46 終わりを迎える『神神のうたげ』

 新との映画はまずまずだった。何て言うかもう、それしか言えない。

朝からの疲労とディズニーということで、映画館が混んでいたせいだろう。正直、疲労の方が強い。

これで新と話しが出来るとは到底思えなかった。

でもきっとこれで最後になるからと、ゆうみは頑張って映画を見ていた。

隣に座った新が、喜んでいたのがせめてもの救いだった。

ゆうみの意識が完全に映画から逸れて、眠気と戦うことになったのはやはり、今までの緊張から。必死になって目の前の映画の内容を、頭に詰め込む。


「面白かったのう」

「喜んでいただけでありがたいです」


それだけ言うと、新と二人、腰を下ろしたのは映画館からほど近い所にある喫茶店だった。

疲れていたのもあったし、とりあえず落ち着ける場所をと提案した時、たまたま目に飛び込んできたから入ったのだが。

やはり、ゆうみ達と考える道が同じだったのだろう。映画館から出てきた客がそちこちに見え、話しに花を咲かせていた。

静かな場所を選ぶべきだったと、入って後悔したゆうみだったがこれはこれでいいのかもしれないと思い直す。

新との深刻な話しをするにしろ、周りが騒がしい方がいい。

二人が席に付いてすぐに店員が注文を取りに来る。新はホットの紅茶を、ゆうみも同じものを頼む。

頬杖をついたゆうみが外を眺めると、オシャレをした女性が通りがかって思わず、自身の姿を見下ろす。やはりこの初デートはろくでもなかったと思った。

そして聞こえてくる他の客の、新に対する評価に少しだけ気持ちが上向きになる。新は周りの女子に騒がれるだけのモノを持っているにもかかわらず、それがほとんど発揮されていない印象を受ける。それはゆうみのひいき目だったのかと思っていたが、どうやら周りの人間には新の容姿が飛び抜けて視認されないよう術がかけられているようだった。

以前、何かの折りに聞いた新の話を思い出して、つまり自分とのデートの時にはそれが剥がされているのだろう。


「お待たせしました」


案外はやく、二人が注文した飲み物が運ばれてくる。

ゆうみはそれで喉を潤しながら、尋ねた。


「ねぇ、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないの?私に隠していること、あるでしょう」

「あるなぁ」


余裕のないゆうみと違って、新は余裕そうだった。癪に障る。


「あれは元々俺の花嫁を選定するための品でな、それが中に入る、ということ事態そもそもないことだった」

「花嫁って、えっ」


ゆうみの思考が停止する。

恋人までならゆうみの想像の範囲内だが、花嫁となると勝手が違う。

そもそも新は人間ではないし、それに恋をするのだからと、言葉に出せない事柄をゆうみはあえて、考えないようにしていた。

考えたくはなかったというよりも、まだ中学生だし受験生だからという、乙女心がゆうみにあったからとも言える。


「中に入る。イコール、そなたが俺の花嫁だ。決定。おめでとう」

「ちょっと、なんでそんなにテンションが低いわけ?嬉しくなさそうじゃない」

「そりゃそうじゃろうて、する気もなかったんじゃから」


にべもなく返され、ゆうみは撃沈する。でもここで、引き下がっても仕方ない。


「だとしても、なんでもっと早く言わなかったわけ?その、花嫁になるなら、色々と手続きとかあるわけでしょう」


体を揺らすゆうみに、新はため息と共に紅茶の湯気を吹く。

ミルクも砂糖も入れないホットの紅茶のストレート。


「手続きも何もない。もう、そうなった。というか、そなたはもう、人間として生きられないなどと言えなかっただけじゃ」


その後の新の話は、ゆうみにとってまさに漫画の世界だった。

花嫁選定するために龍の玉は、誰かの中に入るという愚は犯さない。犯すとすれば、新に適任となる運命の花嫁だけ。

子羊の涙を集めればそれを撤回することも可能で、ゆうみを人間として死なせることもできた。でも、それもすべて、花嫁となるための体作りだったと新が知らされたのは、すべてが終わったあと。


「上は前々から俺が一切、興味が無かったことを理由に謀ったのじゃよ。だから、ゆうみ。そなたのその後の人としての運命はもうない。すまない」

「それって、どういう」


ゆうみが新に、真意を問いた出そうとしたとき。

新を中心として、目も眩むような桜の花びらに辺りを覆われた。

そして。


「もう、そなたは俺に捧げられたのだ」


それはゆうみが望んだ恋人同士になって、甘い毎日を送るとはほど遠い展開で。

全ては最初から、ゆうみの気持ちなど新にとってどうでもよくて、好きとか嫌いとかいうものはなかった。

ただ、単に生け贄として捧げられた自分が彼の子を身ごもるための、道具でしかなかったとは思いたくはなかったし。何より新が、自分に向けるものがそれではなかったからだ。

先ほど二人がいた喫茶店ではなかった。いつの間に、移動したのかさえ分からない。ここが、どこかも分からない。

穏やかな春の風、お香の匂いを吸い込んだとき、ゆうみは新に押された。

背中に木の幹の感触、自分の顔に降ってくる新が、泣いているみたいだったら、ゆうみは何も言えなかった。

ただ、一つだけ、この最悪な初デートの目的を告げた。


「私は、あなたが、好きです」


新が小さく、謝らなければ、ゆうみは恐らく彼のしたことを全て許しただろう。

でもそうはならなかった。

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