45 最悪のデートの『トイ・ストーリー』

 新との初デートの日は、朝から最悪だった。

まず、目覚ましが鳴らなかった。

そのため、事前に兄のゆうたへ朝の六時に起こしてね、絶対だよと言わなかったら確実に、昼まで寝ていたであろう。

大慌てで起きて顔を洗って着ていく洋服に袖を通したまではよかった。

うさぎと選んだ華美になりすぎず、かといって大人っぽくもないいい感じの中間を付いた淡い色のワンピース。

そのワンピースを着ている途中で破いた。

もうビリっと威勢がよすぎて、目が点になったほど。

そして代わりの服をひっくり返してタートルネックの青い上着に、着古したジーパンを履くことになった。

これじゃあ、今までと変わらないと泣きが入ったが、約束の時間は刻々と迫っている。

朝食は、ゆうたが用意してくれたトーストを口に放り込んでオレンジジュースで流し込んだら、盛大に咽せた。

呼吸困難になって、死ぬかと思ったぐらいには。

もうこれ以上はないだろうと、高をくくって朝食を食べ終わったあとに、洗面台へ向かう。

お化粧をして、髪を整えて、持って行くものを鞄に詰めていくだけ。

そう心で唱えながらだったが。

「うげっ」

歯を磨いて洗顔後の化粧水と乳液セットを終わって、下地を塗ってさぁファンデーションを塗るところまではよかったのだが。

「なにこれ、ボロボロじゃん」

塗り終わって、軽く手でやったらざらざらする。

手に、ポロポロとカスみたいなのがくっつく。

合わせて買った口紅も、そこだけ主張が激しく、目をそらしたくなるレベル。

これでも、うさぎと一緒に試作品を試したはずだった。

その試作品が間違っていたとしか考えられないほどの有様。

「あーもー!!」

仕方ないから、クレンジングで顔を元に戻して一からやり直す。

ファンデーションは諦めて、日焼け止め兼下地で終わりにする。

口紅はなし。

次は髪の毛をおしゃれに結んで、出かけるはずだったのだが。

こちらでも躓いた。

何度も練習したにもかかわらず、ここ一番ってほどにうまく束ねられない。

ポロポロ落ちてくる、最終的に出来上がったのは寝起きの頭の方がまだマシだったと言えるレベルまでに落ちた。

ここまで来ると、怒りがふつふつと湧いてくる。

何の関係もないが、新をぶん殴りたい気持ちになった。

仕方なく、ゆうみは髪の毛は普段と変わらないそのまんまにして、出かけることにした。

鞄は、大丈夫、最後の砦だからと縋った鞄は肩掛けだったのだが、中身を詰めて持った瞬間にバチーンと外れた。

わたし、何かしましたか?

そこで、やめなかった自分を誰かほめてほしい。


**


 「遅かったのう」

「いや、うん。ごめんなさい。待ったね」

自転車を吹っ飛ばして向かった新との待ち合わせ場所は、都心まで行く高速バスのバス停だった。

待ち合わせ時間は早めに設定したため、遅れたぐらいがちょうどよいほど。

「なんじゃ。ボロボロじゃな。なにがあった」

「いやぁ。なんにも!なんにも!ないよ!!」

力一杯、否定しておかないとくじけそうだった、色々と。

「じゃあ、行くかのう」

新はそれ以上追求することなく、時間ちょうどに入ってきたバスを指さす。

ゆうみは手ぐしで髪の毛を整えながら、首振り人形のように頷いた。

そして二人揃ってバスに乗ると、一番後ろの席を選ぶ。

一番後ろを選んだのはゆうみだった。

自分以外の人が来たらすぐ分かるし、ちょっとした見栄もはりたかった。

しかしゆうみのもくろみは外れ、バスが出発しても同学年の人が乗ってくることはなかった。

居心地の悪さを感じ、ゆうみは新に視線を向ける。

何から話せばいいか分からない。

会ったら話したいことがありすぎて困るだろう、と考えていたのに。

本人を目の前にしても何も話せない。

対する新も、ゆうみと話す内容はないのだと言わんばかりに黙ったまま。

「あのさ。本当によかったの?」

「なにが?あぁ、映画のことかのう」

ゆうみは何度も首を縦に振った。

この日を迎えるまで、新と何度かやりとりをして、見る映画を決めた。

それがトイ・ストーリー。

ディズニーのCGアニメだったが、それよりも恋愛ものや流行のドラマの方がよかったかなとゆうみの頭を過ったが。

今更見たこともないドラマや、恋愛ものを見るのも腰が引ける。

それはゆうみ個人の気持ちであって新の気持ちではない。

新が見たいと言えば、ゆうみは喜んで見ただろう。

「いや。俺は下界の娯楽に疎い。じゃから、それでいい」

思わずとばかりに破顔してみせる新に、ゆうみは安堵の息を漏らした。

「それならいいんだ。あと………」

言いよどんだゆうみに、新はようやく彼女の方を見た。

それまで前ばかり見て、ゆうみと視線を合わさなかったのに。

「いつ、帰るの?」

一瞬、音がなくなったようにゆうみは感じられた。

実際にはそんなことなどないにも関わらず。

「一緒にいられるのっていつまで?」

縋るように見上げたゆうみに、新は視線を逸らそうとした。

これらは全て、新自身の問題であってゆうみの問題ではなかった。

無くしたのは新であって、ゆうみはその協力者でしかない。

新がゆうみに恋愛感情に近いものを感じていたが故に、こちら側に踏み込ませたくなかった。

だから、言われないまま別れたかったのが新の本音。

「できることなら、本当のことを話して、ほしい」

ゆうみにしては珍しく、言葉を濁さなかった。

逃げ道を塞がれた新は頷いた。

「映画を見る前に、話そう」

「いや、出来ればあとでお願いします」

変わったかと思ったゆうみの相変わらずのへたれに、新はきょとんとなった。

そして、笑ってゆうみにそうだな、実は映画、楽しみにしてたんだと言えば。

ゆうみは、花が咲くような笑みを見せたので新はかわいいと思った。



※参考資料

トイ・ストーリー/ウォルト・ディズニー

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