41 仲直りの『うる星やつら』

 夏休み中の登校日、ゆうみの姿は学校になかった。



 そのことに気づいて、うさぎは顔を顰めた。

夏休みが始まって二週間が経つ。

今日に、わざわざ学校へ来なければならない理由が分からない。

久しぶりに見る自分の椅子に座ると、友人が小走りで駆け寄ってきた。

最近、一緒にいるクラスメイトの友人だが、名前はなんといっただろうか。

覚えてない。

髪を後ろへ流そうと頭に手をやった途中で、長かった髪を切ったことを思い出した。

舌打ちを堪えることなく行動に移すと、友人がぎょっとした顔を向けてくる。

友人はいつの間にか、うさぎの目の前の席の子の椅子を借りて座っていた。

「どうしたの。なんか、機嫌わるい?」

「そういうわけじゃないの。ありがとう」

慌てて、当たり障りのない笑顔を返すと友人はとくに気にすることなく、そうだよねと同意を示してきた。

「うちら受験生だもんね。ストレス溜まるからわかるよ」

なにがだよ、とささくれだった気持ちに追い打ちをかける友人に、うさぎはそれでも笑顔を作った。

友人もゆうみがいないクラスに、何の疑問も持っていない。

どうして、こんなにもイライラするのだろうとうさぎは思った。

ゆうみがいないからだとか、思いたくない。

「おはよう。うさぎ」

「初美。おはよう」

肩を叩かれてふりむいたうさぎに、初美は後頭部に手を添えて言った。

「ありゃ。悪いときに声をかけたみたい」

「分かってて口にしないでくれるかーなー」

悪びれる様子のない初美の謝罪を聞き流しながら、うさぎは頬杖をついた。

友人は初美が苦手なのかそそくさと、離れていく。

気分がすっとして、うさぎはようやく周りを見渡す余裕を得た。

夏休み中にある登校日、誰も彼も休み気分が抜けないのか、腑抜けた顔をしている。

中には切羽詰まった顔をする者もいたりと、いろいろ。

(私は、だれにでも優しい優等生だから、問題児のゆうみを頼まれた。でもそれはもう終わった。いや、私が終わりにさせた)

それなのに、クラスにゆうみがいないだけで落ち着かない心地になるのか。

初美はそんなうさぎの反応を訝しみながら、自身の机の上へ鞄を置いた。

「ゆうみのことでしょう?今日は病院でいないわよ」

「なんで、あんたが知ってんのよ」

初美は先ほど、うさぎの友人が座っていた前の椅子に腰を下ろした。

「連絡網よ。忘れてたでしょう」

「………」

何となく、嫌な気分になった。

「あんたさ。ゆうみに対して同情とか哀れみとか手に負えないからとかキレイ事いってたけど正直なのところ、羨ましかっただけでしょう?」

「うっ………」

「あんたが、猫かぶってゆうみと付き合ってたのは知っている。でも、長いのにボロを出さないあんたもビックリだし、気づかないあいつはアホよね」

最近の初美が変わったように思うのは、高校受験という時期だからか。

「なによ、やけにゆうみの肩もつじゃない」

「もつっていうか。今時めずらしいってだけよ」

アホがアホだからね、と意味不明なことを笑う初美に、うさぎは先を促した。

「アホがアホじゃないように頑張ってるっていうか。あの子、精神科行ったわ」

「えっ?」

初美の話によると、ゆうみは兄と祖母に付き添われて受診したらしい。

うさぎは彼女から、祖父母と仲がよくないことを知っている。

彼女一人では無理だから、兄ゆうたも手伝ったのだろう。

だとしても、話が進みすぎている。

(優柔不断で、だらだらしていたゆうみが?あり得ない)

