43 結果待ちの『名探偵コナン』

 それからことを、ゆうみは断続的にしか覚えていない。

なぜならば夏休み中旬からずっと勉強していたからだ。

新との約束があるからというよりも、受験に追い当てられた焦りからだった。

モノを減らしたことも、勉強を後押しした。

余分なものがないことによって、気が散ることがなくなったのだ。

飽きやすいゆうみにはありがたいことだった。

それと疲れたときには、外を散歩することで気分転換をしたり、メロディだけの音楽を聴いたりすることが以前より効果を上げた。

これはあくまでのゆうみの実践であって、他の人にも効果があるとは思えないと彼女は思う。

けれども、同じように漫画を排除したうさぎが、同じような効果を上げているのを見てあながち外れてではなかったと思った。

時が矢のように過ぎて、ゆうみが希望する中学の隣に立つ公立の受験願書やら諸々は、兄と共に行う。

そこではじめて、ゆうたが就職ではなく大学を希望していることを知った。

てっきり、就職だと思っていたゆうみにゆうたは、そうだったんだけどね、と苦笑いをした。

なんでも兄妹の費用を祖母が出してくれることになったのだ。

疑問符を浮かべるゆうみに、ゆうたが説明したのは彼女のおかげだという。

彼女がゆうたに対して啖呵を切ったことで、吹っ切れたのだという。

本当は就職ではなく、大学へ進学したかったこと。

バイト代もここの生活費にほぼ消えていたが、それも出来ることならば学費に充てたかったことなども。

他にも色々とゆうたには思うところがあったようで、ゆうみは一部しか聞かされていないのでそんなもんかと思ったぐらいだった。

だからゆうみも、高校生になればバイトをして兄妹の生活を助けようと思っていたのも事実なのだが。

しかし、ゆうたが希望する大学がここから片道一時間以上かかることからもあって一人暮らしも考慮しているとは驚いた。

それもどうなるかは分からないとゆうたは話す。

ゆうみの高校生活については、祖父母が責任を持つとのこと。

余計なことを受験中のゆうみに、ゆうたもそうだったが、話はできなかったという。

これらもすべて、受験が終わったあとに聞かされた話だった。



 年が明けて受験が終わった二月。

合格発表まで僅かばかりの猶予があるこの季節に、ゆうみはうさぎとバスに乗って隣町のデパートに来ていた。

いつか来ていたときよりも、お互いを取り巻く全てが変わったのに、この場は変わらず続いていることに驚いたりもする。

「うさぎは受験、どうだった」

「私が、へまをするとでも思ったの?」

ゆうみは思わないと言って、首を左右に振った。

うさぎの髪はあれから、頬にかかる程度まで伸びた。

「でもさ、ゆうみ、すっごい頑張ってたもん。見てて気迫が違った」

怖いぐらいと、ストローでアイスティを啜る。

二人は向かい合って、デパート内にあるフードコートで食事をしていた。

それぞれの目の前には頼んだスパゲッティがあって、それも食べ終わったあとの雑談だった。

「自分の部屋、ほぼ、何にも無いけど案外いいもんね」

ゆうみもうさぎと同じアイスティのストローをいじりながら答える。

あれから片付けも金輪際やらんぞーとばかりに、さよならした結果は本当に何にも無い。

片付けるとき、泣いていたのが嘘のようだ。

自分は一体なにに、しがみついていたのかさえもう、分からない。

恐らくこれが、自分一人で立って生きていくということなのだろうと、漠然と思った。

「私もないわよー。あるのは、ドラえもんとかぐらいだしね」

「うさぎのお母さんたち、何か言ってた?」

「いや。でもさ、私のやる気があっちに移ったみたいでさよならしてるよ」

うさぎの家の前に買取業者がやってきて、大量の段ボールを運び出すのを見かけたことがあった。

あれは十箱では足りない。二十、三十はあったと思う。

「うさぎ、ドラえもん好きだったの?」

「うん。好きよ、今まで言えなかったけど大好き」

言えることがありがたいとばかりに、うさぎは晴れ晴れとした顔をしていた。

それを太陽でも見るみたいにゆうみは目を細める。

「あとね、闇末かな」

少しだけ夢見るようなうさぎの表情に、ゆうみは首を傾げた。

うさぎはどんな漫画もアニメもまんべんなく読む。

好き嫌いというのものがないに等しい。

ハマるというのがうさぎには、今までなかった。

だから珍しいと思ったのだ。

「おもしろい?」

ゆうみには聞き覚えのないタイトルだった。

「闇の末裔っていって、ざっくり言うと死後の世界で働く死神さんたちのお話」

これ以上は漫画を買ってね、いいよっと薦めてくるのも珍しい。

大抵の漫画やアニメが揃う彼女の家で、ゆうみが読みたいものは彼女が貸してくれるのが大半でそれで面白かったら自分で買うのがルーティンだった。

それがなく、自力で買えというのは相当ハマっているのだろう。

「あ、そうそう。新くんとのデートはどこにしたの?」

思い出したように言い、話題を変えてくるうさぎは前のめりで聞いてきた。

「まだ、決まってないけど映画かなって思ってる」

「映画かぁ、ベタだけどいいんじゃない」

うさぎはにやついた笑みを見せて、ゆうみは盛大にため息をついた。

どうしたのと身を屈めて再度、顔をずいっと近づけてくるうさぎにゆうみは愚痴る。

「だって、初めてだし、何を着てけばいいか分からないんだもん」

しかも、合格したら、なのだから、責任もあるし期待もあった。

それに言い出しっぺのゆうみとしては、出来ることなら失敗はしたくない。

「だったら今から服を見てこう。どうせ片付けしたから懐、暖かいんじゃないの?」

「よくご存じで」

当たり前だよっと言うとうさぎは、すっくと立ち上がるとゆうみの手を引いた。

「可愛いのときれいめ、だとゆうみはひらひらのふわふわのかわいいよりはキレイめかな」

見る映画も決めとかなきゃね、とゆうみよりもうさぎの方が楽しそうだった。

「映画でアニメだとドラえもんかワンピースデジモン、あとケイゾクとトイストーリー2でもよくない?」

指折り数えるうさぎに、ゆうみはその辺りだろうねと思う。

トイストーリーは見たことがあったので、その2もいいと思った。

「もうちょいすれば、名探偵コナンもあるからいいんだけど」

「それはうさぎと見に行きたい」

ゆうみがそう言うと、うさぎは照れくさそうに笑った。

じゃあ、行こうかとそそくさと立ち上がるうさぎについで、ゆうみも立ち上がる。

これから、合格したときのために洋服を選びに行くのだ。

出来ることならば、悔いのないようにしたかった。




※参考資料

名探偵コナン/青山剛昌

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