エピローグ
47 再会は『美少女戦士セーラームーン』
うさぎがゆうみと連絡が取れなくなったのは、彼女の初デートの夜だった。その日の夜、ゆうみにデートがどうなったかを聞くためだった。
あまり早いとデート中だったら申し訳ないし、遅すぎたら向こうからかかってきそう。微妙な時間帯をあれやこれやと、想像していたら夜の九時になってしまった。
うっかりしてたと思い、自室から出る。好奇心もあって、うさぎはゆうみの家へ電話をかけた。
数コールのあと、ゆうみの兄のゆうたが電話口に出る。そしていつものようにゆうみへ、変わってもらうよう頼んだ。
「ゆうみいますか?もう寝ちゃったかな」
「ゆうみ?誰ですか?それに、あなたは誰なんですか?」
「えっ」
一気に頭が冷えていくという感覚を、うさぎは初めて味わった。
それから色々とゆうた相手に尋ねても、返答は変わらない。
ゆうみなんて妹はいないし、自分は両親が亡くなってから一人暮らしだと。
頭の中が本当に真っ白となったうさぎが、何度も尋ねるもゆうたの返事は変わらない。
嘘だというのなら、一度家へ来てほしいとのこと。そう言って、都合のよい日にちと時間を聞いて電話が切れた。
一体どうなっているのだろう。
うさぎは混乱する頭で、とりあえず一旦寝ようと考えた。
そして明日、学校へ行けば分かることだと思い込もうとした。だがそれは学校へ登校したと同時に、打ち砕かれる。
ゆうみの席が無くなっていた。
初美や美幸、他のクラスメイトの誰に聞いてもゆうみの存在を知る人間は誰もいなかった。
クラス名簿からもゆうみの名前も、存在も消え失せていた。文字通り、最初からいないことになっていた。おまけに、ゆうみから聞いた美幸に関するあれやこれやも本人は知らぬ存ぜぬの一点張り。
しかも、突っ込んだことを聞いてしまい、うさぎは美幸に心底心配された。
今日のうさぎは、おかしいよっと。初美にも聞いて見ても、答えは同じ。
これは夢だと思ったのも、当然だった。
うさぎは漫画やアニメで培った知識を活用して分かった結果は、ゆうみが新に迎えられたということ。
つまり、娶られた。衣類婚ということ。それによって周りの人間の知識が消え失せるという設定もあったから、これに間違いないだろう。
だが問題なのは、うさぎだけがゆうみがいたという事を覚えていること。
もしかして自分には霊感があるのかもっと浮かれた。そんなものは今の今までなかったのだから、ある日突然なんてことは起こりえないという冷静なうさぎの部分が言っている。
考えられるのは、ゆうみが新に頼んだから。だとしても急には困る。
一応こういうことなら、言っておいてほしいと新に頼んだうさぎだったが、守られなかった。
でも、色々と新について思い出そうとすると頭に靄が掛かって思い出せない。
くそっ、と悪態をついて新を一発ぶん殴りたい衝動に駆られた。
たまにゆうみが言っていたのを思い出し、そうそうこんな感じだったのね、分かったわ。
「うさぎさん。お待たせしました」
「あぁ。ゆうたさん」
うさぎは物思いから現実に戻ってきて、顔を上げた。
今のうさぎは中学生のころではなく、立派な成人した大人の女性になっていた。
今日は、ゆうみの兄だったゆうたとセーラームーンミュージアムに行く約束をしていたのだ。
あの日、ゆうたの家へ行ってゆうみの存在がまるごと無くなっていたことにショックを受けて泣いてしまったうさぎを、彼は慰めた。
突然現れた見も知らぬ女性が、覚えてもいない妹の存在がいなくて泣いているという訳分からん状況だったのにも関わらず、うさぎに優しくしてくれた。
こんな人だったのね、とうさぎが嬉しさのあまり抱きついて、思いっきり泣いたのは今では赤面ものである。
それからゆうたと付き合い始めて、結婚という二文字が見え始める関係になったのは当然の流れだった。
そんな日に二人は、セーラームーンミュージアムである。
「いいの?無理言っちゃってごめんね」
「いいんだ。気にしないで」
開催が決まって大はしゃぎで同棲していたゆうたに、一緒に行こうと強請った。
今二人は、あの地を離れて都会で暮らしている。共働きをして何とか食べていける状況で、世間では色々とあってもみくちゃにされてはいるけどまあまあな生活。
結婚式はお金をかけないでやりたいねぇなんか言いながら、二人は並んで歩く。
「それにしても、電話長かったね」
「仕事で分からないところがあってテンパって俺のところに電話してきたらしい。休日にやめてほしいね」
