水槽 (短編)

うちやまだあつろう

水槽

 2XXX年、ある一人の博士が一つの装置を開発した。とても巨大なアクリルのいたの向こうに、漆黒の水が並々と注がれたような装置だった。

 博士はその装置に「水槽」という名前をつけ、全世界に向けて発表した。


「博士、この装置は一体何なのですか?」


 一人の記者が質問した。すると、博士は


「これは、宇宙です。」


 自慢げにそう答えた。会見場がざわざわと騒がしくなる。


「宇宙……、というのは、どういった物でしょうか。」

「宇宙は宇宙です。」

「その『水槽』の機能というのは……?」

「この中に、小さな地球があります。」


 博士は背後のスクリーンに写し出された、小さな青い星を指差した。


「これが、『水槽』内の地球です。」


 しかし、それは現代の我々が知っているような地球ではなかった。深い青をした丸い星の上に、小さな大陸が一つだけしか浮かんでいないのである。


「我々の知る地球とは、違った形をしていますが。」

「そうです。現在のこれは、パンゲア大陸と呼ばれる大陸です。今から約二億と三千万年ほど昔の地球ですな。」


 再び会見場にどよめきが起こった。それを制して、博士は説明を始める。


「この『水槽』で、私は現在の地球とその周辺の銀河系、及び観測可能な宇宙を出来る限り再現したのです。もちろん、完全な再現とはいきませんでしたが、それでもかなりの再現度があると自負しております。」

「その『水槽』はどのような目的で開発されたのですか?」

「えぇ、実はこの『水槽』、流れる時間の早さを設定できるのです。」

「時間の早さ?」

「つまり、今から最大速度、我々の間を流れる時間の一千万倍の速度に設定すれば、二十五年後には、この地球の中に我々を発見することが出来るでしょう。」


 会見場にいた記者は、皆驚きの声をあげた。そして、次々にこの世紀の大発明を讃え始めた。


 博士は自らの研究室に戻ると、『水槽』を眺めながら一息ついた。


「博士、ものすごい反響です!」


 助手が電子媒体片手に駆け寄ってくる。その画面には、学術雑誌が表示されていた。


「当たり前だ。これさえあれば、我々が苦心して研究する必要はないのだから。」


 恐竜が闊歩している地球を眺め、博士は満足そうに言った。

 この装置による影響は凄まじかった。というのも、ほとんどの研究者がその研究を放棄してしまったのである。

 なぜなら、この地球が現代の時間までいけば、少し時間を進めるだけで、『水槽』の人間たちが代わりに研究してくれるからだ。

 つまり、この装置の発明によって、人類の文明はたちどころに止まってしまったのだ。


「さて、時間を早めてみるか。」


 博士はまるで、自身が神になったかのような錯覚を覚えた。いや、『水槽』内から見れば、正に神なのであるが、この装置を所有しているということは、もはやあらゆる知識と知恵が手に入ったようなものといえる。

 博士は、ゆっくりとコーヒーを啜りながら、装置の横にあるツマミをくるくると回した。


 ◇◇◇


 会見から二十数年、『水槽』での地球は段々と現代の姿へと形を変えていった。

 博士は慌ててその様子をインターネットで中継し始めた。全世界の人類が、その小さな『地球』を期待を込めて見守った。

 二十数年間停滞していた人類の文明が、遂に爆発的に動き出すのである。

 しかし、博士は突然頭を抱えた。


「こいつら、『水槽』を作り始めた……。」

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水槽 (短編) うちやまだあつろう @uchi-atsu

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