第11話 最後の次の日

 翌朝、大坪は、家中の窓をすべて開けて、オカメインコのオカメちゃんのいる鳥かごの出入り口を開けた。

 オカメちゃんの選択に任せるのである。

 死んでしまう前に大空へ羽ばたきたかったら、窓から逃げたらいい。しばらくオカメちゃんは鳥かごの中に留まっていた。

 やはり、ヒナの頃から数えて二十年近く世話をして、可愛がってきた鳥だ。まさか逃げるわけもあるまい。

 わかった。さいごまで私と一緒にいたいのだな。

 そう思い、窓を一枚一枚閉めていった。

 さいごの窓。

 ベランダの窓を閉めようとしたとき……おかめちゃんが大坪の横顔のすぐ傍を飛んで大空へと羽ばたいていってしまった。




「なんだよ馬鹿野郎。世界終わるんじゃなかったのかよッ」

 稲田穂積は、鏡の前で世界を呪った。

「チキショウッ! めっちゃ日に焼けちまったじゃねーかッ」

 なんだろう。別の人種にでもなったみたいだ。

 この日焼けを隠すためのメイクを脳内で必死に検索している。

 …化粧下地はまずいつも通りでいいとして。

 …鍵になるのは、ファンデーションだ。カバー力のあるリキッドファンデを使う。

 …目が日焼けしたわけではないから、アイメイク、アイブロウはいつも通りに…。

 褐色の色はうまく隠せなかった。やればやるほど、ドラッグストア化粧品売り場担当の者とは思えないほどの、麻呂になった。

 しかもよく考えたら、顔だけじゃない。首も日焼けしているのだ。自分の顔を見たら、噴飯ものだった。マジで吹き出した。

「こりゃ、ダメだ」

 店に電話した。店長が出た。

「すみません、店長。世界が滅びなくてやっちまったうつ病で、当分の間有給を使わせていただけないでしょうか」

「…お、おい稲田。世界が滅びなくてやっちまったうつ病って、なんだ」

 ガチャ。

 電話を切った。





 守城攻次の勤務する病院である。

 ここは、災害が起こったときに拠点病院となる病院であり、地震が起ころうが、洪水が起きようが、揺らぐことなく、機能することになっている。

 そのためか、ガンマ線バーストの脅威があろうが、隕石落下の脅威があろうが、スタッフは何事もないような顔で、いつもの医療業務を行っている。

 さすがである、と守城は、関わるすべてのスタッフに敬意を表する。

 この日、各国が作戦に関わった日も、淡々といつもの業務を行っていた。

 数日後、寺社仏閣や公園にあるような巨大な岩……石碑に使われるような岩に、個人名を刻んだ事件が多発したことが、ワイドショーのメインを占める話題になった。

「ほらな。見ろよ。やっぱ俺みたいに石碑に名前を残しておこうってヤツらは、結構いるんだよ」

 勝ち誇っているのは、同僚の小川武である。

「オマエは、結局、刻んだのか?」

「刻んだよ」けろりとして告げる。

「どこに?」

「線路の高架の下の壁かな」

「不良かよ!」適当にツッコんでおく。

「ウソだよーん」

「じゃ、どこなんだ?」

「え? そんなに聞く? マジメに?」

「聞くよ。早く言え」

「俺の実家の庭にある火山岩みたいなバカでかい庭石。めっちゃ周りに誇示している岩なんだよなー。家族みんな、刻んでたぜ」

「へぇ…バカでかい庭石か。オマエんち、金持ちなんだな」

「うちは、親戚も含めてみんな医療関係の仕事してるんだよ。父は、歯科医師だし、叔父は、医師。でもって、叔父の奥さんが看護師、俺の従兄弟は、放射線技師で、弟は大学の医学部に行ってる。姉は病理医で、母は、薬剤師だ」

「そんなの初めて聞いた。どうでもいいことだがな」

 そんなことより、平和であることは素晴らしいことだ。オゾン層があるから、空は青い。青い空は、見上げていると気持ちがいい。きょうも、平和だ。

 その平和が、他の生き物たちの犠牲の下に成立しているものであったとしても。



                                 (了)

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世界平和 早起ハヤネ @hayaoki-hayane

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