44 合否の『Missing』

 高校受験の試験結果をゆうみが聞いたのは、自分の教室だった。

クラスメイトの名を先生が一人ずつ呼んで合否を告げる。

ゆうみの名字は【天月】だから、あ行なので一番に呼ばれる。

こういうとき、自分の名字を恨んだ。

でも逆に早くていいかと開き直ったもの事実だった。

自分の番を待つ教室は、がやがやと騒がしい。

ゆうみもうさぎと話そうかと思ったが、早すぎる順番のため、それも出来なかった。

先生の準備が整い次第、ゆうみが呼ばれる。

美幸や初美はどうかと頬杖をつきながら見渡せば、彼女たちは自分たちの椅子に座って物思いに一人ふけっていた。

「天月!」

こういうとき、生徒の名字を呼び捨てするのはやめて欲しいと思ったけど、この先生が呼ぶ声を聞くのもあと一ヶ月。

椅子から立ち上がると、誰の顔を見ることもなく、ゆうみは先生の元に、空き教室を使った隔離部屋へと向かって歩いていった。





「盆と正月がいっぺんに来たわ」

「いまいち、わかりにくい表現だけどいいんじゃない」

ゆうみの喜びを、うさぎは何とも言えない表情で頷く。

「合格した喜びを今、ここで発散して本を買い込みたい」

「そんなことしたら逆戻りよ。やめなさい」

ゆうみとうさぎがめでたく、目指す高校に合格したあと。

二人は、学校の校庭に設けられた観覧席に並んで座っていた。

そのまま家に帰るのが何となく、惜しい気がしたのだ。

その理由は、新の名を誰も呼ばなかったこと。

そして、新の記憶を持っている人間がゆうみとうさぎ以外、誰もいなくなっていたことだった。

「まるで、夢でも見ているみたい」

頬杖をつきながらうさぎは、呟く。

「元々おらん人間なんじゃから、当然であろうて」

気配も足音一つなく現れた新は、文字通りゆうみたちを驚かせた。

驚きすぎて、何も話せなくなるぐらいには。

「びっくりさせないでよ!死ぬかと思ったわ」

「そんなつもりはなかったんじゃがのう」

頬を掻きながら新は、眉を潜める。

「で、三島くんは何しに来た、のかな?」

椅子から転げ落ち、しがみつきながら、うさぎは顔を上げる。

「こやつとの約束をはなしに」

うさぎは、新の顔をみて驚いていた。

それは彼の瞳が、ゆうみの言うとおり赤と紫のオッドアイだったからだ。

アニメや小説ならまだいいかもしれないが、現実としてみるには少し気味が悪かった。

「映画、見に行こうかと思ってるんだけど」

「構わん。いつじゃ?」

ゆうみと新が映画をみる日取りを決めている横で、うさぎはよっこらしょと椅子に腰かける。

新が普通の人間ではないことは、分かっていたつもりだった。

でもそれが、単に分かっていた気になっていただけだったとうさぎに悟らせた。

突然の新の登場を何とも思わず、彼のオッドアイを何とも思わないぐらいには。

ゆうみの感覚はおかしかった。

ゆうみが新に恋するには、リスクがあると思った。

確実にここではないどこかに、連れてかれる。

そうなったら、ゆうみはただでは済まされない事態に陥るだろうことがうさぎには分かった。

「じゃあ、今度の土曜日の九時にバス停留所でね」

ゆうみが首から提げていたミニノートに予定を書き込む。

「あ、そういや。夕飯当番だったから帰ろうか」

よっとと椅子から立ち上がるゆうみに、うさぎは首を振った。

「三島くんと話がしたいからゆうみ、一人で帰ってくれる?」

「了解」

信用しているのかゆうみは、うさぎにひらひらと手を振って歩き去って行く。

新とうさぎの声が届かなくなるまで、ゆうみが離れたのを見て彼女は口を開いた。

「ねぇ、ゆうみをどうするつもりなの?」

「どういうつもり、とは?」

新は腕を組み、おどけた顔でうさぎを見てくるので、うさぎは苦虫を潰したような顔をした。

「好きかどうかって話よ。ゆうみは、端からみて好きかなって首を傾げたくなるレベルだけど、あんたは本気かって聞いてんの」

「そう、怒るでない。そもそも、ゆうみとのことは俺の預かり知らぬところで決定されてしまったものだ」

新は腕を組み、校舎の方を見た。

どういうことかをうさぎは新に問う前に、彼が口を開いた。

「ゆうみに移動してしまったあれは、【龍の玉】は本来であれば別の者に移動されるものだった。それがゆうみになった。それを取り出し、本来の持ち主に移動されれば問題はなかったのだ」

ますます訳が分からないと、首を傾げるうさぎに新は補足した。

「あれは、言うなれば番となる者を選定する手段の一つと言えば分かりやすかろう。あれに選ばれた者はどんなものでも招いて俺の番となる場所へ向かわされる」

「つまり、赤札、みたいなものね」

ようやく意味の端っこが分かったと、うさぎは頷く。

「でも、【龍の玉】ってそんなことするためのモノなの?違うでしょう」

「そうだ。でも俺が番をいつまでも決めておかぬからと強硬手段を取られた」

それで、龍の一族の古い慣習を引っ張り出して、新に首を縦に振らせた。

「俺としてはゆうみを連れて行くつもりはない。恋仲というものにもな」

苦みを含んだような新の横顔に、うさぎはゆうみがかわいそうに思えた。

ゆうみは、新を少なくとも好いている。

「それってどうにか、なるわけ?」

「なる。彼女は、人間だ。人間でなくさせるわけにはいかぬであろう」

この現代に、と呟いた新の声を聞いたうさぎが、一瞬だけ瞳を地面に移して戻したときには、彼の姿はかき消えていた。

今まで新と話していたのが嘘であるかのように、跡形もなかった。

「三島くんって、マジメすぎるよ」

うさぎは、叶うことのないゆうみを思って少しだけ泣いた。





※参考資料

Missing/甲田学人

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