第10話 最後の日
地球にガンマ線バーストが到達する、というその時。
各国がともに担当する空域にてロケットを飛ばし、オゾン発生機を解き放った。ロケットから切り離されるのと同時にオゾン発生機が切り離される仕組みだ。日本では北海道は大樹町にある発射場と、種子島の二カ所が選ばれた。
テレビ、ネットで全世界生中継である。
もう一度、
あの自分のためだけにかけられた優しいお言葉、ギュッと力強く握りしめてくれた手の感触、あれをもう一度体験しないことには死んでも死にきれない。
手に汗を握って画面にくぎ付けになる。SNSでは、世界中から成功を願うメッセージが続々と発信されている。
最初は、中国のオゾン発生機が解放される。続けて、日本のオゾン発生機だ。その次は、EUときて、インド、メキシコ、トルコと続く。すべて成功だった。最後は、アメリカだった。
アメリカのオゾン発生機は、何をどうミスったのか、切り離された瞬間、激しい炎を噴き上げて燃え尽きてしまった。実況している専門家の話によると、切り離すタイミングが早すぎたという。
SNS上で、アメリカの失敗に対するバッシングの嵐になった。
ところが、そのあと速報が入ったかと思うと、急に画面が切り替わり、アナウンサーが映った。
その話の内容が問題だった。
どうやら超新星爆発と見られる民間人からの報告を検証した人物が、「検証を誤った」らしい。その人物は、まだ新人スタッフらしく、天の川銀河の外で起こった超新星爆発を、もっと近いところで起きたものと勘違いしたようだ。
「なーんだ。ビビって、損しちまったなあ」
SNS上では、早くも、非難と安堵の嵐である。
ガンマ線バーストによる世界的な騒動から一ヶ月。
越前屋孝は、握手券を握りしめて、会場へとスキップして行った。
動物園にいる動物たち、いかなる種であっても、一匹一匹、残らず見て回った。
さいごの挨拶に来た、といえば感傷的でバカバカしいが、大学で生物の勉強をしていたとき、ヒトに失望して以来、動物たちが好きだった。
少年が動物を好き、というのとは違う。むしろ、希望を見出している、という感情に近いかもしれない。
ヒトがいなくなって、困る動物はいないが……ヒトジラミなど一定の動物を除いて……しかし、動物がいなくなったら、困る動物たちがたくさんいる。人間は、言ってみれば地球をむしばむ寄生虫だった。
昆虫館へ行った。
ルーペのついた覗き穴があり、そこを覗くと、無数のトビムシやダニが見られる。肉眼では見えないが、土壌を肥沃にしている陰の主役たちだ。
彼ら昆虫の方がずっと昔から誕生し進化し、種の多様性も豊かなのに、ヒトはその昆虫を大絶滅に追い込もうとしている。
ヒトが我が物顔でいる今の地球は、過去に何度も起こった大量絶滅の再現とも言える。将来の食糧危機を補うための昆虫食というものが話題になっているが、その昆虫が知らないうちにその種を減らし続けていることを知っている者が、どれだけいるのだろうか。
昆虫食を食う前に、昆虫は取り返しのつかないほどその数を減らしているだろう。
大坪は、ケージから一匹ずつ、昆虫を虫かごに移した。一定の数がたまったところで、裏山へ行き、逃がした。
どうせ放射線で死ぬかもしれないが、自覚的に行う偽善である。その調子で、どんどん昆虫たちをケージから解放してゆく。
大型の種を除いた爬虫類、両生類も同じようにする。鳥類も、檻から離した。中には、出ていかない鳥もいる。大空へ羽ばたく自由を忘れてしまったのかもしれない。
さすがに、もっとも数の多い哺乳類を解放するわけにはいかなかったし、できなかった。各種ケージを見て回った。必要なものには、食べ物をあげた。
「みんな、サヨナラ」
感傷的すぎるくらいの声で別れを告げる。むしろ、なにか悪い気になってくるのは、自分だけ逃げて彼らを置き去りにするみたいなシチュエーションだからだろうか。
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