優しいゆうたは部下にも上司にも頼られる。
大変だねと言いながら、うさぎはゆうたの手に自身の手を絡めた。
仕事で忙しいお互いの久しぶりの休日で、結婚式などの相談も一旦お休み。恋人同士の今日を過ごす大事な日に、セーラームーンミュージアム。
何だかそれだけで、尊い。
駅からほど近い会館で、予約したチケットを提示して中へ入る。入ってすぐ、等身大の外部の武器を熱心に写真を撮ってからスクリーンに映し出される五戦士の原作柄絵。それが終わったら、原作絵とおもちゃの展示や作中で登場するアニメ原画の展示、ミュージカルの服装などが続いて一分一秒を惜しむことなく観覧していく。最後のミュージアムショップで、懐が緩むのを必死に我慢しながら買い込む。
そして、締めはコラボメニューのあるカフェへ。
約三十分待ちのなかで、ゆうたと二人で学生時代の思い出などを語る。
ゆうみのことは、結局うさぎ以外誰も知らなかった。
学校の名簿も写真も何もかも、消えてなくなった。
うさぎの頭だけに存在するイマジナリーフレンド。そう言われても納得するだけの時間が流れても、うさぎは納得なんて出来なかった。
今でもひょっこり、ゆうみが帰ってくるようなそんな気がするから。だから、二人の結婚式の名簿にゆうみの名が身内として入れたがったのもその性だった。ゆうたにとって大事なたった一人の身内だから。
「あぁ、やっぱりこれ、頼んで正解だったわ」
「量が少ないけどいいね」
互いに頼んだものを少しずつ貰いながら食す。うさぎはオムライス、ゆうたはミニのハンバーガーの入ったプレート。コラボドリンクはうさぎだけ頼んだ。料理に関しては普通においしいと評価する。ここで長いしたい気持ちもあったが、他にも客はいるので二人して食べて早々にカフェを出た。
「じゃあ、トイレ行ってくるから外で待ってて」
「わかった」
うさぎは一人、外に出て伸びをする。
自分たちが帰る時間帯に人は、まばらだった。まだ見ている人がいるのかもしれない。平日に休みを取って正解だったと、うさぎは一人頷いた。
「やっぱり、ゆうみとも行きたかったな」
さよならも言わずに行ってしまった親友に対して呟く。
しばらく空を見上げてから、後方でゆうたの声がして振り向く。
「はーい」
名を呼ばれ振り向いたとき、うさぎを吹き付けてくる風があった。
春の桜の香りだった。うさぎが普段、目にして触ったことのある桜の香りではない。もっと濃厚で目眩がするような匂い。なのにずっと嗅いでいたいと思わせる麻薬性を宿したものだった。
「うさぎ?」
名を呼ばれた。
恐ろしいほどの緊張感にうさぎは襲われて、振り返るのを拒んだ。
あの声はかつて聞いたことのあるゆうみの声。
成人してしばらく経つから忘れていたと思っていたのに、いきなり目の前にそれが提示された驚き。
「ゆうみ、なの」
うさぎが振り返ると、ゆうみは一人で立っていた。
地面に付くほどの長い黒髪を靡かせて、見たこともない豪華な着物に身を包んで。呆然としてこちらを見るゆうみの瞳は、黒ではなく淡い紫色をしていた。新の目の、片方の色。
「うさぎぃ」
泣きそうな顔でうさぎは、ゆうみに抱きつかれた。
柔らかくて甘い香りが鼻孔を擽って、これが本当にあのゆうみなのかと疑うほど。
胸もあの時と比べて数倍はでかくなっている。ぽよんぽよんとふわんふわんと、頭が悪くなったような形容詞しか思い浮かばないほどの胸。
「ゆうみ?」
後ろから小走りに駆け寄ってきたゆうたの驚きの声に、うさぎは見た。
ゆうたは自分の妹の存在を、忘れていた事を思い出して、それを平然といないものとして扱っていたことを目の当たりにしたような顔をしていた。
まるであの日の続きみたいだと、うさぎは思った。
「新ってひどいの。酷すぎるの」
そう言ってゆうみは、大して痛くもないパンチをうさぎに浴びせる。
聞こえてくる声は女性でも赤面するほど、耳にこそばゆい。
「なに、どうしたの。ゆうみ、家を追い出されたの?」
「ちがう」
「その姿は」
「知らない。しらないうちにでかくなったし、もう最悪」
そう言って愚痴るゆうみに、うさぎはようやく言いたかったことを口にした。
「おかえり。ゆうみ」
そう言って、数年ぶりに神に娶られて帰って来た親友を迎えた。
(完)
※参考資料
美少女戦士セーラームーン/竹内直子
神神のうたげ ぽてち @nekotatinoyuube
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