、こんなにもこの笑顔が愛しい。私、やっぱり矢野君が好きだ。
「森木さん……」
矢野君がちょっと言い辛そうに口を開く。
「……色付きリップは、いつもはつけない方がいいと思う、な……」
つぶやくような声で矢野君が言う。
「え?」
「キスしたくなるから」
そっぽをむいた矢野君の口からもれた言葉。矢野君の耳が紅くなっていた。
「ええ!?」
「な、何でもないっ。じゃあね、森木さんっ」
「え、ええ?!」
矢野君は走っていってしまった。
えっと……。これはどういう意味なのかな。心臓がバクバクいって、思考が麻痺してしまう。
えっと……。期待していいのかな。期待しない方がいいのかな。わからない。明日、どんな顔をして矢野君に会えばいいのかな。わからない。どうしよう。
でも……。気持ちもおそろいだといいな。
了
おそろい 天音 花香 @hanaka-amane
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