42 約束の『飛べ!イサミ』
「マジでなんもないじゃん!!」
うさぎがゆうみの部屋を見せた第一声がそれだった。
「うわぁ。押し入れがオシャレになってるー。しかも、机もなんにもないー。あちこち張ってあったポスターもなんにもない。カレンダーしかないじゃん」
ケラケラ笑いながら、机の引き出しや押し入れに入っている洋服を見ていく。
清々しいまでの笑いと狼藉に、ゆうみは何も言えなかった。
全てを知っているうさぎに、言い繕ったところでバレると分かっていた。
一通り見終わったうさぎと部屋の中央に置かれた折り畳みテーブルにつく。
こんな普通のことすら、前の部屋ではできなかった。
「あぁ。わらった、わらった」
そういって、ゆうみが用意した麦茶を手に取った。
「笑いすぎ」
「だってまさに汚部屋だったんだからしょうがない」
突っ込みたいのを堪えて、ゆうみは麦茶を半分ほど飲み干した。
「空気も違うし、庭も手入れしたの?」
「あぁ、うん。完全武装してやった」
虫に刺されやすいゆうみが、荒れ放題の庭を手入れする。
以前のゆうみだったら考えられないことだった。
受験勉強の気分転換にやり始めたが、速攻で後悔した。
「なんか、いいな。私もやりたくなった」
ゆうみは無言で残りの麦茶を飲み干した。
うさぎの家にある大量の本、片付けるとなったら処分することになるだろう。
それを彼女の両親が許すわけがない。
「ま、がんばれ」
自宅の片付けに他人が入るのは、彼女に頼まれない限りやりたくない。
ゆうみもうさぎに何も言わず行った。
「で。本題なんだけど、三島くんは?」
「あー、いない」
ゆうみ達が片付けをやっている間、新は手が回らない家事を手伝ってくれた。
でも、会話をすることはない。
ゆうみ自身が、片付けすることの辛さで頭がぼんやりしていた。
新がいないことに今、気づいた。
「とりあえず、告白したら?」
ゆうみは無言で麦茶のおかわりを取りに行った。
そのあとは、うさぎと談笑して自分も受験勉強の合間にやるわぁと言いながら帰って行った。
一人になったゆうみは、うさぎに分からない問題を教えてもらっていたテーブルを畳み、コップなどを片付けていく。
それらも終わると自分の部屋の窓から、夕日が差し込んでいた。
開けていた網戸からカーテンが風で膨らんで、ゆうみの方まで届けられる。
目を細めて、流れる汗を拭いながらゆうみはうさぎの言ったことを考えていた。
新へ告白するということをうさぎに進められ、そして自分でも決めた。
それなのに、また自分の優柔不断が頭をもたげる。
兄のゆうたはまだ帰ってこない。
今日はいるのかいないのか、ゆうみはここ最近夢の中にいるような気がした。
自分が自分じゃないみたいな気がする。
こんなに変わった部屋を見て、心がざわめくどころか落ち着いている自分が恐ろしくすらある。
あんなにもこれがないと後悔すると言っていたモノほど、平気だった。
これがなくても大丈夫だったんだなと安心する反面で後ろめたさがある。
モノに対して申し訳なく思うのは、買ったものの値段と価値ゆえか。
心を鬼にして片付けたかいはあった。
恐らく、これから受験へ向けての片付けは続いていくのだろう。
漫画などは受験が終わったら買い直せばいいと思っているが、リバウンドが怖い。
あと、漫画や小説の主人公はモノに執着はせず、人に執着することが多い。
部屋はすっきりしていて、何なら身一つで相手の元へ向かう。
それも思えば自分がどれほどモノに捕らわれていたか分かる。
本当だったらそうするべきなのに、できない。
その自分が。
「新に、こくはく、かぁ」
この夏に決めてしまわねばならぬこと、でなければ受験勉強に支障が出る。
いやもう出ているのか、いっそのこと、これを糧に勉強すればいいのかもしれないとさえ思えてくる。
「とりあえず、明日、学校行こう」
担任に電話をしたら、明日はいるとのことだから、勉強を教わりに行こう。
塾へ通えるお金はうちにはない。
「おぉ、やる気だのう」
「新!!!驚かせないでよ」
突如として現れた新に対し、ゆうみは飛び退いた。
「あのさ、いままでどこに行ってたの?」
「上じゃよ。カケラは集まったからのう」
そう言うと、新はゆうみの方へ手を差し伸べる。
夕日に照らされて、発光した光はオレンジジュースみたいな色になった。
おいしそうな色がゆうみの胸元から発せられて、やがて一つの玉となる。
玉を新は受け取ると、それが彼の中に吸い込まれて消えた。
あっという間だった。
言葉もなく、立ち尽くすゆうみに、新は微笑んだ。
「返してもらった。お前の受験前に行ってよかった」
「ちょっと待って!」
ゆうみは我に返って、新の腕を掴んだ。
このままさよならになりかねなかった。
「安心せい。おぬしの受験が終わるまではおるよ」
それは明確な別離宣言だった。
新に対して言いたいことがたくさんあるはずなのに、言葉にはならない。
告白をすることもできなかった。
「ほら、お主が好きなアニメを今からやるぞ」
ゆうみはぎこちなく、頷いて新に続いて自分の部屋を出て台所へ向かう。
冷や汗がどっと出る。
「なんの、アニメ、だっけ?」
ゆうみは常日頃から、再放送問わずアニメはすべて見ていた。
子供向けなど関係なく、雑食だ。
「飛べ、イサミじゃったかのう」
そういって、新は冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「おや、もうないのう」
コップ一杯分もない麦茶を見て、新がぼやく。
「ねぇ、新」
ゆうみの脳内で歌がリフレインする。
この人に届かないものが、新にはあるのが悔しいから、そのためにゆうみができることはなんだろうかと考えた。
「受験がさ、終わったら、私とデートして」
これはもう、告白したことになるのではと思った。
でも違うと、ゆうみは否定する。
言葉にしていないならそれは、本当ではなかった。
ゆうみの提案に、新は笑って了承した。
※参考資料
飛べ!イサミ/長谷川裕一・志津洋幸
ハートを磨くっきゃない/TOKIO
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