私と父と猫又の44日
さのまゆみ
私と父
私の父は帰宅後の晩酌が好きだ。ほぼ毎日のようにまたたび酒を飲んでいる。これを造っている酒蔵はここから遠い場所にあるらしく月に一回宅配便で届く。
父は酒が好きだが酒に弱い。すぐに赤くなる。そしてそうなると大きな声で誰かと会話するように喋りだす。
「そうそう、だからそいつが怒っちゃって。俺なだめさせるの大変だったよ。だよなぁもう少し落ち着いてほしいよなぁ」
小さな頃から見ているので気にはしていない。酔っ払いはこういうものだと思っている。だから私は酒は会社の飲み会で少し飲むくらいだ。酒が弱いのは遺伝したが独り言は受け取らずにすんでホッとしている。ちなみに父愛飲のまたたび酒は飲んだことがない。正直どんな味か気になるが飲もうとすると父がうるさいので早々に諦めた。酔っ払いを敵に回すと面倒臭い。
そんなまたたび酒はいつものように宅配便で我が家に届いた。箱から出して父のグラスに氷を二つ。またたび酒を3分の一ほど注いで残りを水で満たす。見様見真似だが文句は言うまい。いや文句は言えない。
私のコップにも同じようにまたたび酒の水割りを作り、乾杯の意味を込めてグラスにカツンとぶつける。そのグラスが置かれているのは仏壇だ。そしてその横には父の写真。
数日前父の葬儀が終わった。
酒飲みだから肝臓ガンで死ぬと思っていたが交通事故であっさり死んだ。今度海釣り行くから竿新しいの買ったと言ってたのに使うことなく死んだ。その竿は釣り仲間に形見分けとして差し上げた。私が持っていても意味はない。泣きじゃくりながら受けとった彼はその竿で大物を釣り刺身にして私くれた。その刺身も仏壇に供え適当にチーンと鳴らした。
「うまそうでしょこの刺身。父さんの買った竿で釣れたからある意味父さんのおかげだね。ちなみに本日はカツオの刺身もあります。これはスーパーで買ったやつ。たまたま重なったんだよ。もちろん皮付き。茶碗によそった熱々炊きたてご飯でこれを挟んだらこれまた熱々のお茶を注ぐ。カツオのお茶漬けにするんだ。いいだろー」
酔ってないのに独り言は続く。カツオのお茶漬けも、マグロ赤身細切れのなかからトロを見分けるコツも父さんから教えてもらった。くだらないことから大切なことも教わった。休日よく一緒に出かけた。父さんは友人にそれを自慢してたけど親孝行になれていただろうか。頭の中に父との思い出が駆け巡り、気づけば泣いていた。
「バーカバーカバーカ!還暦祝いしてまだ一年だぞ!今の日本人男性の寿命より短いぞバーカ!このお酒は私が飲んじゃうからあの世で悔しがれっ!」
私のコップに注いだ酒をぐっと飲む。
「げほげほっ!」
思い切りむせた。しかしなんだこの味。不思議な味としか言えない。よく毎日飲んでたな。料理酒として使えたらいいかなと思ってたけど多分使えないだろうなぁ。
『おいおい大丈夫か?』
「な、なんとか」
ようやく落ち着いた時、私は自分の耳を次に目を疑った。
先程聞こえたのは死んだ父の声で、今私の目の前にいるのは死んだ父と尻尾が二つの猫だからだ。
私と父と猫又の44日 さのまゆみ @sanoharamayumi
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