「部屋の片付けもやったのよ。写真借りたから見る?」

そう言って、初美が取り出したのは数枚の写真だった。

一枚目は、うさぎも見たことのあるゆうみの部屋。

乱雑に本が詰め込まれた本棚と床には物が散乱している。

机と対面するようにしてある備え付けの押し入れは魔窟。

机の上にも物が散乱し、泥棒に入られたと言われたら信じるレベル。

これがアフターと差し出してきた写真の一枚目は、彼女の机だった。

机の上には、中学教科書とノート類と辞書。

いつだったか、うさぎがプレゼントしたうさぎのぬいぐるみが、置かれいるだけ。

次の写真は、机の引き出しの中を取ったもの。

必要最低限のペンとシャーペンなどの文具たち。

そして、問題の魔窟だった押し入れは、セーラー服と私服が数着がハンガーに掛かっているだけ。

鞄も学校指定のと私用のと合わせて四つ。

本が入っている取って付きの本棚が二つ、飾り棚は彼女置き入りの小物たち。

いつもぐしゃぐしゃだったベッドも、キレイに整えられている。

ベッド下にあった収納ケースはなくなって、何もない。

カーテンも洗ったのか真っ白、恐らくガラスも磨いたのだろう。

これが、夏休みの半分を使ってやったゆうみの成果だった。

「すごいね」

「リバウンドしなきゃいいけど」

素直に驚くうさぎに、初美はしたり顔だった。

「勉強してんの?あの子、頭悪いでしょう」

「それは、三島くんっていう先生がいるみたいだから、なんとかなっているみたい」

初美は足を組むと、意味ありげに手を自身の顎に添えた。

「おーい、席につけ」

担任の声に、初美はうさぎの返事を聞かぬまま、席を立って自身の席へ向かっていく。

その後ろ姿を見ながら、やりきれない気持ちでうさぎは、自身の机を睨み付けた。



***



 ゆうみは、自室にいた。

部屋は以前と比べものにならないぐらい、片付いている。

邪魔だった押し入れの引き戸も取り払った。

本来であれば、ゆうみは夏休みの中の登校日で学校へ行かなければならない。

それをしないのは、ただ単に気乗りしないからというゆうみの個人的な理由から。

それでも、個人的な理由で学校を休むことはゆうみにとって、大きなことだった。

風邪以外で学校を休んだことを、ゆうみはない。

後ろめたい気持ちになる。

ひどく臆病な人間であると、思う。

そんな中、一人、机に向かいながら遅れている夏休みの宿題をやっている。

新に教えて貰った範囲があるから、そこまでをやればいい。

椅子がまるで、やっていた勉強の休憩を求めるように、軋んだ。

ゆうみは顔を上げ、シャーペンを置くと立ち上がる。

部屋から出ると、軽く体を伸ばした。

冷蔵庫から麦茶を取り出し、洗い場に伏せてあるコップに注ぐ。

それを一気に、飲み干す。

「ぷはぁっ………」

親父かと突っ込みを入れながら、再度麦茶を注ぐ。

ゆうみの部屋から始まった片付けは、他の場所にも影響を及ぼした。

台所、居間、ゆうたの部屋、お風呂場など。

その結果、とても居心地がよくなった。

それから、祖母とゆうたに付き添われた精神科の病院で、答えは出た。

自分のよく分からなかった部分に、説明がついた。

知る前よりずっと楽だ。

自室に戻ると、コップを机の上に置くと、頬杖をついた。

部屋を片付けたことへの、後悔はある。

でも、今までより勉強に集中できるようになったし、頭の中がクリアだ。

それと、ゆうみが受験勉強と同じくらい大事と思っていること。

新に告白すること。

部屋も片付けた、病院にも通ってる、受験勉強もしてる。

残る問題はそこ、だけ。

しかし、振られたショックで、受験が失敗することへの恐怖心がある。

「どうしたもんかなぁ」

呟きは、熱気を含んで重たくなっていく。

チラッと見た時計の針は、昼過ぎを示している。

学校が終わるころ。

騒がしくなるだろうなぁと、ぼんやりしていたら。

「ゆーーうーーみーーー!!」

「う、うさぎ?」

聞こえてきた声に驚いて、ゆうみは椅子から転げ落ちた。

体を起こしたゆうみは、目をぱちくりさせた。

あれ、見覚えがあるような、ないような。

頭が暑さでやられたらしく、思い出せない。

それでも、のろくたと歩き出すと、ゆうみは玄関の戸を開けた。

「やっ、やぁ。ひさしぶり」

「ひさし、ぶり?」

ぎこちないうさぎに、ゆうみは、やはり首を傾げた。

確か、うさぎには、もう友達としてはいられないとかなんとか、言われたはず。

その彼女がどうして、うちの玄関にいるのだろうか。

登校日の帰りにわざわざ寄るほどの用事は、ない、はず。

「あのさ、あのときは、ごめんなさい!!」

深々と頭を下げたうさぎを、思わず後ろへ下がったゆうみは、ギョッとした。

「え、どうしたの?」

全く、心当たりがない。

初美からの前連絡はなかった。

たとえ知っていたとしても、初美はゆうみに黙っている。

ケッケッケェーと、薄ら笑いをしながら、どこかで笑っている姿が浮かぶ。

「だって、ゆうみ。私が友達やめたとき、平然としてたじゃん。それが、すっごくモヤモヤして、イライラしてさ。普通、これ、ゆうみが抱くもんじゃないの。私がするなんて、絶対、おかしい!!!」

あーもーっと、髪を振り乱して地団駄を踏むうさぎに、ゆうみは訳が分からなかった。

うさぎはもう少し、清楚だった。

こんなふうに叫ぶ子じゃなかったような、気がする。

「ごめん。私もそれほど冷静じゃないよ?まぁ、色々あってそれどころじゃなかっただけで」

「私とのことは、その程度で済まされることなの!?」

「ごめんなさい。そういうわけではありません。本当です」

なんで、自分が謝っているのだろうとゆうみは頭を下げながら思う。

うさぎがゆうみに対して、最初は謝りに来たはずだ。

「もう、これだけは言わせてもらう」

散々言っておいて、まだ言ってないことあったんだーと、ゆうみは内心で突っ込みを入れる。

「ともだちに、戻りませんか?」

手を乱暴にうさぎはゆうみに伸ばして、腰に手をあてる姿はどうみても、えらそうだった。

でも。

「なに、言ってんのさ」

ゆうみは、うさぎの手を握ると言った。

「最初から、うさぎは私の友達だよ」

「いいえ」

まさか、高速で否定が入るとは思わなかったわ、とゆうみは思わず、のけぞる。

「親友よ」

うさぎは、高らかにそう宣言した。



※参考資料

うる星やつら/高橋留美子

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